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第五十四話「屋敷に戻ってきた女中たち(下)」
かつて危険な辺境であったマルク家の領地の屋敷においては、門番が馬車の中を覗き込んで不審な人物が紛れこんでいないか確かめる習わしがこの数百年もの間ずっと続いてきた。
じきに麓の門へと到着しようとする馬車の中、
(うう……まだ少しだけ時間があるうちに、スカートの中をどうにかしなきゃ)
令息は女中たちに背を向けて腰を屈め、女中服姿の自身のスカートの裾をつかみ上げていた。
ためらいながら、女中としての貞淑さを象徴する純白のエプロンごと、黒地のスカートをゆっくりとめくり上げる。
背後から息を呑む音が聞こえたのは、踝まで覆う長いスカートを身に纏った女中としてあるまじき、はしたない振る舞いだからであろうか。
その間、馬車の中が再び薄暗くなったのは、トリスがカーテンを閉めたためだ。
女中服姿の令息は息を潜めながら薄手のペティコートをひっつかみ、膝下まで覆う肌着となるスリップをたくし上げる。
こうして玉葱の皮でも剥くように次々に捲り上げた布地の隙間から覗かせた令息の細い足は――刺繍飾りの細かい純白の長靴下で包まれており、そこには白いガーターベルトの紐までもが繋がっていたのだ。
(ひえええ……)
白い長靴下に包まれた自分の足が倒錯した色香を放っていることに、令息は立ちくらみを覚える。
さらに震える指で握った布の束を、えいやと引っ張り上げた先に見たものは、下穿きを着けておらず剥き出しになった腰の中央に反り立ち、ガーターベルトの間でヒクヒクと揺れる若い亀頭であったのだ。
(うわあああああァん!)
花弁のように何層にも白亜麻が重なり合い、その中心に剥き出しの雄しべが突き立っている絵面のあまりの毒々しさに、令息は悶絶する。
(ぼくは可愛い女の子の肌を上質な布がミルフィーユみたいに折り重なって包んでいるのを見るのが好きなんであって、なにも自分で着たいわけじゃないやい!)
いまのウィルの姿を外部の者に見られようものなら、性的に倒錯した女装癖のある貴族として不名誉な名を残しかねない。
「おい、ウィル! もうじき到着すんだから、いい加減そいつをどうにかしろや」
「あ、ちょっと、マイヤ! 覗かないでったら!」
脇の下に赤毛の頭を突っ込んで来た幼なじみの少女に、令息は抗議の声を上げる。
「おまえのおっ勃ったものなんざ何度も見てきたんだ。いまさら恥ずかしがる仲じゃねえだろうが。オレを含めてだれでもいいから、とっとと抜かせておけば済んだってのに。おい、ウィル、小便するみたいに、今すぐビュッビュと出せねえもんか?」
(ビュッビュッって……ひどいよ!?)
マイヤの実際的な指摘に本気で涙目にさせられながら、女中服姿の少年はスカートから手を離し、
(ええい!)
貞淑さを象徴する純白のエプロンを投げ打った。
そのまま開き直ったように、どっかりと馬車の座席に腰を落とす。
こうしてエプロンをめくり上げて見下ろすと、黒地の股のあたりがこんもりと不自然に盛り上がっているのが分かる。
厚手のパニエでも着けていたら誤魔化せたのだろうが、ウィルがいまスカートの内側に履いている上質なペティコートとスリップでは生地が薄く、こうなることは避けられない。
「おまえが発情したままなのは、初陣の興奮が冷めやらぬせいだろうな。銀狼族の若い衆でもそうなる者がいる」
そう言いながら横から銀髪の頭が屈んだので、まさかあのソフィアが咥えるつもりかと一瞬動転したが、単に覗き込んで確かめたかっただけらしい。
「びっくりしたァ……そういうときどうしてるの?」
「われら部族では従軍の端女が相手を務め、その者たちは番いになる習わしだな」
「従軍の端女ってまんま今のソフィアなんだけど?」
ジト目でそう問うと、
「おまえに求められるなら是非もない」
なんと屋敷に買われてきた銀髪の少女はプイッと顔を背け、そう返事をしたのだ。カーテンが締められた薄暗がりでも、耳まで赤くしているのが分かった。
(――いまのって、ぼくが望めば当たり前にぼくの性欲を受け止めるって意思表示だよね? 出会ったばかりの頃と比べたら見違えるような進歩だなァ……これからソフィアになにをさせようかな。あ、考えたらまた興奮してきた……)
ピクピクと落ち着かなくなった自身の亀頭を、スカートの上から手のひらで押さえつけ、前に棒倒しにする。
発条のように跳ね返らんとするそれを、左右のふとももで挟み込んで無理矢理抑えつけてみた。
すると見た目、股間の持ち上がりがなくなったが、内股になってふとももの左右を締めつける姿勢は明らかに不自然なものであろう――周囲の女中たちの生温かい視線がつらい。
「というか下を穿いてないからなんだよ! トリス、ぼくの下穿きを出して!」
令息は、女中長の方に手のひらを突き出した。
それに対しトリスは――
「ございません」
そうキッパリと答えたのだ。
「へ? どういうこと?」
「ご主人さまが外出時に着用されたお洋服と着替えは、道が塞がれていた時点ですべて廃棄させていただきました」
「え、ぼくの服、捨てちゃったの!?」
ウィルは、あんぐりと口を開ける。
主人の衣服を使用人が勝手に処分するなど常識では考えられない。
「はい。より慎重を期すべきと判断して焼却させていただきました。処罰はいかようにもお下しください」
(焼却!? おおお……そりゃさ、服なんて持って帰っても始末に困るだけなんだけど、だからって焼くか!?)
トリスの行動の合理性は理解すれども、その思い切りの良さ、行動の苛烈さに唖然とさせられてしまうのだ。
やがて令息は事態を受け入れるように深々と溜息をつき、頭を左右に振り、不問に付すという意思表示をした。
「うわ、納得しちまいやがった。こんだけ好き勝手に着替えさせられ服まで燃やされて、それでも受け入れられるおまえってやっぱ器がデケえよな」
「だって、ぼくのために良かれと思ってやってくれたことなんだよ。屋敷に戻っても洗濯に出せやしないし、暖炉で燃やそうものなら、燃えかすでなにか気がつかれてしまうのを警戒しないといけない。下着のシミとか、女中ってなぜかそういうことにすごく目敏いんだもの」
実のところ――両手を上げて服を着せ替えさせられた幼少期のように、為されるがままを受け入れるしか選択肢がない。
苦笑を浮かべるウィルに、女中長は座ったまま気持ちスカートを摘まみ、膝を折る代わりに頭を下げて主人への敬意と服従を示した。
「仰るとおり、日常の些細な変化に女中は聡いものです。ですので――ご主人さまには今後、日常的に女物の下穿きを着けていただくことを強く推奨させていただきます」
「え……?」
それを聞いてウィルは、一瞬彫像にでもなったかのように固まった。
ガーターベルトまで腰に巻いた状態でいまさらなのだが、令息にとって女中の下穿きとは――手折るまえは高級菓子の包み紙のように期待感を高めるものであり――手折った後は差し押さえ札のように贈り与える征服印であって――自らが穿くものではないのである。
「もしお身体を触れられたときに、布ごしの感触が男物の下着だったら勘の良い女中にはすぐに気がつかれてしまいますわ」
「ううむ……」
マルクの屋敷はマイヤを筆頭に――気の良い女中が多い反面、気安く肩を組んだり腰を叩いたりと肉体的な接触が多いように思う。
「たしかに触った感触で気がつくことって……案外あるかもなァ……」
令息は自分の手のひらを見つめながら、実感をこめてそうつぶやいた。
これまで何度となく女中の尻を撫でてきた経験の蓄積から、厚手のパニエでもつけてない限り、スカート越しでもドロワーズを穿いているか、薄手の高級下着を穿いているかどうかくらい、指先の感触と女中の反応でほぼ判別できる自信があるのだ。
「まあ、下半身が落ち着かなくて困るけど、いますぐに調達できないなら仕方がないよ。屋敷に入りたてのときに下着を穿いていない女中は結構いるみたいだし……」
用を足した後、肌着となるスリップで局部を拭くような家庭で生まれた女中も、領地の屋敷で住み込みの高い生活水準の一端を享受しているうちに感化されて、やがてだれしも当たり前のように下穿きを着けるようになっていくのである。
そんな風に総括したつもりになっていると――
「仕方がねえ! オレのを貸してやるよ!」
突如として、ソフィアを挟んだ横に座る赤毛の幼なじみがそう口にしたのだ。
「へ?」
マイヤはウィルが唖然とする中、自身のスカートの裾に左右から両手を差し入れ、なんとそのまま、するすると下着を脱いでしまう。
スカートをめくった拍子に、白い長靴下に包まれたマイヤの足が露わになったし、スカートの奥のもう少しきわどい部分まで見えたかもしれない。
そうして、
「ほらよ! これを穿け!」
顔を真っ赤にしながら丸めた布地を差し出してきたのだ。
淑女にとって異性の前でスカートの足を晒すことは、なによりもはしたないこととされているのだが――孤児院出の女中でもそのあたりは変わりはないようで、下着をつかむ赤毛の幼なじみの手はあまりの羞恥に震えている。
この見覚えのある刺繍の細かい白い布地は、手折った証としてウィルが選び与えた、一介の女中が穿くには不釣り合いな高級下着であった。
「大事なものなんだから、あとで絶対に返せよな!」
マイヤの健気さに令息は息を呑む。
実のところ、震えるほど感動していた。
同時に、つい先ほどまで幼なじみの小さな尻を包んでいた下着に足を通すことを生々しく覚悟する羽目になったのだ。
(……これ、もう穿かないといけない流れだよ)
間に座るソフィアが琥珀色の目を見開いて見守る中、手を伸ばし少女から下着を受け取った。
こうして手にとって見ると想像以上に生地の面積が小さい。
人肌に温められており、ほんのりと甘い残り香には、ウィルに女にされてそれほど日の経ってない、まだ小便臭さの残る少女の色香が凝縮されていた。
「良いものを見せていただきました。それでこそ身も心もご主人さまに捧げた女中ですわ」
トリスは試すように目を細めながら言葉を続ける。
「でもよろしいの、マイヤ? ご主人さまが穿くと生地が伸びてしまいますわよ?」
「うっ……」
令息は年相応に小柄だが、それ以上にマイヤは華奢で尻が薄く、下着のサイズが合っていない。
「い……いまは、そんなこと気にしてる場合じゃねえだろうが!」
そのときふいに妹分の少女までもが屈みこみ、顔の左右から長い黒髪を垂らしながら、スカートの裾に指をかけたのだ。
「きゅ、急に、どうしたの?」
「この中だとロゼの下穿きが一番お兄さまに無理なく穿いていただける気がいたします」
たしかに、トリスの下穿きだとブカブカすぎてとても穿けやしないが、ロゼの尻の大きさならなんとか腰に引っ掛けられるだろう。
(ま、まさか……)
上半身は肩を露出させ胸元の開いたドレスを身に纏うことはあっても、下半身は踝まで覆うスカートで執拗なまでに隠そうとするのが上流階級だけでなく、この東の辺境領の市井の女性たちにも浸透する淑女としての嗜みなのだが――
「はしたない行為に及ぶロゼをどうかお許しください」
花も恥じらう乙女のスカートの裾の左右が捲りあげられる。
白い長靴下に包まれた少女のふくらはぎを覗かせたときの衝撃は大きい。
もう皿洗い女中のルノアとニーナのように足首の見える短いスカートを穿いても許される年頃ではないというのに――
「む、無理しないで……」
悲鳴のようにウィルが口にする中、シャルロッテで最上の教育を受けたはずの少女の腰が浮き、そのふとももに白い布地が引っ張り出される。
「マイヤにできて、このロゼにできないはずがございません!」
(なに、その対抗心!?)
そのままつうっと脱ぎ下ろされ、スカートの裾から覗く少女の細い足首にしっとりと絡みつく。飾り気のない木綿の下穿きの白さが妙に生々しい。
ウィルはなんとなく白い漆喰の壁を連想した。
幼少期にロゼとマイヤがウィルを取り合い、漆喰の壁に相合い傘を刻みこむ競争をしていたことを思い出す。
そして、そんな二人の壁の落書きを止めたのが、当時乳母を務めていたトリスであった。
「せっかくですが、もうじき馬車が到着します。時間切れですわね。いまご主人さまに下着を穿いていただく余裕はございません」
「え? もう!?」
ガクンと車内が揺れ、馬車がゆっくりと止まりはじめる。
「こ、このままじゃ、まずくない? こ、心の準備が……」
一応女中の格好はしており、周りの女性陣はどうも大丈夫だと踏んでいるようなのだが、ウィルには気づかれないという自信がまるでない。
(だって、かかっているのはぼくの命だけではないんだよ!)
マリエルの伝言には――
『万が一あなたさまが屋敷の中にいると外部に漏れ伝わることがあろうものなら、あなたさまも女たちも命を落とすことになるでしょう』
ウィルだけでなく女たちも命を落とすと明記されているのだ。
運悪く男性使用人あるいは出入りの商人と鉢合わせになり、ウィルが女中に化けていると看破されようものなら屋敷の命運は尽きる。
ぎゅっとエプロンを握りしめて不安を露わにする令息に、女中長は泰然と微笑みかけてきた。
「ご主人さま、門番が車内を覗きに来ますので身を低くして座席の下にお隠れいただけますか? 落ち着かれないご様子ですし、いまはそちらの方がよろしいと思いましたの」
「あっ、そうか! それでも大丈夫なんだね!?」
元々、馬車の車内を門番が点検するというのは辺境領ならではの形骸化した慣例となっており、女中長が乗っているなら薄暗がりの座席の下などろくに確認しないに違いない。
いつも顔を見せるだけで素通りさせてもらえるウィルには、そのあたりの運用の匙加減が分からなかった。
「分かった! そうするよ!」
令息は向かい合う座席の間――女中たちの足元に急いで身を低くする。
するとスカートに包まれた女中長の両膝と真正面から向かい合うことになった。スカート越しでも長い足がすらりと伸びているのが分かる。
「おい、トリス。どうりで落ち着いていやがると思ったら、最初からそのつもりだったのか! オレ脱ぎ損じゃねえか!?」
「あら、人聞きの悪い」
「ロゼも恥ずかしさのあまり死んでしまいそうですわ」
「まさか、ロゼ……おまえ分かってて脱いだんじゃ――」
「しっ、着きますわ。そろそろ静かになさい」
馬のいななきが響き、馬車が完全に停車した。
ついに屋敷の最初の門へと到着したのである。
外からカツカツと足音が駆けつけてくる。
その軽い足取りから、おそらく若い女中のものだろう。
領地の屋敷では男性使用人が不足しているため、雑役女中も交代で門番役を務めるのである。
(き、来た!)
そう覚悟したとき、ウィルを取り囲む女中たちが一斉にスカートの裾をつかんだ。
(え?)
次の瞬間に、馬車の中、ウィルを囲んで女中たちのスカートが一斉に舞ったのだ。
目の前に黒い長靴下のトリスの膝が見えたと思ったら――
(あ、あ、あ……)
鬱金香の花弁のようなドレス地のスカートが、白地のレースのペティコートや肌着となるスリップが――次々にウィルの頭の上に覆い被せられ、上質な生地で視界が白く塗り潰されていく。
布地のすべる柔らかい感触と、何種類もの女の芳香に包まれ、ようやく事態が呑み込めてきた――
『女中の腰布の下に身を隠すなど雌伏のときをお過ごしください』
一気に暗くなった視界の中、長靴下で包まれた各々の足がスカートのカーテンの仕切りから誘うように突き出された構図は実に煽情的であった。
(わわ……こ、これみんなのスカートの中なんだ……)
薄暗がりの中、目の前に陣取るトリスの両膝が、スカートの天蓋を支える枝骨となり、ウィルを受け入れるべくパカっと左右に開かれた。
(おわっ!?)
あまりの衝撃に思わず上半身を起こしかけたが、
「ウィル、もっと頭を引っこめろよ!」
後ろ頭を叩かれるように押さえつけられ、トリスの股ぐらに顔を打ち伏す姿勢になる。
ガーターベルトの紐が頬に当たり、すべすべとしたふとももに挟まれた。
薄暗がりの中、令息の目と鼻の先に見えるものは、
(うおおっ!?)
黒い下着に覆い包まれた女中長トリスの鼠蹊部であった。
そこからは情事のときに嗅いだ濃厚な情欲の匂いが漂ってくる。
ビクッと身を震わせた拍子に、レース地が鼻先をかすめ、
(すっ、すごい湿ってる……)
そのべっとりとした感触に思わず顔を上げてしまう。
「なにやってんだ!? だから頭を低くしてろって!」
(わっ! ととと……うぷっ!)
今度は後ろからぐいっと引っ張られて身体を反転させ、マイヤの赤毛の土手に鼻先を埋めたとき、コンコンと馬車の扉がノックされる音がした。
(も、門番がすぐそこに……)
幼なじみの少女は、少年の後ろ頭をつかむ指先を緊張で震わせながら、自分の赤毛の土手へとぎゅうっと引き寄せ、剥き出しの股ぐらを少年の鼻先にグリグリと押しつける。
少年の唇には蕾が触れているのだが少女はお構いなしだ。
トリスと違い、マイヤのそこは朝露に湿ってなどいない。ここ数日、十分に身を清める余裕もなかったせいか、鼻先からは汗臭さや小便臭さの方を意識させられてしまうだろうか。
マイヤはこの瞬間、剥き出しの股間をウィルの眼前に晒し、触れさせていることなど意識もしていないだろう。ただただ身も心も捧げた主人を匿うことに必死なのだ。
おかげで少年は目を白黒させながらも、
(マイヤって本当に良い女だなぁ……)
改めてしみじみと実感することができた。匂いを嗅ぐようにじっと息を潜めていると、馬車のカーテンが開かれる音がして、
「あら、ターニャ。夜番ご苦労さま」
何事もないようなトリスの声が頭上から聞こえてきた。
「あっ……トリスさま、お帰りなさいませ!」
トリスと話をしているのは、屋敷の雑役女中ターニャのようだ。
ターニャは、長い金髪を頭の後ろで結った細身の少女で、そばかすの浮いた糸目の顔にはいつも人懐っこい笑みを貼り付けている印象がある。
ウィルと同年代で背は同じくらいで胸は控えめ――歳が近く胸が大きいのはロゼが連れてきた女生徒たちくらいなのだが、裸に剥いてみたいと令息の支配欲をそそる程度に十分に可愛く魅力的である。
以前、屋敷の敷地内で畑仕事を手伝っていたターニャが――野外の仕事が多く屋敷まで遠い雑役女中はどうしてもときにそうならざるを得ないのだが――木陰で摘まんだスカートを広げ、用を足していた場面に遭遇し、こっそり覗いて妙に興奮したのを少年は覚えている。
「あの、ウィル坊ちゃんもお戻りに?」
ターニャの問いに、馬車の中に緊張が走る。
とっさにウィルは、マイヤのふとももの間をすり抜けて後ろに背を倒し、
「ん……」
後ろ手を突きながら馬車の床に仰向けに寝そべった。
頭上では天蓋付きのベッドのカーテンのように何層にも渡ってスカートが垂れ下がり、女中たちの形の良いふくらはぎやふとももが、支柱や梁のようにそれらを支える中、ウィルはじっと息を止める。
「……心配するな。いざとなればあの女中を押さえつけてやる」
小声で囁かれ顎を上げると、ウィルの与えた下着を穿き、ガーターベルトの紐に彩られた銀狼族の神子の股ぐらが、いつでも行動に移せるようわずかに浮いたのだ。
『屋敷に連れ帰る使用人、あるいはお手付き済み以外の女中に存在を知られたときには、その場でお手折りなさいますように――』
遊牧民の中には誘拐婚の風習がある部族もいるそうだが、まさか奴隷市場で令息が見初めた少女に、屋敷の女中を拐かす手伝いをさせることになるとは思ってもみなかった。
ただし、この場で番をしているのがターニャだけとは限らない。
(本当にいよいよとなればだよね……)
もし騒ぎになれば、近くに寝泊まりしている気難しい庭師がすぐに駆けつけてくるだろう。
「ご主人さまはしばらくお戻りになりません。ですから玄関口で出迎える必要もございません」
「そうですかあ……」
本人のまったく与り知らないところで貞操の危機に直面しているターニャの残念そうな返事に、馬車の中にいるのを勘ぐられたわけではないと分かり、令息はいくらか安堵する。
外回りの仕事が多い雑役女中とはそれほど顔を合わせる機会がなく、そこまで親密には接していない。
(たぶん純粋に慕われているというよりも――)
住み込みで働く女中たちにとって、まだ年若い少年がお手つきを繰り返す醜聞は、自分がその対象になるかもしれないというスリルも相まって娯楽の様相を呈しているからであった。
「あ、そうだ。確認しなくちゃです。失礼して馬車の中を覗かせていただきますね!」
(あ、来た!?)
ウィルを隠すためか、次々と女の膝が顔の周りに差し込まれ、ふとももが押し付けられる。
(あわわわ……)
ソフィアの股を枕のように後ろ頭に当てて、暗がりの中、真正面に見たものは――
(うわわわ……よ、よく見えないけどこれって……)
ウィルを匿うために長い足を左右に開いた少女ロゼの股ぐらであった。
薄暗がりの中、ウィルの視界には長く伸びたロゼの足と、長靴下のふとももが生白くぼんやりと浮かび上がって映るだけだ。
だが、下着を穿いていない少女の股ぐらがウィルの視線を受け止めるように開かれており、処女地の泉は潤んでいるような気配を放っているのである。
スカートの水面下で静止した時間が流れ、やがて――
「はい。お通りください……トリスさま、この確認、絶対にやらないと駄目ですかぁ?」
雑役女中の愚痴るような声が聞こえてきた。
そのことにスカートの中がほっと弛緩する。
「あら、ターニャは必要ないと感じているのね?」
「だってここは伯爵家ですよ! 領主さまのお屋敷なんですよ! お尋ね者なんて来やしないですって!」
(ぼくもつい一昨日まではそう思っていたよ……)
伯爵家の後継ぎが二十人もの完全武装した賊に襲われるというのは、この地に入植したばかりの開拓時代のような話である。
「お客さまにもすっごく評判悪いんです。わたし、いつもいたたまれなくて……」
「古い慣習を嫌っておられた伯爵ですらお変えにならなかったのです。苦情にはわたしが個別に対応しますから、これからも厳格に定められた手順を守りなさい」
「……はぁい」
しゅんとしたターニャの声が返ってきた。
「あなたはここで待機して後続の馬車を通しなさい。そちらも客人ではないので出迎えはいりません。手の空いた女中に手伝わせるから屋敷に連絡しなくていいわ」
「はい、分かりました!」
ウィルを取り囲む女中たちの膝からも、緊張が緩和した気配が伝わってくる。
「それと、馬車の角に固定してあるアレを外して、こちらに渡してもらえるかしら。少し点検したいの」
「故障ですか? 分かりました!」
(アレって?)
黒い下着の腰が浮き、何かを受け取ったようである。
ウィルが息を止めて待っていると、女の下半身から見るからに緊張が緩和した。ターニャは去ってくれたらしい。
やがてギイっと門の開く音がして再び馬車の車輪が動き出す。
(ふはあ……なんとかやり過ごせたみたい)
ウィルが馬車の床に仰向けに寝そべり、深い溜息をつきながらスカートの水面を見上げたとき、
「すみません、ご主人さま。これをお足元に置かせていただけますか? 熱くなっておりますので火傷しないようにお気をつけて」
雲の切れ間から陽が射すように、眩しい火が降りてきたのだ。
それはマルク家の目印となるべく車体の角に着けられていたカンテラである。火は最小限に絞られており被せ物もされているため、こうして足元においても危険はないのであるが――
「下車するときにお顔を照らすランプは外しておいた方が良いと思いましたの」
外を照らす代わりにいま、スカートの中でマルク家の双頭の馬の紋章の刻まれたカンテラが、赤々とした光を放っているのである。
(うおおおおおおぉ!)
令息はスカートを捲り上がらせたあられもない体勢で照らし出されており、いまも勃起が収まらず日時計のように男根が突き立ち長い影を作るなか、文字盤のようにぐるりと令息を四方から取り囲むのは、スカートをはだけた女中たちの下半身であった。
「ご主人さま、玄関前に着いたら、他の女中たちに見られないよう急いで屋敷の中に入ります。今のうちに下着を穿いておいてください」
そう言われて、手にマイヤの下着を握っていることにいまさらのように気がついた。
(穿くと伸びちゃうんだけど……ん?)
そう思ったとき、ウィルの眼前に、質素で飾り気のない女物の下着のかかった足首が控えめにつつっと伸びてきた。
それはロゼの足であり、そちらに顔を向けると、ぱかっと開かれた少女の両膝の奥にはテラテラと光る乙女の秘所が見えたのだ。
(うわあああああ!?)
令息はガツンと頭をぶっ叩かれたような衝撃を覚える。
少女の下腹部の土手には黒い隠毛が生えていた。トリスのものと違い、慎ましさが感じられるだろうか。
女性器の左右の肉の花弁は、トリスのように花開いておらず、薔薇の蕾のように色鮮やかである。
だが、それでもしっとりと湿っており、ロゼはあらゆる意味において、ウィルを迎え入れ欲望を叶える準備ができていた。
追い詰められたように背後のマイヤを振り返ると、そこには濡れておらずウィルを迎え入れる準備の整っていない少女の秘所が、赤毛の土手の下に見えたのだ。
(あ、これって……)
双頭の馬の家紋の透かし彫りの入ったカンテラに照らされながら、唐突にウィルは理解した。これが人生の選択になると。
もしマイヤの下着を選んだならば――
幼児期の宝物のような思い出を守るために、現実から目を背け、これまでのロゼの途方もない努力を台無しにしてしまうことになる。
そして、この小さな下穿きを無理に足を通すようにマイヤの健気な心をも引き裂いてしまうかもしれない。
もしロゼの下着を選んだならば――
ロゼはウィルの血の繋がらない妹でなくなり、これまで見て見ぬ振りをしていた一つの疑問にぶち当たることになろう。
ウィルは、黒地の長靴下とレース刺繍の下穿きに包まれ、完熟した果実のような濃厚な色香を放つトリスの下半身と、白無垢のような長靴下の奥に、朝露に濡れた花の蕾が清純な芳香を放つロゼの下半身を見比べた。
――結局、この二人は歳の離れた姉妹なのか、それとも親子なのか。
屋敷に来たロゼと、おままごとのような血の繋がらない兄妹関係を始めて以来、封印してきた疑問に終止符を打たねばならない。
答えがどちらであるかによって肉欲の形が変わってくる、ウィルにとってとても重要な命題なのだ。
真理の探求者となった少年は、黒地の下穿きに包まれた女中長の股ぐらに顔を近づけ、至近距離から凝視する。
先ほどまでの暗がりと違い、黒い下穿きのレースの模様の一つ一つまで、さらにはその奥に透ける同色の黒い毛まで、カンテラの灯りに照らされ、ウィルの視界に鮮明に映る。
股の中央の布地がテラテラと濡れて光っていることが丸分かりであった。
(……ここからロゼが産まれたのかな? ここに挿れると、もしかすると分かるかもしれない……)
なんの根拠もない憶測を確かめずにはいられない。
ついに令息は手を伸ばし、ロゼの足にかかる白い布切れを迷いなく引き抜いた。
その瞬間、少女の足首が痙攣し、ロゼの綺麗な両足がブルブルと震え、やがて振動が全身にが行き渡るように股の間でトロリとなにかが垂れ落ちたように思う。
「もうじき中庭に差し掛かりますわ」
(あっ、早く穿かなきゃ――なんか妙に湿ってるけど……)
とにかく令息は急いでロゼの下着に足を通す。
折り重なる布地の中から、ぷはあと海面で息継ぎでもするように顔を出す。
目の前では、ロゼが感極まったように両手で顔を覆い包んでいた。
ウィルにとってそうであったように、ロゼにとっても人生の重大事であったのだ。
ささやかな勝利を収めた少女はその場でバタバタバタと足を小さく踏み鳴らし、抑えきれない感情の昂りの一端を発露する。
手足が伸びて胸も尻も大きくなったものの、ロゼの本質はいつも「お兄さま」と呼んでウィルの後を追いかけ、背伸びをしている年相応の小娘であったことを、ようやく思い出すことができたかもしれない。
(なんか、めちゃくちゃ可愛いんだけど……)
それに対し、一回り以上も年上の元乳母はいつもと変わらない余裕の貫禄で微笑をウィルに向けており、年季の違いを見せつけていた。
「なんでスカートの中にカンテラなんか入れやがるんだよう……」
幼なじみの少女は耳まで赤くした顔を背けており、元遊牧民の少女の方も――みだりに足を見せてはならないという定住民の価値観に毒されたのか目を逸らし、その頬にほんのりと朱を散らしていた。
令息は車内で共有された甘酸っぱさにどうしてよいか分からなくなり、窓に顔を向ける。
女中のスカートの長いトンネルを抜けると屋敷の日常であった。
少年の股の底が少女の下穿きで白み、もうまもなく玄関前に馬車が止まる。
窓の外には一目で庭師の手が入っていると分かる中庭が、さらにその奥に壮麗な領地の屋敷が見えた。
「幸い、女中たちはまだ集まってきておりません」
豆粒のように見える遠方では、先触れもない急な馬車の到来に、何人かの年若い下働きの女中たちがあわてている。朝の清掃をする午前の女中服のままでは出迎えるわけにもいかず対応に困っているようだ。
下っ端の女中ほど早朝の清掃などやるべき雑務が多く、朝が早いものなのだ。
女中長の不在時に適切な対応のできる女中たちはまだ、屋敷の中で身支度をしていることだろう。
「わたしとご主人さまで玄関の中に駆け込みましょう」
「いまのぼくは新入り女中だものね」
通常、女中たちは正面玄関から出入りしないものだが、新入りの女中は初めて屋敷に来たときだけ――ソフィアにそうしたように――赤絨毯の敷かれた大階段が正面に出迎え、周囲に大理石の柱が立ち並ぶ荘厳な玄関ホールに通される決まりである。
マルク家に畏怖を抱かせ忠誠心を根付かせる目的があるのだが、この慣例によりウィルは新入り女中として他の女中たちの目を避け、だれにも怪しまれることなく正面玄関から堂々と屋敷に立ち入ることが許されるのであった。
「あなた方は、待機して後続の馬車を出迎えなさい。馭者が撃たれたと知れば、馬車には多くの女中が集まってくるでしょう。介抱や荷ほどきで足止めし、ご主人さまのおられる方に近寄らせないようになさい」
これ以上望むべくもない段取りと言ってよいだろう。
「ご主人さま、さしあたりどの部屋にお隠れになりますか? あらかじめ決めておいた方がよろしいと思いますの」
よほど自信があるのか、それともウィルを落ち着かせるためか、女中長はわざとらしい口調でそう尋ねてきた。
それに対し、とっくに我慢が限界を超えていたウィルは女中たちの見守る中、恥も外聞もなくこう答えたのだ。
「トリス、ぼくは女中を抱きたい。とにかくベッドがあって女中を抱ける部屋に案内してほしいんだ!」
それが当初の計画であると同時に、いまのウィルの心の叫びでもある。
「女中と一口に仰られても、この屋敷には四十人もの女中がおります。どの女中に伽をお申し付けになりますか?」
「すぐに抱ける女中だよ。思う存分抱ける女中じゃないとダメだ!」
ウィルはぎゅっと拳を握って主張する。
それを聞いた黒髪の少女は、ぽおっと頬を赤らめていた。
だが、ロゼは子飼いとなるシャルロッテの女生徒たちを待たねばならない立場にあり、なによりも避妊の準備ができていない。
他の二人の少女たち――仕方なさそうに呆れた表情で頬を染めている赤毛のマイヤと銀髪のソフィアも、既に正面玄関に案内されたことがあり、令息とすぐに行動を共にすることはできない。
ウィルが、スカートの中で女中長の黒地の下穿きの鼠蹊部がねっとりと糸でも引くように湿っていたことを思い出したとき、
「でしたら、いますぐご用意できるのはこのわたしの身体しかございません。役得にございますわね」
女中長はその大きな乳房に指を沈め、ゾクゾクと紅い唇で微笑んだ。
ウィルと女中たちを乗せた馬車は、屋敷の玄関口に通じる中庭を横切っていくのだ。
◇ 屋敷の女性一覧 ◇
女中長 1人 (トリス◎)
蒸留室女中 2人 (リサ◎・サリ◎)
洗濯女中 6人 (第一:ジュディス◎)
(第二:イグチナ◎・ブリタニー◎・シャーミア◎)
(第三:アーニー◎・レミア◎)
料理人 1人 (リッタ◎)
調理女中 3人 (第一:ジューチカ)
(第二:エカチェリーナ・フレデリカ)
皿洗い女中 2人 (ルノア・ニーナ)
乳母 1人 (アラベスカ◎)
酪農女中 3人 (ケーネ)
客間女中 1人 (フローラ◎)
家政女中 9人 (ウィルマ・ロゼ・ヴェラナ)
雑役女中 8人 (ルーシー・チュンファ・デイジー・ターニャ)
側付き女中 3人 (ソフィア○・マイヤ◎・レベッカ◎)
修道女 1人 (ヘンリエッタ◎)
その他 1人 (オクタヴィア)
計42人
お手つき 16人 (済み◎、一部済み○、途中△)
第五十四話「屋敷に戻ってきた女中たち(下)」へのコメント:
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