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第六十話「若かりしころの肖像と血縁者の少女」

 ベッドの上で上体を起こすウィルを、その傍らに立つ胸の大きな少女ロゼが、じいっと桃色の瞳で見つめながら口を開いた。

「わたしも自分が何者か気になって調べました。お兄さま、トリスお姉さまがだれの子を妊娠したか聞いたことがおありですか?」

 なかなか確信に迫る質問であった。

「なんでもお相手は高名なバレエ教師だったそうだね?」

 これについてはトリスがうっかり口を滑らしたかどうかは定かではないが、そこまでなら寝物語で聞いたことがある。

「はい。陛下のご意向に逆らい、陛下を嘲る演目を踊ったバレエ教師です。シャルロッテ女学院においては、そのバレエ教師と関わったこと自体が無かったことにされており、ほぼすべての記録は抹消されておりました」
「あ、そうか、あの女学院ならそこまでするか……」

 権力者の寄付によって成り立っているのだから、なにがなんでも権力者と敵対しないことを是とするであろう。

「おかげで当時を知る数少ない関係者は口を閉ざし、調査は行き詰まりました。もちろん学院長も口を割りませんでしたわ」
「へえ、あの人その辺は意外にちゃんとしてたんだね」

 小柄で金髪で胸と尻が大きく、どこかリッタを思わせる奔放な印象があったので、それは意外であった。

「学院長ともなると女生徒の就職がかかっておりますもの。権力に関わることには極端に口が重くならざるを得ませんわ」

 トリスがだれの子を孕んで母乳を出すようになったのか、そのあたりの経緯がまるで精査されないまま伯爵家に職を得られたのは――ウィルの母親である屋敷の女主人が亡くなってしまったことに加えて、父親である伯爵がウィルにまったく関心を示さなかったおかげであろう。

「ただ、わたしの実家はご存知のとおり、医者を家業としているのですが口実を設けてカルテを照合してもらったところ――トリスお姉さまが出産したと思わしき時期とわたしの生年月日は見事に一致しておりました」
「ということは――?」

 息を呑んで言葉を待つ少年の脳裏にシャルロッテ女学院に行ってしまう前、ロゼが涙ながらに口にしていた言葉が思い出される。

『……お兄さま、わたしの実家の父母は、トリスお姉さまと同じように淡褐色ヘーゼルの瞳をしております。赤みがかった瞳をもつものは、知るかぎりわたしの家系には見当たらないのです』

 ロゼは哀しそうに首を振った。

「結論をお伝えしたいところですが、元々縁の薄かった実家の母親との面会は拒まれ、最終的な確認がとれておりません。わたしの実家は上流貴族ご用達ですので仕方のないことだと理解はできます」

 言葉の端々に複雑な家庭事情が透けて見え、思わずウィルは手を伸ばしロゼの手を握ってやった。すると、ロゼはすがるようにウィルの手を握り返してくる。

「ただ、トリスお姉さまと関係の深かったバレエ教師はかなり名の知れた人物で、なんでも赤みがかった瞳で上流階級の淑女たちを魅了していたという噂が残っております」
「やっぱりそうなんだっ!?」

 母娘の線が一気に強まった。
 自分でもよく分からない興奮を隠しきれないウィルに、少女の桃色の瞳が不安そうに揺らぐ。

「お兄さま、わたしがトリスお姉さまの娘だったとしたら、わたしは陛下の不興を買って殺された男の血を引く娘ということになりますが、それでもお側に置いていただけますか?」
「当たり前じゃないか! ロゼのお父さんが王に叛逆した人であろうがなかろうが、ぼくはまったく気にしないからね!?」

 この王都から遠く離れた辺境領の令息は迷いなくそう言い切り、ロゼの手をぎゅうっと握りしめる。
 王国に復讐しようとしているマリエルの双子の姉であるソフィアを抱えているように、領地の屋敷とそこに住まう使用人たちさえ守れるのであれば、この令息にとって他のことはどうだって良いのだ。
 少年に握られた少女の手が震え、その白い頬が紅潮する。

「わたし、お兄さまのそういうところが本当に本当に大好きです。わたしはお兄さまに、生涯この身も心も――」
「待って、ロゼ。そういうのを聞かされて嬉しくないわけではないんだけど、話をすべて終えてからにしようよ」

 ウィルからしてみれば、血の繋がらない妹であるロゼに使用人としての忠誠を誓われても、まだ受け入れるだけの心の準備が整っていないのである。

「むう、いけずですわ、お兄さま」

 ロゼはもう片方の手をその豊かな胸に手を添えたまま、ぷくっと頬をふくらませる。ときおり見せる子供っぽい仕草がトリスとの一番の違いかもしれない。

「そういうわけで、わたしがトリスお姉さまの実の娘である可能性は非常に高いのですが、事実関係を確定する決め手がございません。関係者はだれも認めませんし、決定的な証拠も残っておりません、もっとも証拠があったところで陛下に叛逆した男の娘などと名乗り出ることもできないわけですが――」
「うーん、たまたまそういうふうに生まれついたという可能性もゼロではないもんなあ。たとえば家政ハウス女中メイドにヘンリエッタっていう白子アルビノの子がいて目の色が血のように赤いんだけど、ご両親はそうではなかったらしいし」
「なるほど。そうですわね。まだヘンリエッタとは直に会ったことはありませんが、お兄さまのお手つき済みということは存じ上げております」
「うお……」

 少年は手を繋いだまま天を仰ぐ。
 女中長トリスはロゼに仕事を任せるにあたって、次のようなことを口にしていただろうか――

『ご主人さまのねや――どの女中をとぎにお使いになるかなども含めてロゼにすべてお世話をさせます』

 この血の繋がらない妹に、リサ・サリの持つあの台帳を通じてウィルの性遍歴がすべて知られてしまったのだと改めて実感させられる。
 屋敷に戻って数刻のうちに、おそらくは令息と屋敷の女中たちの肉体関係が少女の頭の中にすべて叩き込まれているのではないかと令息は思う。いくらなんでも仕事が早すぎはしないだろうか――

「あと手がかりと言えるのは屋敷で最年長のイグチナくらいかと思います」
「ああ。イグチナならトリスが来る前から屋敷にいたもんね。ぼくの元子守ナース女中メイドだし、もしかしたらなにか事情を知ってるかもしれないね」
「お兄さま、わたしの親友になったヴェラナから聞いたのですが、ヴェラナの学費の一部はトリスお姉さまによって負担されていたそうですわ。これはイグチナに対するなんらかの謝礼あるいは口止め料の意味合いがあるのではないかと考えておりますが」
「あっ……」

 そもそも労働階級のイグチナが、自分だけの稼ぎで自分の娘をシャルロッテ女学院に通わせるなど不可能なのだ。イグチナの夫が蒸発したとなればなおさらであろう。
 トリスはたっぷりと母乳を出せる乳房を持っていたからこそウィルの乳母になれたのだが、社会的に中流階級とみなされる伯爵家の女中長の婚姻歴については白紙でなければならない。未婚の乳母を務めていたとなると、イグチナのような子守女中に授乳を肩代わりさせていたことにしなくてはならないだろう。

「なるほど。たしかにトリスにとっては妥当な取引かもしれない。でも、どうしてそうまでしてイグチナはヴェラナをシャルロッテに行かせたんだろう?」
「イグチナの夫は――ヴェラナ曰く――腰を悪くするまで船乗りをしていた大酒飲みの博打狂いだそうです。金の無心にこのお屋敷までイグチナを訪ねてきて、門前払いを受けたことまであるとか」
「うちの屋敷にまで入ってこようとしたの!? ああ、それでヴェラナは……」

 幼少期にたまに屋敷に来たヴェラナはいつも柱の陰からウィルのことをじっと見つめていたが、自分の父親に怯えていたならウィルと仲良くなるどころではなかったのであろう。

「それでお兄さま――」少女はにんまりと笑みを広げながら、ウィルの手に指を絡めてくる。

「ヴェラナとイグチナを抱き比べたら、わたしとトリスお姉さまが母娘か姉妹か、お兄さまならお判りになるのではありませんか?」
「っ!?」

 思わず息を呑む。

(妹が自分の親友の貞操を差し出してきた!?)

 身内同然に思っている少女が同世代の――しかも友情で結ばれた少女にお手つきするよう促してくるのは大変生々しい。
 だが、まんざら的外れな選択肢でもない気がしている――もしかしたら母娘の味の違いというものが分かるかもしれないし、イグチナが口を割るかもしれないと令息は思っているのだ。

「ヴェラナでしたらちょうど都合よく、わたしより一足先に避妊薬が効いておりますので、いますぐにでもお抱きになれますわ?」
(うおお……)

 イグチナの娘であるヴェラナはいまでは母親似のぽっちゃりとした抱き心地の良さそうな身体に成長した。
 もともと肉付きの良い体質なのか、イグチナ並みに胸も張り出している。だが、おそらく乳房はまだ青い芯が残っていて母親にくらべるとまだ固いと思われる――同じことは頭上にせり出したロゼの乳房についても言えるだろう。
 気がつけばウィルはロゼから手を離し、自身の顎に手を当てて考えこんでいた。
 ウィルの関心がヴェラナに向きかけたとき――

「あ、お兄さま。記録はほぼないと申し上げましたが、わたしのスカートのポケットにシャルロッテ時代のトリスお姉さまの写真が入っております」

 ロゼはそう言って、豊満な胸の下のくびれた腰の横に手を差し入れる。

「へえ、シャルロッテ時代のトリスの? 見たいな。写真なんて珍しいね」

 上流階級でもない限り、自身の姿が写真に収められることなど滅多にない。それだけトリスがバレエ教師ともども上流社交界に食い込んでいたということなのだろう。
 包み紙から取り出した白黒の写真がウィルに手渡される。
 そこに視線を落とし――

「え!? これ、ロゼじゃなくてトリスの若いときの写真だよね?」

 ウィルは目を丸くして驚嘆する声をあげた。
 写真に映る人物はまんまロゼにしか見えないが髪型が違う。顔の左右で縛っていない。前髪を作って残りの髪は後ろに流している。
 何度も写真と見くらべながら視線を送ってくる令息に対し、

「はい、そのとおりですが、そこまで驚かれるとは思っておりませんでした」

 ロゼはどこかキョトンとしている。

「だって、これは似てるってレベルなんかじゃないよ!」

 なにせ、いまのロゼが髪を解いたらちょうど同じ顔になるのではないかというくらい、そっくり生き写しのようなのだ。写真に着彩は施されていないので瞳の色までは分からないがロゼにしか見えない。
 胸の張り出しも写真で見る限り今のトリスほどではなく、ちょうどいまのロゼくらい――見上げるロゼの胸は体の線の細さも相まって、はっきりとその存在感を主張している。
 トリス自身も『ちょうど当時のわたしと同じくらいですわ。これからもっと大きくなりますとも』と口にしていただろうか。
 いまのトリスも最高だが、まだ小娘だった時分の若かりしころのトリスの肢体もさぞかし良かったのだろう――

(ごくっ……)

 目の前の少女が瓜二つなまでにそっくりというのが下半身に非常によろしくない。気持ちのタガが外れかかっている。

(はて? ってなんなんだろう)

 いま一度写真に視線を落としてみて、過去のトリスといまのロゼの違い――それは頭の左右で髪を縛ったロゼの髪型であることに、ようやく自覚的になった。
 幼少のころ家族の絆がほしいと願っていたウィルのためにロゼが連れてこられ、似合っているとウィルが決めたロゼの髪型こそがウィルにとっての妹の象徴であり、劣情を食い止めるくびきであったのだ。

「髪型までおんなじだったら、ちょっとヤバかったかも……」

 少年の口からついぽろりとその言葉が漏れた。
 その瞬間、この聡い少女はすべてを理解してしまったのである。

「お兄さまに決めていただいた髪型ではございますが、ひとりの女中として見ていただく邪魔になるようですので、髪留めを外させてください」

(あっ、待って……)

 令息は手を伸ばしかけるが、少女の首が振られる。

「初めてお兄さまに逆らいます。このお叱りはなんなりとお受けいたします」

 片方の髪がさらりとほどけ、もう片方の髪もほどける。
 その瞬間に、ドクンと脈動して令息の下半身に一気に血液が集まった気がした。
 目の前には、写真に見える若かりしころのトリスがいたのである。髪型まで同じとなり、もはや写真との区別はつかない。
 令息は衝動的にベッドから起き上がる。

「まあ、お兄さま!?」

 ウィルの下半身からはシーツが脱げ落ち、全裸でロゼと真正面から向き合うことになる。
 令息は雄々しく突き立った男性器を若かりしころのトリスと同じ顔に向け、

「ロゼ、ぼくはきみに、いまからしたいことをする。文句は受け付けないからね!」

 そう口にしたのであった。


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