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第六十二話「年増の洗濯女中の娘」
「そういえばソフィアはどうしてる? 具合悪そうにしてたけどもう大丈夫かな?」
ウィルはベッドの縁に腰をかけ、目の前で胸元のボタンを留めて身繕いしているロゼを見上げ、そう問いかけた。
「あの銀髪の子は、このお部屋に続く使用人部屋の一室に寝かしております。ご安心を。それほど顔色は悪くありませんわ」
「うーん、まだ、無理はさせられないか……」
せっかく心を捧げてもらったのだから、そろそろ本格的にソフィアを愛でたかったのだが、病み上がりの少女に相手をさせるのは気がひける。
それで先ほどまで着けていた女中服と着慣れた紳士服のどちらに身を包もうか決めかねており、令息はまだ裸のままであった。
(それにしてもロゼはソフィアのこと『あの銀髪の子』って呼ぶんだね……)
もしかすると古参の妹分としては、最近になってウィルとの関係に割り込んできた銀狼族の少女に対しなにか思うところがあるのかもしれない。
「お兄さま、シャルロッテ出身の女中たちが話をしたいそうです。お手数ですが時間を割いてやってくださいませんか?」
すっかり身繕いを終えたロゼがそう言ってきた。
少女はいままでのように、髪を顔の左右で結っていない。腰まである長い髪を背中に流している。ロゼの顔を見上げて、いままでとガラリと関係性が変わってしまったのだなとしみじみと実感した。
「いいよ。ぼくもどんな子たちか知りたかったからこの部屋に連れてきて。ロゼやヴェラナも含めて六人いたよね?」
「はい。では、男性用のお洋服をお持ちしますわ!」
それで紳士服に身を包むことにした。
裸のウィルに服を着せるロゼが――マイヤが側付き女中になったときもそうだったのだが――なんだかとても上機嫌である。
いそいそとウィルの足元に跪き、下着に足を通させようとする。
(着替えのときに両手を上げている幼児じゃないんだから、下着を手渡してくれたり、後ろから上着をかけてくれるくらいでいいんだけどな……)
幼少期のままごとが現実になっているような妙なくすぐったさがあるのだが、少女があまりに嬉しそうなので、いまさら「下穿きくらい自分で穿くよ」とは言い出せない。
途中股間を凝視されて、うっとりとした表情を浮かべられた気がしたが、幼少期とのあまりのギャップに見て見ぬフリをした。
「ああ、やっといつもの服に着替えられたよ」
ほんの数日しか屋敷を空けていないのだが、気持ちの上で久方ぶりに伯爵不在の屋敷の主人の立場に戻れたような気がしている。
「それで、シャルロッテの子たちはどんな話がしたいのかな?」
「おそらくは屋敷でどのような仕事を任せてもらえるかについてだと思われます」
ロゼが憶測を口にしたので、令息はわずかに小首を傾げた。
「うーん、屋敷の女中たちとの兼ね合いもあるから、いくらシャルロッテを卒業したからといってあまり高待遇を求められても困るかな」
「いえ、目先の報酬にはこだわっておらず、シャルロッテで学んだ知識が活かせるような、やりがいのある仕事を求めているようです」
「ああ、そっちか。レベッカが人手をほしがっていたから、まとめて預けるのも手だね。でもそうすると家政女中が手薄になるから、そのあたりは要相談かな」
「それを聞いたら飛び上がって喜ぶと思いますわ。なにしろみな自分の能力を活かせる職場を見つけることに血眼になっておりましたから。お兄さまのこのお屋敷のように、家令も執事も留守にして女性使用人に多くの権限が預けられているケースなんて本当にないんです。ただ――」
そこでロゼは急に半目になって薄く笑う。
「どうやらあの子たち、小生意気にも自分の貞操を対価にお兄さまと交渉をするつもりのようですので、少し焦らしてやるのも一興かと思われます」
「ロゼ、悪い顔をしてるよ?」
「中心になっているのは女王蜂争いですっごく苦労させられた子でして、いくらお兄さまの助力があって勝ち抜けたとはいえ、せめてわたしの顔を立てて、まずわたしに話を通すべきだと思われませんか? 自分の連れてきた女中すら完全に掌握できてなくてお恥ずかしい限りですが――」
そういうことかとウィルは苦笑を浮かべる。いくら出来が良いとはいえシャルロッテを卒業したばかりの小娘なのだ。なんでも自分の思惑どおりに上手くことを運べるはずがない。
そして同時に、意外にメンツを気にするのだと思った。
「もしかするとわたしを押しのけてお兄さまに取り入ろうとするかもしれませんわ。ありえないほど強硬でしたから」
年相応にプンプンと怒っているロゼが可愛らしい。
「へえ、ありえないほど? でも面白い。ロゼって自分の直接のライバルだった子まで連れてきたんだね?」
「だって魅力的な子ですもの。トリスお姉さまに憧れ、トリスお姉さまのようにバレエに打ち込み、トリスお姉さまのようにバレエに差し支えるほど胸が大きくなりすぎたクチですわ」
「え、トリスっていまでもシャルロッテで名が知られてるんだ?」
令息は驚きの声をあげる。
「はい。一時は王都の上流社交界にも食い込もうとしていたシャルロッテの伝説的な女王蜂ですから――実際には記録の抹消された高名なバレエ教師の功績もあってのことですが――以来、才能に溢れた野心家の小娘がバレエにのめり込むのがシャルロッテの風物詩となっておりまして」
「たしかに芸事を極めれば、理屈の上では上流階級との繋がりを持てるけど……」
とはいえ、並大抵の苦労ではないだろう。
「ちなみにわたしは、いずれ胸が邪魔になるから、そしていずれ後悔する可能性があるからとトリスお姉さまに固くバレエを禁じられましたわ。身体が柔らかい方がお兄さまのお好みかなと思ったものの、学費を出してくださった出資者には逆らえませんでした」
ロゼはそう言って、黒地のお仕着せに包まれた自分の大きな胸を両手でつかみ上げた――さきほど散々揉みしだいたが、不意のこういう仕草はドキリとさせられる。
「たしかにトリスお姉さまの予想どおり胸は大きくなりましたが、いずれ後悔する可能性ってなんでしょう? 初めてのときに分かると言われましたが、それ以上詳しく教えてくださいませんでした」
少女のそんな納得いかなさそうなつぶやきに対し、
(そういや思い当たる話を寝物語で聞いたな……)
令息は苦笑を浮かべる。
バレエをやっていると膣の周辺の筋肉が鍛えられ、同時に周辺の組織に著しい負担がかかるため、男性経験がないのに勝手に処女膜が破れてしまうことがあるとか――
「あ、そうだ。ぼくがウィルマとして屋敷の女中に加わることは、念のためちゃんと口止めしておいてね?」
「かしこまりましたわ」
銀狼族の神巫マリエルは、『屋敷に連れ帰る使用人』には知られても大丈夫だと書いてきた。ならば、この件についてそれ以上心配する必要はないであろう。
「みんな胸が大きくて可愛いかったけど、ロゼのライバルだった子ってどの子かな?」
「気の強そうな金髪の巻き毛の子ですわ。名前をエリーゼと言います」
「ああ、そんな感じの子がいたね」
あの中に、もし上流階級に生まれて胸元の開いたドレスでも身にまとったら、パーティーの主役になれそうな金髪の少女が混ざっていたのを思い出した。
容姿の面ではもちろんロゼも大変に見栄えがするのだが、トリスほどではないにしろすらりと背が高く、いままでの関わり合いのせいかもしれないが、胸元の開いたドレス姿がいまいちイメージできず、屋敷の高価な調度品のように人に仕える役回りの方が絵面的にしっくりくる感じがする。
「その子はいかにも伝統的なシャルロッテの女王蜂候補という感じで、女の子どうしで致した経験もあるそうですわ」
「え!? 致したって性的な意味でってこと?」
「はい。それがシャルロッテでもっとも確実に支持を広げる方法ですから。お兄さまの精力も無尽蔵ではありませんし、そういう子も連れてきた方がお役に立てるかと思いました」
(え? え? なにをどう役に立たせるって?)
一瞬、令息の頭が混乱する。まさか女性が女性とまぐわう行為の利点について掘り下げて考える羽目になるとは思わなかった。
「ちなみに、わたしは女の子と絡み合う代わりにお兄さまの支援が決め手となって女王蜂になれたので、あの子の方が納得がいってないかもしれませんね」
改めて色々な意味で熾烈な女学院であると思う。
比べると王立学院はいかにも貴族の子弟の社交場という感じで、せいぜい本気で張り合ってきたレベッカとの競争くらいしかなかった。
「では、さっそく呼んで参りますわ。避妊薬が効いているのはまだヴェラナだけですが、全員お手つき可能であることを保証いたします。連れてくる前にちゃんと全員に、絶対に絶対に確実か、同意を取りつけておりますのでご安心ください」
ロゼは自信満々にその大きな胸を張る。
(もしや、そういうことばかりやってるから、他の子たちはぼくと直接話をしたがっているのでは……)
令息はそう訝しむ。
ロゼがいざとなったら相当強引な実力行使に出るということをウィルは知っている。
幼少期にこの少女は、結婚退職して屋敷から去っていこうとする大柄な洗濯女中ジュディスを――悲しむ令息のために――引き止めようとして、馬車の座席に酪農女中の使う大きなミルク缶をブチまけたことすらある。
ウィルが懐かしさとともに苦笑を浮かべていると、ロゼはその大きな胸に手を添えた。
「お兄さま、わたしを信じてくださいまし。元々シャルロッテには艶学なる講座もございまして、権力者にお仕えし、必要とあらば身体を差し出すことを是とする考え方が叩き込まれるものなのです」
(たしかトリスもそんなこと言ってたなあ)
「一人ずつ胸を触ろうが尻を触ろうが唇を吸おうが、なにをしてくださっても大丈夫です。せっかくの機会ですから一人ずつ味見をした上で、次にどの子を召し上がるか、一番ご満足いただける形でお決めになっていただきたいではないですか」
ロゼはウィルのお手つきの段取りをするのが嬉しくて仕方がないといった様子で笑みを深めている。
ウィルとしては苦笑を浮かべるしかない。トリスの女体を貪り、その血縁者の――おそらくは娘であるロゼの身体を味見したと思ったら、なんと今度はその味見された当のロゼがトリスに負けじとフルコースをぶち込んできたようなものだ。
「ロゼの言葉を疑っているわけではないんだけど、まだ知り合って間もないのにいきなり女の子の嫌がることするのはちょっと……」
この令息は、銀狼族の娘を奴隷市場で買ってきて、連れて帰るなりいきなり大浴場の脱衣場で性欲の捌け口にしたことを棚に上げてそう口にする。
そんなウィルに、ロゼは「嫌がるとか、お分かりになってない」と首を振った。
「お兄さまはシャルロッテの子から尊敬される王立学院の首席卒業生であり、頭の良さだけでなくお力もお示しになり、村人から熱狂的に支持された統治者なのです。あの凱旋の場に立ち会った女ならばそれはもう熱をあげますわ。権力に仕えるシャルロッテの女中ならイチコロですとも!」
「それってロゼのひいき目が入ってないかなあ?」
そう尋ねずにはいられなかった。たまたまそういう巡り合わせで運良くそうなったに過ぎない。
すると長身の女中はもどかしそうに両拳を上下に振った。
「せっかく苦労してシャルロッテの女王蜂となり、魅力的な子ばかりを見繕ってきたのですから、できるだけご満足いただきたいではありませんか!? お兄さまはこれから本当にどんなことをしてくださっても大丈夫なんですって!」
覆い被さるように力説するロゼに、
「分かったよ。変に遠慮したりしないからさ」
令息は上体を仰け反らせながら同意する。
先ほどロゼの奉仕を受けたこともあって、いまさら格好つけて取り繕うような関係ではなくなってしまった。
「ご理解いただけて嬉しく思います。たっぷりご賞味ください」
少女はすっと背筋を伸ばし、先ほどまでの勢いが嘘のような涼しげな微笑みを浮かべている。
ときおり垣間見せる強引さといい、立ち姿から醸し出される雰囲気といい本当にトリスに似ているなと思って見ていると、
「ちなみに、もし避妊具を使われるのでしたら、この場で全員をまとめてお手折りになっても問題ありません」
「ええ!?」
しれっと口にされた。
六人の少女たちが腰を屈めて尻を並べる場面が脳裏をよぎる。
「ただ、その場合にはこのわたしの顔を立てて、真っ先にわたしをお手折りくださると嬉しいですわ」
少女はその豊満な胸に指を沈み込ませ、そう主張したのであった。
‡
「し、失礼します」
コンコンというノックのあと、緊張した様子でまず部屋に入ってきたのは、ぽっちゃりとした体型の少女――ヴェラナであった。
プリント地ではなく、黒地の屋敷の午後の女中服を身につけている。ロゼと同様に頭は白い帯のような女中帽で彩られている。
(こうしてみると、やっぱりイグチナ似だなあ)
少女の背の高さはちょうど母親のイグチナと同じくらい――ウィルよりも少し低い。イグチナと違い、長く伸ばした黒髪を一本の緩い三つ編みにまとめて肩に垂らしている。
昔からイグチナがたまに屋敷に連れてきていたのでヴェラナとは一応顔見知りではあるものの、ウィルが話しかけるといつもカチンカチンに固まってしまって、落ち着いて話をしたことがなかった。
あのときとは胸の大きさが全然違う。成長途中のはずの胸は随分と大きく、イグチナほど垂れておらず張っており、エプロンの左右からはみ出して、はっきりと存在を主張している。
「やあ、ヴェラナ。久しぶりだね」
ベッドに備え付けの足置きに腰掛けながら、ウィルは目の前に立つ少女にそう声をかける。
「――は、はい! きょ、恐縮です。ウィル坊っちゃま。あ、わたしったら気安くお呼びしてしまってすみません! ウィリアムさま。いいえ、それともマルク卿とお呼びするべきでしたか」
黒髪の少女はあたふたと動揺して、ますます肩を縮こまらせている。
「うちの屋敷でそんな堅苦しい呼び方してくる女中いないって。昔みたいにウィルって気軽に愛称で呼んでくれていいからね」
令息がそう言うと、ヴェラナの背後に、頭一つ分くらい背の高いロゼが近づいていく。
ロゼはそっと後ろからヴェラナの肩に両手を置き、この子いかがですかとでも言わんばかりにウィルの反応を伺った。
(うわ、なんだろ、この空気感……)
同世代の若い少女が友人を勧める独特の生々しさを感じる。
「大丈夫よ、ヴェラナ。あなたはイグチナの娘なのですから、きっとお兄さまはお相手してくださるわ」
イグチナにお手つきをしていることまで暗に暴露されてしまった。
(そりゃ、いつまでも隠しておけることじゃないけどさ……)
令息は呆れたような困ったような半目で親友の貞操を差し出す少女を見上げると、ロゼはなんでもないことのように、にっこりと笑って見せた。
「お兄さま、この子はこのくらいでいいんですって。わざわざ口説く時間をかける必要のある子ではありません。ね、ヴェラナ?」
驚いたことに、ぽっちゃりした体型の少女はあからさまにホッとした表情を浮かべ、コクコクと頷いたのだ。
「わたしは他の子ほど器量が良いわけではないので、気兼ねなくお使いください。ウィルさまになら、なにをしていただいても絶対に文句を言わない自信があります」
(へえ……)
たしかに――胸の迫力は劣らないまでも、シャルロッテの少女たちの中では一番容姿が地味だろう。
ロゼとヴェラナを除いた他の四人の新入り女中たちがなにやら交渉ごとを持ちかけてくる前に、いち早くウィルに恭順を示す――ロゼの入れ知恵もあるだろうが――自分の立ち位置と売り込み方を的確に把握しているなと感じた。
「お兄さま、いつもヴェラナには言っているんです。あなたは味の良さで競い合う必要はありません。お兄さまがカードをお楽しみになりながら、サンドイッチのように気軽に摘まめる便利な女中を目指しなさいって」
それが親友にする助言なのだろうかと思いつつも、ロゼの着眼点には感心させられる。
ヴェラナのその張り出した胸といい、ドアを閉めるときにこちらに向けた尻といい――多少腰は太いものの――つい手を伸ばしたくなるものを感じさせられる。
おまけに生理の周期がたまたま一致したのかいち早く避妊薬が効いており、あのガム状の避妊具をつけずに都合よく膣内に射精に及ぶことができるのだ。
「ぼくに抱かれる覚悟があることは分かったよ。でも、ヴェラナ自身の気持ちはどうなの? きみのことは昔から知ってるから聞かずにはいられないんだ。イグチナのこともあるし、本当は嫌だったりしない?」
すると、ぽっちゃりとした肌の柔らかそうな少女はウィルの言葉の誠実さに感じ入るように、はあっと厚ぼったい唇を開いて息を吸い込む。一方背の高い少女は含み笑いを浮かべている。
「ふふ、お兄さま、この子は嫌だったりするどころか――」
「あっ! やめてロゼ! 言わないで!」
(わっ……)
急に大人しそうな少女が大きな声を出したのでびっくりした。
「ヴェラナにとって、お兄さまは白馬の王子さまなのですよ」
親友の意思などお構いなしに告げられたロゼの言葉に、ウィルの目は点になった。
「え? ぼくが白馬の王子?」
「はい。あるいは白馬の騎士でいらっしゃいますわね。イグチナが屋敷に住み込みで働いているから、ヴェラナは実家に預けられているわけですが、たまに帰ってくる父親が酒代のツケにヴェラナを娼館に売り飛ばせないかという話を持ちかけてくるわけですよ。小さいころはわりと冗談で、いまはかなり本気で――」
正直驚いた。もし貴族ご用達の高級娼館ならそこまで待遇は悪くないだろうが、素朴で控えめなヴェラナはお呼びでないだろう。
「あーん、もう! 言わないでって言ったのに、なんで言っちゃうのォ! わたしなんかが、ウィルさまに懸想しているなんて知られて恥ずかしい!」
少女は耳まで真っ赤にした顔を両手で覆い隠して首を振り、大きな三つ編みを何度も左右に跳ねさせる。
しばらく落ち着くのを待っていると、やがてヴェラナは顔を手で覆ったまま、ポツポツと語りはじめた。
「……あの、小さいときも何度か、父に殴られないようこの屋敷に逃げて来させていただいたのですが、キラキラ光る素敵な調度品と、綺麗な女中に囲まれて笑うウィル坊っちゃまが眩しくて、ずっと憧れていたんです……自分もあの輪に加わりたいと――」
「へえ、ぼくに相談してくれたら良かったのに……」
とは簡単に言ったものの、おそらく相談されたところでウィルにどうにかできたかどうかは怪しいものだ。
当時のトリスは女中長ではなく、幼いヴェラナを皿洗い女中にする権限はない。ロゼやマイヤをねじ込んだのも、家族の愛情に恵まれないウィルのたっての要望ということで相当無理をしたはずだ。
「そのお言葉だけで十分です。トリスさまには学費の支援までいただきましたし、ウィルさまはご指名くださいました」
「ヴェラナがシャルロッテに行くことができたのも、屋敷の女中に採用されたのも、すべてお兄さまの存在あってのことですわね」
ヴェラナはまだ赤い頬から手を離し、ウィルの顔を上目遣いに見つめる。
「実際問題、わたしなんかに好きだって言われてご不快じゃありませんか? ご自身の周りには綺麗な女中がいくらでもおりますのに」
「ううん、まったく。ぼく、みんなに好きだって言われて幸せ者だな。ヴェラナにも好きだって言われてなおさら嬉しいよ」
ウィルはそう言って、にっこりと微笑む。
胸の大きなぽっちゃりした少女は、しばらくポカンとした表情で令息を見つめたあと、今度は羞恥ではない朱色でほんのりと頬を染めながら口を開いた。
「わたしはこのとおり不美人ですが、それでもよろしければお手つきください。個人的にウィルさまをお慕い申しておりますし、お望みくださるなら、この身体をお捧げするのも当然だと思っております」
容姿はたしかに、美人ぞろいで有名なこの屋敷の中では平凡な方であろうが、そこまで卑下するほどではないと感じている。
他の女中のように村一番の器量良しとまではいかなくても、酒場や宿屋の看板娘くらいなら十分に務まるであろう肉感的魅力と愛想の良さを兼ね備えている。
「あのね、ヴェラナ。ぼくはきみにお手つきするつもりだけど、きみの気持ちにそこまで応えてあげられないよ? 結婚できないのは当たり前として、なんというかその……ぼくはできるだけみんなを一定のペースで抱くつもりなんだけど、どうしても格差は出てくると思う。ロゼやマイヤほどのお気に入りにはならないよ。イグチナの娘であることにはそそられているけどね」
われながら最低なことを言っていると令息は自覚している。
だが、好意を向けられたからこそ嘘はつきたくなかった。
「分かっておりますとも。十人並みの器量ですからたまにお情けをいただけるだけで十分ですわ。お母さんと顔を合わせたときに、お互いに気まずいなと感じることがあるかもしれませんが、母娘ともどもお手つきしていただくことも別に嫌ではないというか、わたしは心も身体も図太いので細かいことはあまり気にしないんです」
ヴェラナは、ウィルがお手つきをすると表明してようやく気持ちが落ち着いたのか、はにかむように、にっこりと微笑んだのだ。
(あれ、笑うと可愛いじゃない!)
笑ったときにえくぼの窪みができると初めて知った。
イグチナもそうである。母親似の人を温かい気持ちにさせたり職場の潤滑油になる大らかな笑顔であろう。
「なんでヴェラナがロゼの親友なのか、ようやく分かった気がするよ」
「はい。お兄さまに抱いてもらいたい――あるいは身体をお捧げして当然と考えられない女の子はわたしのお友だちではありません」
ロゼの友人になる資格がとんでもないものであることを知った瞬間であった。
「そういう意味でマイヤは古くからの友人であり、どちらがよりお兄さまのお役にたてる女中かを競う生涯のライバルでもありますわね。それもかなり強力な――」
そのようなことをつぶやくロゼと比べてみると、ヴェラナの腰は太く手足も短いが、胸も尻も手を伸ばしやすい低い位置に張り出しており、むっちりとした抱き心地の良さそうな肉付きのいい体型といい――
(なんか、そそられる)
ウィルは立ち上がる。
そもそも母娘を手折ることに、この令息がそそられないはずがなかった。本人の言うとおり心と身体が図太く、使い減りしなさそうなあたりもイグチナ似であろう。母親より張りのある尻の谷間に分け入ることを想像するとゾクゾクするし、それでいて気楽さがある。
令息は判断の余地を与えるように、ヴェラナの大きな胸にゆっくりと手を伸ばした。
すると、意図を察したヴェラナは一瞬ぴくっと肩を震わせたあと、どうぞと言わんばかりに女中服のお仕着せの胸が張られ、エプロンの左右からはみ出した、重そうな乳房が差し出された。
(イグチナとおっぱいの感触どう違うんだろう)
三十代の年増の胸の感触を思い出しながら、その十代の娘の胸を触るのだ。
ヴェラナにお手つきをすること自体よりも、その現場をロゼに見られていることの方が緊張するかもしれない。
なぜかロゼの嬉しそうな視線が注がれる中、そのまま黒地に包まれたイグチナの娘の胸に指が届きかけたとき、コンコンとドアがノックされる音が響く。
(まあ、後の楽しみにとっておくか。もういつでも気兼ねなく触らせてくれるようだし)
手を引っ込めた。
体型の似ているイグチナやリッタと違って同世代の気楽さがあり、それほど気を使わなくても大丈夫なあたりも、なぜかおあずけされることの多いマイヤに通じるヴェラナの魅力であるように思うのだ。
ドアの方に「入っていいよ」と声をかけると、すぐにガチャリとドアが開けられて、
「ウィリアムさま、遅くなって申し訳ありません」
残り四人のシャルロッテの少女たちが部屋に入ってきた。
(おお……)
シャルロッテの制服ではなく、ヴェラナと同様に屋敷の家政女中の少しだけ華やかなレースの刺繍の入った女中服姿に目を奪われる。
さきほど代表して声を発したのは、金髪の巻き毛を背中に流した、ウィルと同じくらいの背の女中であった。
この金髪の少女がロゼの向こうを張っていた女王蜂候補生――エリーゼらしい。女どうしで性的に絡んだ経験があると聞いたので、どうしても視線が向かう。折れそうなほど腰がくびれているというのに胸が大きく張り出している。
前髪を上げて額を露わにした顔つきは凛々しく、いかにも勝負に挑みに来たという感じがする。
(やっぱり美人だな。同じ金髪でもフローラよりずっと癖が強く髪が巻いてる。接客に向きそうなお淑やかさはないけど代わりに華があるかな。フローラより胸は大きく、リッタまではいかないくらい――でも、リッタよりずっと細くてすらりと手足が長い。バレエやってただけあってやっぱりスタイルいいな)
値踏みするウィルの前で、シャルロッテの少女たちの間で視線が複雑に交錯する。
金髪のエリーゼ以外の三人の少女は、ロゼに申し訳なさそうな視線を向けている。遅れて来たのは、なんらかの話し合いをしていたためであろう。
周囲の少女たちよりも頭半分から頭一つ分くらい背の高いロゼが注ぐ興味深そうな視線に対し、エリーゼは「いつもと髪型が違うのね」と小声でつぶやいたあとプイッと顔を逸らした。
(本当にみんな可愛いな。なんで揃いも揃って若いのにこんなに胸が張り出しているんだろう。それにしても、だれが一番胸が大きいのかな?)
胸の大きさにも色々ある。ヴェラナのように体幹が太ければ胸囲も大きくなろう。胸囲が一番大きいからといって、胸が一番大きいとは言えない。厳密なところは、裸にひん剥くか触りくらべてみないことには分からない。
こうしてシャルロッテの六人の新入り女中たちが一列に並び、まるでウィルの視線に応えるように一斉に軽く腰を屈め、黒地のお仕着せと白地のエプロンに彩られた大きな胸を垂らし、膝を折って挨拶したのであった。
◇ 屋敷の女性一覧 ◇
女中長 1人 (トリス◎)
蒸留室女中 2人 (リサ◎・サリ◎)
洗濯女中 6人 (第一:ジュディス◎)
(第二:イグチナ◎・ブリタニー◎・シャーミア◎)
(第三:アーニー◎・レミア◎)
料理人 1人 (リッタ◎)
調理女中 4人 (第一:ジューチカ、マイヤ◎)
(第二:エカチェリーナ・フレデリカ)
皿洗い女中 2人 (ルノア・ニーナ)
乳母 1人 (アラベスカ◎)
酪農女中 3人 (ケーネ)
客間女中 1人 (フローラ◎)
家政女中 9人 (ウィルマ・ロゼ△・エリーゼ・ヴェラナ)
雑役女中 8人 (ルーシー・チュンファ・デイジー・ターニャ)
側付き女中 2人 (ソフィア○・レベッカ◎)
修道女 1人 (ヘンリエッタ◎)
その他 1人 (オクタヴィア)
計42人
お手つき 16人 ※済み◎、一部済み○、途中△
※△は数に含めず
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第六十二話「年増の洗濯女中の娘」へのコメント:
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コメントのお礼に特典小説もご用意しております。
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