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SIDE:マイヤ「ウィルが屋敷に戻ってきた日」
時系列的には第一話よりも前になります。
その日、オレは朝から落ち着かなかった。
なぜってウィルのやつが三年ぶりに屋敷に戻ってくるからだよ。
オレがこの屋敷に引き取られてからかれこれ十年近くにもなるが、アイツのいない三年間、どれほどオレの心にポッカリと穴が空いていたことか分からない。
オレは調理場に据え付けられた鏡をじっと眺める。
そこにはいつもどおり赤い癖毛を女中帽からはみ出させた生意気そうなメスガキの顔が映っていた。
「なあ、オレの顔、なにかおかしくないか?」
「ねえ、マイヤ。今朝からそれ聞くのもう三度目よ。おかしいって言ったらそのことがおかしいわよ」
親友の調理女中ジューチカが呆れたように、そう言ってきた。
仕事に集中しろという言外の響きを今日だけはしれっと無視をして、赤毛の髪を手で整える。
髪を編むか結ぶかしたら、少しは雰囲気が変わって見えるかねえ。ちっとは大人っぽくなったって思ってほしいところだぜ――
不細工ではないと思うが、なんでも美人ぞろいと評判らしいこの屋敷の中で自分が綺麗どころに入る自信はまったくない。
トリスほどの大人の色気とまではいかなくとも、せめてこのそこはかとなく漂う子供っぽさだけでもどうにかならないだろうか。
自分の寂しい胸元に視線を落とした。
一応、これでも昔に比べたらちょっとはふくらんだんだけどよォ。まあジューチカも似たり寄ったりか――
親友の少女を引き合いに出して、みみっちく自分を慰めていると、ウズウズとした空気が近づいてくるのを感じた。
「きゃあ、マイヤァ!」
そのとき鏡の画角に、癖のある金髪の豊満な肉の塊が割り込んできて、当てつけるかのようにオレの背中にグイグイとその大きな胸を押しつけて、すりすりとオレに頬ずりをしてきた。
「愛しの男の子が帰ってくるからウキウキしてんでしょ? 分かるわよ。ねえ、そうでしょそうでしょ?」
「ち、ちげえよ! ウィルのやつが帰ってくるくらいでいちいち舞い上がったりしねえよ!」
図星を突かれたオレは動揺も露わにそう口にする。
「あら、あたし、若さまだなんて一言も言ってないわよ?」
「あっ! ひっかけやがったな、リッタ! このやろう!」
「甘酸っぱいわァ! 胸がキュンとしちゃう。あん、痛い痛い!」
オレは振り返って上司である金髪の料理人の肩をポカポカと叩く。そのたびに大きな胸が揺れるのが実に忌々しい。
ちくしょう。オレにもこんな胸がついていれば――
「気持ち分かるわァ。あたしも最後に男の肌に触れたのいつ以来かしら。身体を持て余しちゃうわよね? 下半身が疼いちゃうわよね?」
「ちげえよ! そこまでヤラしいこと考えてねえよ! おまえと一緒にすんな!」
「一緒よ。男女って結局最後は必ずそこに行き着くんだから!」
自分の身体を抱きしめて、クネクネと料理人服の白い内股のズボンを擦り合わせる女から距離を取り、オレは嫌そうに口を引き結ぶ。
さすがに年中発情期のようなこの金髪女と一緒にされたくはない。
ちなみに上級使用人であるリッタの元には、朝と夜に茶を一杯届ける決まりなのだが、夜中にリッタの部屋を訪ねると一人で自分を慰めている最中であったり、恋人に逢えない愚痴を聞かされたりして、みながその役目を嫌がるため、もっぱらオレがリッタ係みたいになっているのであった。
リッタも色狂いなところさえなければ、本当にいいヤツなんだけどな――
いつも出し惜しみすることなく料理の技術を教えてくれるし、多少の頼みごとならたいてい快く応じてくれる。
調理場の主としては少し頼りないことが難点ではあるが、上級使用人として偉そうにふんぞり返らないだけなんぼかマシだ。リッタの美点は欠点を補って余りあるとオレは考えている。
「ほら二人とも、今日は忙しいんだから、浮かれてないで仕事仕事! マイヤもそろそろ、いつもみたいにシャキッとして!」
調理女中ジューチカがまるで料理人のようなことを言って、パンパンと手を叩く。
オレとリッタは「はーい」と返事をして各々の調理場の持ち場に戻り、久方ぶりに帰ってくる伯爵家の令息を出迎える準備を進めたのであった。
‡
昼ごろ、屋敷の女中たちは玄関に通じる道の左右に並び、ウィルの乗った馬車を出迎える。
みんな顔がニッコニコであった。
その気持ちはよく分かる。だってよお、仕える主人のいない屋敷で働くってのはいまいち張り合いがなかったし、それにこの屋敷の女中ってのはどうしようもねえくらい世話焼きが多いのだ。
何を隠そうオレもその中の一人なのだが、いまは緊張と興奮の方が優っているだろう。だって三年ぶりなんだぜ。心臓がバックバクだ。
「心配しなくても大丈夫よ。マイヤは昔より確実に可愛くなってるから――」
「な、なんのこと言ってんだか……」
「素直になりなさいよ。バレバレじゃないの」
ジューチカはそんなことを言ってきやがったが、いまはそれどころではない。
相変わらずアホみたいに背の高いトリスのやつが馬車の前に立ち、伯爵の男性使用人がやっていたように恭しくドアを開けた。
「ウィル坊ちゃま、やはり従者は雇わないといけませんわね。伯爵家の格式が保てません」
「うん、そっか。考えとく」
あ、ウィルのやつが馬車から降りてきやがった!?
遠目に成長したウィルの紳士服姿が見えた。以前よりも手足が長いその姿に、胸がキュッと締めつけられる。
いますぐにも駆け寄って、抱きつきに行きたい気持ちを必死に抑え、着慣れない出迎え用の午後の女中服のスカートの裾を軽く摘まみ上げる。
「「お帰りなさいませ!」」
オレはほかの女中たちと一緒に軽く腰を屈めて、顔を伏せながらそう声を張り上げる。
くそ、ウィルの顔一瞬しか見えなかった。ウィルのあの、のほほんとしたマヌケ面をじっくり拝みてえ。
「うわあ、この屋敷もホント久しぶりだなあ。みんなただいま!」
ウィルのやつが、のんびりとした調子で石畳を踏み締めてこちらに歩いてくる。
(ウィル坊ちゃん、ずいぶん背が伸びたね?)
(そりゃ伸びるわよ。成長期だもの)
(ちょっと雰囲気も変わった気がするねえ)
(そりゃ変わるわよ。成長期だもの)
ウィルの姿を盗み見た古参の女中たち――洗濯女中ジュディスとイグチナが囁きあう声がちらほらと聞こえてきた。女中とはかくも姦しい生き物なのだ。
(育ち盛りなんだから、きっといっぱい食べるようになるわよ?)
(調理場が大変だねえ)
望むところである。ドンと来いや。
そういや、オレはいつも汚れてもいいプリント地の女中服で飯を作っていて、来客用の小綺麗な黒地の女中服姿を見せるのはこれが初めてだろうか。そう思ったとき――
「あ、マイヤ」
――ッ!?
アイツはオレの前で立ち止まり、そう声をかけてきた。
もし屋敷の主人筋に身分を弁えない気やすい態度をとれば、トリスのやつが怒るだろうが、なあにオレとコイツは十年来の仲だ。構うものか―――
「お、おう――――うっ……」
以前のように、にへらと笑いかけて、オレは固まったのだ。
ウィルの顔は、以前までのぷっくりとした頬の丸さがシュッと削げ落ちており、子供っぽさと跳ね馬のような精悍さの入り混じる、まさに思春期の少年という感じへと変貌していた。
――か、格好良くなってやがる。オレの贔屓目かもしれねえけど、ウィルのやつずっと大人っぽくなって格好よくなってやがる!?
思わずオレはウィルの顔をぽおっとした目で見つめてしまい、ウィルのやつもオレの顔をじっと見つめ返してくる。
オレとウィルの視線が絡み合ったあと、ウィルはそっとオレの薄い胸や小ぶりな腰にぎこちなく視線を落とした気がする。
い、いまのはどういう意味なんだ?
「ウィル坊っちゃま、いかがなさいましたか?」
「あっ、ううん。なんでもない。マ、マイヤ、またね」
「お、おう……」
緊張のあまり「おう」しか言えてねえ。
ウィルはトリスに促されるまま屋敷の中に入っていく。
トリスのやつ、頬に手を当てて、オレを生温かい目で見てきやがった。
ちくしょう――
三年ぶりだぞ。三年ぶりに顔を合わせるんだぞ。
オレに抱きついてくれとまでは言わないが、ウィルのやつも、もうちょっとオレにかける言葉があってもいいじゃねえか。
「だ、大丈夫よ、マイヤ。ウィル坊ちゃんも決してマイヤのことを疎んじていたわけじゃないから。わたしは男女のことはあまり分からないけど、マイヤのことを意識してたように見えたわ」
落ち込んだオレをあわてた様子でジューチカが慰めてくる。
ありがてえけど、いまはそっとしてほしいところだ。
「ほら、リッタもなにか言ってあげて――リッタ? え、リッタ!?」
「わ、若さま。あんなにご立派になってた。オトコノコになってた。見た? あのピチピチした肌。ハアハア……」
――おい!
何ヶ月ぶりかくらいに若い男の姿を見て、リッタの例の病気が発症していたのであった。
一人称視点はあまり書いてこなかったのですが、こういうのも需要ありそうでしょうか?
どのキャラのどの場面が見たいとか(たとえばこのキャラのお手つき前とお手つき後の変化を見たいとか)ありましたら、ご感想お待ちしております。
どのキャラのどの場面が見たいとか(たとえばこのキャラのお手つき前とお手つき後の変化を見たいとか)ありましたら、ご感想お待ちしております。
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