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SIDE:イグチナ「洗濯女中の休日(下)」

 その晩、わたしはウィル坊ちゃんの寝室に呼び出されていた。
 いつものプリント地とは違う少し小綺麗な――こういうときしかなかなか使う機会のない――黒地の女中服を身につけ、足元を照らす燭台を捧げもち、階上の世界アッパーステアーズの階段を歩いていく。

「まったく、もう! こんな夜更けに年増を呼びつけてなにが楽しいのよ」

 さして綺麗なわけでもないこの顔が上気しているのは、手元の明かりに照らされているからだけではないだろう。
 美人ぞろいの屋敷でなぜ自分にとぎの出番が回ってくるのか、そのことばかりは本気で不思議に思わざるをえない。
 わたしは空いた手で腹肉をぐっと摘まんだ。

「あちゃあ」

 胸と尻の大きさだけは自信があるが、腹のまわりにはタプタプと明らかに余分な贅肉が付いている。
 だが、それでも自分はこうして呼ばれるがままにノコノコと寝室に顔を出すのだ。
 それも精一杯身体を磨き、勝負下着を穿いて――
 本当に恥ずかしい話なのだが、三十を超えてからというもの性欲が増してきて仕方がない。
 せめてもの女の意地として、終わったあと「これで満足なさいましたか」と尋ねかけてやろうと思っている。
 いくら伯爵家の後継ぎであろうとも、そんなに簡単に年増の心を御せないということを思い知らせてやらねばならない。
 わたしは深呼吸をして顔の火照りを抑えながら、ウィル坊ちゃんの寝室のドアをノックした。
 すると、いつもどおり「入っていいよー」と気安い声が返ってきて、ドアノブを回したのだ。

「ん……こほん、ご主人さま、お呼びですか?」
「イグチナ、ヴェラナの卒業おめでとう!」
「へ!?」

 女中として礼儀正しく挨拶をしかけたら、すぐに目の前までやってきて、正面からわたしの太い両腕を気安くバシバシと叩いてきたので、どうしたらいいか分からず動揺した。

「ささ、座って。ブリタニーから聞いたよ。町で飲み損ねたんだって」
「え? え?」
「いいから、いいから」

 後ろから背中を押しやられ、ソファーに座らされた。
 高そうな酒が目の前のテーブルの上に並べられていく。

「これなんかいいんじゃないかな」
「あの、ウィル坊ちゃん?」
「トリスも誘ったんだけど、お邪魔になりたくないって断られちゃったんだ。いまから二人で、ロゼとヴェラナのささやかな卒業祝いをしようよ!」

 わたしは苦笑を浮かべた。

「言っておきますけど、上流の方々が飲むようなお酒、わたしのお給料じゃとても支払えませんからね」
「大丈夫。もちろんイグチナにツケは回さないよ。ほら、町の酒場にあるような麦酒ビールも用意してあるよ。これなら気楽に飲めるでしょ。これはマイヤの入れ知恵なんだけどね」

 見覚えのある酒の銘柄がテーブルの上に置かれた。
 この安酒を酒場パブで飲もうと思っていたのだ。ゴクリと喉が鳴る。

「ほら、ツマミもあるよ。マイヤに頼んで作ってもらったんだ」
「あら、なにからなにまで。マイヤに借りができたわね」
「ええっとね、『礼はいらねえ。イグチナ先生にはずいぶんと世話になった』これマイヤからの伝言ね?」

 あまり似てない口真似に思わずプッと笑ってしまう。
 ここまでお膳立てされたなら、相手の好意を素直に受け入れるしかないではないか。
 まったくこのご主人さまは――

「言っときますけど、わたし酔うと結構絡む方ですからね」
「この機会だから、ぜーんぶ吐き出してしまえばいいよ。イグチナの苦労話も愚痴もたっぷりぼくが受け止めてあげるんだから」


   ‡


「イグチナ、イグチナ……?」

 雲の上でも歩くようなフワフワした気持ちで微睡んでいると、耳の上から声をかけられた。聞き慣れた女性の声である。

「起きてくれないかしら。うっかりよろけて階段で転ぶと危ないわ」
「へ? あれ、ブリタニー?」

 どうやらわたしは肩を借りて歩いているらしかった。いつのまにやら自分は使用人たちの働く階下の世界ビロウステアーズに移動しており、幅の狭い階段にさしかかるところである。

「あたし、いままでなにをしていたっけ……うっ!?」

 さきほどまでの記憶が一気に蘇る。
 そうだ!
 ウィル坊ちゃんが意外に聞き上手で、しこたま気分よく酔っ払ってしまい、話すべきでないことまで盛大に話してしまった気がする。
 あれ、さすがにわたし、トリスとロゼの関係までしゃべってないわよね?
 わたしが口を出すことではないし、トリスには娘の学費まで援助してもらったのだ。さすがにそれはいくらなんでも義理を欠く。大丈夫。きっと大丈夫なはずだ。
 たしか、腹も満ちて気持ちが大きくなったところをベッドに連れて行かれたように思う。
 いや、もしかしたら誘ったのは自分かもしれない。
 なにせ仰向けに寝ているウィル坊ちゃんの上で、盛大に股を開いて自分から腰を振っていた記憶があるのだから――

 あいたた。うああ、やらかした。

 どおりで満たされているはずだ。旨い酒を飲み、美味いツマミを詰め込み、前回から少なくとも半月分は溜まっていた年増の性欲を解消させてもらったのだから。
 たしか何度も気をやってしまうほど自分はサカっていて、満ち足りたひとときを過ごした覚えがある。
 年が半分にも満たない少年に、ピロートークで恋人のように甘えて肌を重ねてしまった。
 もうじきヴェラナがわたしの手を離れるからなのか、過去の失敗や上手くいかなかった結婚生活の愚痴を吐き出し「イグチナは凄いよ、よく頑張ったよ」と頭まで撫ででもらったように思う。
 さらには頼まれもしないのに「いいから、年上のおばさんに任せておきなさい」と言ってウィル坊ちゃんのお持ち物を口で咥えて綺麗にした覚えまである。聞きかじりの知識で少年のおしっこの穴をちゅうっと吸い出したのだ。
 歳をとってどうして人はここまでやらかしてしまうのか――
 耐えきれなくなり、わたしはブリタニーから身を離し、階段の隅にうずくまる。

「どうしたの、イグチナ?」
「わ、わたしったら、いい歳して酔っ払って結構な粗相を……」

 部屋に入ったときは性欲をもてあました思春期の少年に、この身体を提供するだけのつもりだったのだ。
 それがメロメロにさせられ前後不覚にされてしまったのだから。
 なんであの歳であんなに上手いのよ!? ズルいわよ!
 そう文句の一つも言いたくなるくらい格段に上達していた。自分の人生であれほど気持ちよくしてもらったことなど一度たりともない。

「粗相? ウィル坊ちゃん、今日のイグチナはすごく可愛かったっておっしゃってたわよ?」
「うぐっ!?」

 年増にトドメを刺すな! トドメを!
 周囲を見回してだれにも聞かれていないことを確認しつつ、おそるおそる気になっていたことを尋ねた。

「ねえ、ベッドの後始末はあなたが……?」
「気にする必要ないわよ。お互いにいい歳なんだし、いまさらよ。それにわたしも午後にお情けを頂いたから――」
「あんの、エロガキッ!」

 つい悔し紛れにそう吐き捨ててしまう。きっと女としての嫉妬心まで混ざっているだろう。

「親しさの裏返しの当てつけだと分かっているけど、ウィル坊ちゃんにそんな汚い言葉を投げかけたら駄目よ。わたしたちのご主人さまなのですから……」

 年下のブリタニーにそんなふうにたしなめられた。
 この栗毛の女中がどんなときもウィル坊ちゃんの味方であることをつい失念していた。

「そうね。ちょっと言葉が過ぎたわ。あなたが頼んでくれたから、わたしはこうして美味しい酒と食事にありつけたのだしね。でも、あなたはそれで良かったの?」
「わたしはお情けをいただけただけで嬉しかったわ。裸のところにルノアとニーナが来ちゃったから、ちょっとびっくりしちゃったけど」
「ぷっ、それはお気の毒さま。悪いけど、ちょっと笑っちゃったわ」

 情事の途中でおチビたちに押しかけられて二人が慌てふためくさまがありありと想像できた。やるなあ、マイヤ――

「ううん、イグチナが買ってきてくれたおかげで、わたしもあの子たちにオヤツをあげられて嬉しかったわ。二人ともすごく喜んでいたし。なぜかあとでマイヤにすごく申し訳なさそうに謝られたけど……」

 そのあまりの大らかさと器のデカさに呆れた視線を向けていると、ブリタニーは下腹のあたりをさすったのだ。

「それに、もう無理だって分かっているけど、もしかしたらって気持ちになれるから」
「え、ちょっとまさかあなた、避妊なしで。もし妊娠したらとんでもないことよ!?」
「たぶんそうはならないわ。でも、《《ご主人さま》》は仰ってくださったの。もしそうなったとき認知はできないけど責任は取るって。絶対に屋敷を辞めさせないし、子供も不幸にさせたりしないって。そのお言葉だけで、今日もわたしは元気に生きていけるの」

 ブリタニーは寂しそうに、それでいてとても幸せそうに微笑んだのだ。
 わたしは実感してしまった――そんな約束を取り交わせるくらいウィル坊ちゃんは成長したのだと。
 ついこの間まで、といっても十数年以上も昔の話だが、わたしの乳を飲んだこともあるあの子が――

 ふとした拍子に、下腹部からどろりと粘着質な液体が流れ落ちる感触がして、ブルっと身震いをした。
 うわ、やばっ、わたしも人のこと言えないじゃないの!
 ええっと避妊はどうしたっけ。必死に思い出そうとする。
 たしかトリスが飲む避妊薬を作ったとか言っていたっけ。コップを渡されて飲まされた覚えがあった。今度から忘れないように食事と一緒に提供すると言っていた気がする。
 トリスならまずヘマをやらかさないであろう。大丈夫、大丈夫。そう思い直して、ほっと一息をついた。

 わたしは腰のあたりをさする。年甲斐もなく気張ったせいか若干の張りはあるが明日からの仕事に差し支えはないだろう。むしろ心地よい疲れと言える。

「はあ、明日からどんな顔をしてウィル坊ちゃんに会えばいいのよ……」
「あら、そういうときのウィル坊ちゃんの方は結構いつもどおりよ。翌日はちょっとおっぱいやお尻を触られたりすることが多いかもしれないけど、あの年頃の男の子にはありがちなことだし、べつにそれくらい嫌でもないでしょう?」
「あなたはそうかもしれないけど。いや、わたしもか……」

 変に意識されたりぎこちなくなるよりも、そのくらいの方がこちらとしても気が楽だ。ええい乳や尻くらい好きに触らせてやれ。
 そして恥ずかしい話、そのように扱われることによって、まだ自分が女であるという自尊心が保てるのだ。年若い少年に女扱いされることで自分が若返った気すらしてしまう。
 ああ、年増とはなんとみっともない生き物なのか。
 立ち上がった拍子にふと思い出した。

「あ、頼むの忘れた」
「あら? なにか頼みごとでも?」
「娘のヴェラナのことよ。こういうときって最低限の礼儀として、娘をこの屋敷の女中にってわたしの方からウィル坊ちゃんにお願いやご挨拶しておくべきでしょ?」

 なんだってわたしはそれを忘れて、かつての乳飲み子に女の目を向けていたのか。

「そうね。でも、ウィル坊ちゃんなら、お願いしてもしなくてもきっと良いように取り計らってくださるはずだわ」

 ブリタニーは相変わらず下腹をさすり続けている。聖母のようなその姿からは、ウィル坊ちゃんに対する絶大な信頼が感じられた。
 わたしの方も自分の穿いている――絶対に普段使いしないような高級な下着がべとついていることを意識せざるを得ない。
 なんでこんなにいっぱい出せるのよ――若いって本当に凄いわ。
 わたしたち二人はさして嫌でもない気持ちで、主人である少年に欲望をたっぷりと吐き出された下腹を意識しながら自室に戻っていくのだから、年増は本当にどうしようもない。
 そして、お呼ばれしたらまたノコノコと顔を出すことであろう。

「あーあ、ま、洗濯女中なんだから仕方ないわよねえ」
「ふふ、仕方ないですわね。ウィル坊ちゃんの洗濯女中なのですから」
「なんであなたの方はちょっと嬉しそうなのよ」

 わたしはこの青い精臭のたっぷりと染みついた下着を洗わないといけないことを自覚して、まんざらでもない溜息をついたのであった。


濡れ場を期待された方には申し訳ない。いつかウィル視点でも書いてみたいと思ってます。

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