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SIDE:マイヤ「ソフィアが屋敷に来た日」

時系列的には、第六話「閨の教育係」の直後になります。

 なんでもウィルのやろうが屋敷に奴隷を買ってきたらしい。

「ねえ、マイヤ。結局、上級使用人の食事が一人分と、女中の食事が一人分増えるってことかしら?」

 洗い物を片付けながら、調理キッチン女中メイドジューチカがそう聞いてきた。

「そういうことらしい。一人は二十代の従者ヴァレットで、もう一人はオレたちと同じ年ごろの女中だってよ」

 オレは椅子に腰かけて明日のメイン食材であるにわとりの羽をブチブチとむしりながら、やさぐれた顔で返事をする。
 奴隷市場からわざわざ女の奴隷を買ってきたんだ。当然綺麗どころだろうしヤリ目的に決まっている。くそ、ウィルのやつ、色気づきやがって。

「まあ、二十代の男ですって!? どんな人だった? ねえ、どんな人だった?」

 あ、しまった。リッタのやつが食いついてきた。
 どうせ隠しておけることでもない。渋々口を開く。

「さっき廊下で少しだけ話をしたんだけどよ、赤毛の背の高い男でそこそこ男前だった。でも、キザったらしい、いけすかねえ男だったぜ」

 廊下をすれ違いざま「そこの赤毛のガキ」と呼びかけられたのだから心象も悪くなろう。

「へえ? 男前なんだ。いいわね、いいわね!」
「リッタ、悪いこと言わねえからあの男はやめとけって。屋敷に来た早々、客人でもない分際で、部屋まで茶を持ってこいなんて抜かしやがったんだぜ? だれが持って行ってやるかよ」
「な、なら、あたしがお茶を持っててあげるね」

 そう言うなり金髪の料理人は自分用の紅茶のポットを持って、ぴゅうっと部屋から飛び出して行ってしまったのだ。
 あの料理人は初対面の人間と上手く意思の疎通を図れる性格でもないのに、ときどき男のこととなると突発的に猪突猛進な行動力を発揮することがある。

「アイツ、たまにああいうところあるよな……?」
「マイヤ、呑気なこと言ってないでリッタを追いかけて! あとでツケが回ってくるのは、どうせわたしたち調理場なんだからね!?」
「お、おう」

 毟りかけの鶏をそのへんに放置して、ひとまず廊下に出た。

「リッタのやつ、どこに行っちまいやがったんだ。ったく、そもそもアイツ、付き合っている男いるんじゃなかったっけ? 顔も知らねえ男の部屋に突撃するくらいなら、さっさと別れちまえ」

 あの赤毛の男にまったく関心がなかったので、この広い屋敷の中のどこに部屋を割り当てられたのか見当がつかない。
 仕方なく空いてそうな部屋を探してうろうろしていると、廊下の向こうに見慣れない銀髪の女中が床に倒れ伏しているのが見えた。
 ギョッとしてあわてて駆け寄る。

「お、おい! どうした? 具合でも悪いのか?」
「うう……」

 助け起こして少女の顔を見下ろし、まずその整った顔の造作に驚き、ハッと気がついた。
 ああ、こいつがウィルが奴隷市場から買ってきたという例の――そう納得していると銀髪の少女の唇がモゴモゴと動きなにかを伝えようとしていることに気がついた。耳を寄せる。

「……は、腹が減って力が出ない」
「おい! 空腹で行き倒れているのかよ!?」

 盛大に突っ込みを入れる羽目になった。
 あー仕方ねえ。オレは調理女中だしな。バリバリと自分の後ろ頭を掻く。

「新入り、オレが飯を食わせてやるからついて来い」
「なんと! 本当か? 感謝するぞ」
「オレはマイヤってんだ。おまえは?」
「わたしはソフィアという」

 銀髪の少女はのろのろと起き出し、オレの後ろを夢遊病者のような足取りでフラフラと追いかけてくる。
 やがてオレがソフィアを連れて戻ると、調理場のドアの向こうには椅子に座ってテーブルにへたり込む金髪の頭が見えた。

「ぐすっ、ぐすっ、あたしにまったく興味ないって言われた。なにが入ってるか分からないから紅茶のポットも受け取れないって。あたし一応上級使用人なんだけど信用なさすぎじゃない? 扱いひどくない?」

 勝手に突撃して勝手にフラれて帰ってきた金髪の料理人リッタがくだを巻いていたのだ。
 机の上には調理用のワインの封が切られて置かれており、すでに出来上がっているようだ。
 そして、そんなリッタをなんとか慰めようとジューチカが奮闘しているらしい。

「リッタの方もべつにそこまで興味あったわけでもなかったんでしょ? だったら最初から気にする必要なんかないじゃない」
「あたし、もう何ヶ月、男の肌に触れてないと思っているのよ!?」

 知らねえよ。つうか、おまえ付き合っている男いたんじゃなかったっけ。

「あ、マイヤ! いいところに戻ってきた」
「げ。ジューチカ、悪いけどオレ、屋敷に来た新入りにいまから飯を作ってやるつもりだから、今日のところはおまえがリッタの面倒みてやってくれよ」

 痩せた調理女中は、げっそりと身体がますます軽くなるような盛大な溜息をついたあと、リッタを連れて行ってくれた。
 こういうときは早めに寝かしつけて、一晩経ったらケロリと忘れていることを願うしかない。
 オレはさっきまで羽を毟っていた鶏の身を少し削ぎ、残り物の野菜屑を適当にぶち込んで、フライパンをふるいはじめる。
 はあ、なんでオレはオレで、腹をすかしているウィルの愛人候補の面倒をみているのかねえ。

「う、旨そうな匂いがしてきた」
「すぐにできるから、もうちょっとだけ待ってな。この分なら少し腹にたまるものの方がいいな」

 リッタが茶を煎れるためなのか、ちょうど熱湯が残っていたので、そこに細いパスタをぶちこむ。
 ほどよく茹だったタイミングでそれをフライパンに移した。少量の茹で汁を加えるのがコツだ。リッタによると乳化して味が良くなるらしい。

「はいよ。おまちどうさん!」
「おお……はぐっ、はぐっ。こ、これはウマい!」
「はは、そうか、そうか。あわてて喉を詰まらせるなよ?」

 オレはソフィアの対面に座り、気持ちの良い食べっぷりを眺める。ガツガツと口に詰め込む銀髪の少女にほだされて、つい頬を緩めてしまう。
 こいつのことべつに嫌いじゃねえな。

「おい、ソフィア。飯食わしてやったんだから教えろや。おまえ、ウィルのこと好きなのか?」
「はぐっ……ん? 昨日会ったばかりの男をいきなり好きになるはずがなかろう?」
「本当か? オレ、アイツとは幼なじみなんだ。オレは――オレはアイツのことが好きなんだよ」

 ついに思いの丈を打ち明けた。するとソフィアは食事を止めて、思案げな表情を作る。

「わたしは北方の部族の出身でな。一族の命運がかかっているから止むに止まれずというやつだ。いまのところ好きという感情はカケラもない」
「……そっか。カケラもねえか」

 ケケ、ウィルのやつフラれてやんの。ざまあみろ。
 そしてオレはソフィアの女中服の胸に視線を落とす。
 顔は負けるだろうが、さきほど介抱したときに胸ならオレの方が少しだけ大きいと見立てていた。ほんの少しだけどな!
 みみっちい勝利に気を良くしたオレは一つの決断を下す。

「オレはウィルのやつに告白する。どっちに転んでも恨みっこなしだかんな?」
「勝手にしろと言いたいところだが、マイヤには一飯いっぱんの恩というものがある。上首尾なら心より祝福しよう」
「ありがとよ。まあ上手くいったところで、オレの生まれじゃ情婦扱いがせいぜいなんだろうけどよ」
「ふむ、それでいつ告白するのだ?」
「できるだけ早いほうがいい。明日だ!」

 こうしてオレの一世一代の大勝負が明日決行されることが決まったのだ。




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