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第五十一話「キリムの縦糸」

 ソフィアの読み上げる文面を手帳に書き留めた少年は、

「こ、このじゅうたんの刺繍は間違いなくきみの妹の手によるものなんだよね? ここに書かれていることは信用できるのだろうね?」

 そう問いかける。
 書かれている内容があまりにとんでもなく、かつ伯爵家の命運を左右するものであったからだ。

「ああ、ぐすっ、縫い目を見れば分かる。横糸と飾り糸が縦糸をおおい隠すくらい密に編まれているであろう? マリエルが編んだものだ。ぐすっ、銀狼族にしか伝わらない技巧も使われているからな。ここの刺繍だがな、銀狼族の神巫のぶんせきを示すものになる。わたしには分かるぞ。マリエルは本気だ。一族の誇りにかけて絶対に嘘などつかぬ」

 手の甲で涙をぬぐいながら、銀髪の少女はそう答えたのだ。


   ‡


『ソフィアのご主人さまへ。あなたさまには二つの道がございます。
 一つは、いますぐソフィアの純潔を奪いさり、わたしのことなど忘れてしまう道――屋敷で一番背の高い女の指示に従うなら、あんねいなる日々が約束されていることでしょう。
 もう一つは、帰るべき草原もテングリの加護も失った銀狼族のしゃとなり、われわれ姉妹の身も心もおりいただく道――

 後者をお選びいただけるなら、いますぐに屋敷にお戻りになり、お家の存続に関わる争いごとに巻き込まれぬよう、女中の一人として女中の腰布スカートの下に身を隠すなどふくのときをお過ごしください。

 屋敷に連れ帰る使用人、あるいはお手付き済み以外の女中に存在を知られたときには、その場でお手折りなさいますように――万が一あなたさまが屋敷の中にいると外部に漏れ伝わることがあろうものなら、あなたさまも女たちも命を落とすことになるでしょう。

 われら銀狼族の庇護者になるには、生理を迎えた屋敷のすべての女にだねをお与えになり、屋敷を完全に掌握する必要があります。
 お父上が亡くなられとくがれた後に、わたしをさらう絶好の機会がやってまいりますので、花嫁泥棒にいらして来てください。

 ご自分の本質が屋敷の女たちを守る牧童であり、まぐわいによって紡ぎだされる毛織物キリムの縦糸であることをお忘れなきよう。複雑に絡みつく横糸や飾り糸たる女たちは、縦糸であるあなたさまを包み隠してくれることでしょう。

 あなたさまはあなたさまが正しいとお感じになる道をお進みになればよろしいのです。
 わたしは銀狼の長として一族の復讐を果たしますが、いずれの道が選ばれようとも、ソフィア、あなたにはご主人さまのいかなるご判断ご命令にも従い、一族の血を絶やさぬよう努めることを求めます。

 銀狼族の神巫マリエルの名においてここに紡ぐ――』


   ‡


 考えたいことは山ほどあれど、まず気性の素直なウィルの口をついて出た言葉は――

「ソフィアをぼくの元に預け、自分は銀狼の長として復讐を果たすか。魅力的じゃないか! きみの妹は!?」

 一人戦いを続けてきた銀狼族の神巫に対する感嘆であった。

「戦うならなぜわたしを連れていかない。……ぐすっ、マリエル。たとえ銃には勝てずともせめておまえの盾になるくらいはできるのだぞ……」

 銀狼族の神子は、戦いで見せた勇姿が嘘のように泣きぐする。

(だからこそ守りたかったのだろうね……)

 ソフィアとともに戦ったウィルには、マリエルの気持ちが分かる気がした。
 弓折れ矢尽きるまで戦い続け、二十歳の日を迎えることすらなく一族の誇りに殉じて命を落としてしまう自身の半身の姿を、銀髪の神巫は予言の力により観たのかもしれない。

(これでようやくすべての糸が繋がった感じがする……)

 銀狼族の長マリエルは孤独な決断を下した――
 一族の復讐と再興を共に分かち合うことはできない。
 ならば銀狼の双子姉妹は、それぞれ別の道をくしかなかったのだ。

 半身となる双子の姉を安全な地へ逃し一族の存続を図りつつ、自身はたった一人で敵の喉笛に食らいつこうとする。
 幼少のころより草原の狼の気高さに憧れを抱いていた少年は、マリエルの銀狼の名に相応ふさわしい誇りときょうに、身を切られるような切なさを感じてしまう。

(マリエルにはここまで観えていたのか。だけど孤独だったろうなあ。辛かっただろうなあ……)

 一度も会ったことのないウィルの内面を相当深いところまで把握されていることに、人知を超えた恐ろしさのようなものを感じもするが、それ以上に少女の孤高さに惹きつけられてしまう。誇り高い生き物を愛さずにはいられないのがウィルという少年であった。

 なぜ銀狼族の村を襲撃したこの国の軍閥貴族でも、その対立派閥のマルク家でもなく、中流階級の商人の元に連れ去られたのか疑問に思っていたが、それがマリエルの選択のようだ。

(ということは、つまりこの国でも革命が起きるってことなのかな……)

 西方の諸国では革命の波が波及し、数え切れないくらいの王家や貴族が没落した。ギロチン台に送られた王もいる。
 マリエルの文面から判断するに、幸いにもマルク伯爵家は進路を誤らなければ存続できるようである。そのことにホッとするしかない。

『お父上が亡くなられ、無事に家督を継がれたあかつきには――』

 門閥貴族どうしで権力争いなどしている状況ではないが、父親にそれを説明し分かってもらうことはまず不可能であろう。
 病気によるものか、それとも殺されるのかは定かではないが、父親は助からない。
 愛情のない親子関係ではあるが、なにか救う手立てはないか考えた末に、令息は黙って首を振った。
 予言の神巫の言葉は覆せない――
 領地と屋敷を犠牲にしてまでマルク伯爵を救うことはできない。そのように結論を下したのである。
 少し外の空気が吸いたくなった。
 ウィルは立ち上がり、納屋の扉を開ける。


   ‡


 村はまだ夜のとばりに覆われていた。
 少年は暗闇の中、二つの道のいずれかに足を踏み出さなくてはならない。
 それ以外の道を選んだのでは、自らの生存と屋敷の存続、そして女中たちの身の安全を確保することができない。
 選択肢は究極的なところマリエルを助けるか、マリエルを助けないかのどちらかである。

 前者を選ぶなら――
 すぐにでもソフィアを手込めにすることができよう。
 それはウィルがかねてより望んでいたことだ。
 だが、肉親を失い哀しむ少女を犯したのちには、

『屋敷で一番背の高い女の指示に従うなら、あんねいなる日々が約束されていることでしょう』

 屋敷で一番背の高い女――すなわち女中長トリスの指示に従って生きることになる。
 おそらく自分で判断したり手を下すことのできない汚れ仕事をトリスに肩代わりしてもらうことになるのかもしれない。
 元乳母ナニーからの自立の旅はここで終わりを迎えるという確信めいた予感があった。
 女中長ハウスキーパーの失望の溜息が上から降ってくる未来を想像し、少年は両の拳をぎゅっと握りしめた。そのようなことが許せるだろうか。

 しかし後者を選ぶなら――

『女中の一人として女中の腰布の下に身を隠すなど雌伏のときをお過ごしください』
(ちょっと待って! ずっと考えないようにしてたけど、ぼく女中の格好をしないといけないの!? 『雌伏』っていうか、まんま女の子じゃないの!)

 少年は、ようやくいまさらのように頭を抱えはじめた。

『万が一あなたさまが屋敷の中にいると外部に漏れ伝わることがあろうものなら、あなたさまも女たちも命を落とすことになるでしょう』

 屋敷の男性使用人や来客に見つからないよう身を潜める必要があるだろう。そのための女装なのだ。
 ウィルの女装姿を目のあたりにした女中になんと言われるかなどは、ちょっと想像したくない。
 だが、不可能かと問われると不可能ではない気がする。
 ウィルは毛深くないしろくに髭も生えていない。華奢で身長も高くないし、喉仏もほとんど出ていない。これからどうなるか分からないが、多少声変わりの兆しはあるものの、いまのところ声はボーイソプラノを維持しており誤魔化しきれるかもしれない。

 考えてみると、テングリの視点は地を這う人間には理解できないときがある。女装をすれば、曖昧な予言の言葉ではウィルの居所が捉えられなくなるもかもしれない。

(神話にも予言と女装に関わる話ってあるよね……)

 少年は現実逃避するようにそのようなことを考え始める。
 の英雄は戦争に参加すると命を落とすという予言を受けたため、女装をして宮廷の女たちの中に身を潜めたという。結局、商人が持ち込んだ女向けの品々に混ぜられた武器に関心を持ったがために女装を見破られ、戦地へと連れ出されてしまったとか。

(しかも女中のスカートの中に隠れないといけないみたいなんだけど、女中になんて言ってお願いすればいいの!? ちっちゃいときじゃないんだからさ!)

 ウィルは先ほどから心の中で悲鳴を上げっぱなしだった。
 この国の淑女レディの一般的な倫理観として、たとえ膝下であろうとも、下半身をみだりにあらわにすることはふしだらな行為だとされており、だからこそ屋敷の女中たちのスカートも絨毯を擦るほどに長いのである。
 異国から来た女中ならともかく、倫理観の強い女中には抵抗感が強いだろう。

 その上で――

『生理を迎えた屋敷のすべての女に子種をお与えになり』

(まさか…………マリエルにまでお手つきを促されるとは……)

 だが、たしかに納得もできる。
 女中にいつでも夜伽を命じられるという自信と手応えが、令息を屋敷の真なる支配者へと導き、主人とその女中たちに安全を保障するのだ。
 ウィルは、屋敷の女使用人たちの顔を思い浮かべる――


◇ 屋敷の女性一覧 ◇

女中長   1人 (トリス◎)
蒸留室女中 2人 (リサ◎・サリ◎)
洗濯女中  6人 (第一:ジュディス◎)
         (第二:イグチナ◎・ブリタニー◎・シャーミア◎)
         (第三:アーニー◎・レミア◎)
料理人   1人 (リッタ◎)
調理女中  3人 (第一:ジューチカ)
         (第二:エカチェリーナ・フレデリカ)
皿洗い女中 2人 (ルノア・ニーナ)
乳母    1人 (アラベスカ◎)
酪農女中  3人 (ケーネ)
客間女中  1人 (フローラ◎)
家政女中  2人
雑役女中  8人 (ルーシー・チュンファ・デイジー)
側付き女中 3人 (ソフィア○・マイヤ◎・レベッカ◎)
修道女   1人 (ヘンリエッタ◎)
その他   1人 (オクタヴィア)
    計35人
お手つき 16人 (済み◎、一部済み○、途中△)

 赤子でありまだ女中服も着られないオクタヴィアを除くと、残り十八人の女中たちを手折らなくてはならない計算になる。加えて、何人か女中の数が増える予定になっている。

(あ、そうだ。ルノアとニーナも抜かさなくちゃ。って、あれ? まだ生理前だったよね……?)

 以前リサ・サリからなにか報告を受けたような気がするが、深く考えないことにした。
 年若い女中の処遇をどうするのかという問題も頭を掠めたが、他に考えるべきことがあまりに多すぎるのだ。

『屋敷に連れ帰る使用人、あるいはお手付き済み以外の女中に存在を知られたときには、その場でお手折りなさいますように』

 つまり、口説くことに失敗したり女装を見破られた女中に対しては、その場で強姦してでも手篭めにしないといけないわけである。

(まさか、屋敷の存続と自分と女中たちの命をかけて取り組む命題になろうとは……)

 最終的な勝利条件は屋敷のすべての女中を手折った上で――

『屋敷を完全に掌握する必要があります』

(つまりトリスに対しなんでも言うことを聞かせられる立場を確立しろってことだよね……。ぼくはソフィアに子を与えてあげないといけないのだけど、それってトリスの方針と真っ向から対立するよね……)

 屋敷内での銀狼族の受け入れ体制を整えろということが示唆されている。
 独自の避妊薬まで作り出して女中を意地でも妊娠させないようにするトリスの姿勢は、女中長としての職分にかなったものであり、屋敷の主人であろうと容易に覆せるものではない。
 そもそも大貴族の屋敷というものは、ただの主従関係では割り切れない独自の秩序のもとに共同生活を営んでいるものなのだ。
 たとえ主人の立場であろうとも、使用人の職分を犯すような要求を一方的に通すことは難しい。有能な使用人が反旗を翻そうものなら、屋敷の主人はたちまち不自由を強いられてしまうのだから。
 あの長身の女中長がウィルの身を守り、女中へのお手つきを推し進める最大の味方であると同時に、最大の障壁にもなってくるのである。

(はたして、ぼくにそれができるだろうか。可能性があるとしたら……)

 おそらく女中長トリスの仕事を肩代わりできるほど有能で、ウィルの言うことをなんでも柔軟に受け入れてくれる後任が育ってくるかどうかが鍵になるだろう。

『ご自分の本質が屋敷の女たちを守る牧童であり、まぐわいによって紡ぎだされるキリムの縦糸であることをお忘れなきよう。複雑に絡みつく横糸や飾り糸たる女たちは縦糸であるあなたさまを包み隠してくれることでしょう』
(まぐわいによって紡ぎ出されるキリムの縦糸って、どえらい言われようなんだけど……)

 ウィルは、わずかに白みはじめたテングリを見上げ、トホホと肩を落とす。
 縦糸と横糸だけでなく飾り糸まで同時に織り込むのは、布地を後から刺繍をするのにくらべると、おそろしく手間がかかる。
 だが、その分頑強な作りとなり、そうして織られたキルトは価値の高い財産として扱われるようになるという。

(屋敷の人間関係をキルトに見立てて編み上げろということか。横糸や飾り糸なる女の子ってことはつまりは――)

 もしかすると複数の女中と様々な組み合わせでまぐわうことになるのではなかろうか。
 糸の取り合わせも、屋敷の支配体制をより強固なものに作り変えていくような意味のあるものでなければならない。
 すでに一度、あるいは何度か手折った女中たちも、改めて縒り直す必要があろう。

『あなたさまはあなたさまが正しいとお感じになる道をお進みになればよろしいのです』

 わざわざこのように書かれていることがそのしょうに違いない。
 令息は、あまりの事態の成り行きに呆然と立ち尽くすしかない。

「それでおまえは、どちらの道を選ぶつもりなんだ?」

 その声に、ウィルは納屋の方を振り返る。
 じっとこちらを見据え、ソフィアが立っていたのだ。


   ‡


「迷うまでもない話だな。マリエルを取り戻さずとも、おまえはわたしの身体を自由にできるようになったのだから。それに戦場で戦える男が、女の格好をするなど到底受け入れられる話ではないだろう」

 ソフィアは一人決めつけて暗い表情を浮かべている。
 そんなソフィアに、ウィルはだんだんと腹が立ってきた。

「ぼくがどちらの道を選んだとしても、きみはぼくの言うことをなんでも聞いてくれるんだよね? それにきみ自身もずっとマリエルに従うって言ってたもんね?」
「うぐ……そのとおりだ」

 銀髪の少女は琥珀色の瞳に涙をめ、身体の左右でブルブルと拳を震わせながら、恨めしそうにウィルのことをにらみつけてくる。

(まあ、意地悪はこのくらいにしておいてと……)

 ウィルは真剣な表情でソフィアの顔を見つめ、

「ソフィア、これだけはんでもらうよ――」

 そう切り出す。

「ぼくはきみに故郷の草原を取り戻してあげることはできない。伯爵領の遥か北にある草原というのはいくらなんでもぼくの手に余るもの。きみにはマリエル伯爵家の草原に腰を落ち着けることを受け入れてもらうからね?」

 そのように言い渡したのだ。

「な!? と、ということは……つまり」

 明けない夜はない――
 銀狼族のはよろよろとウィルに近づき、信じられないといった表情で少年に手を伸ばしすがろうとする。

「さ、屋敷に戻ろう? そしてマリエルを取り戻せる機会を待つんだ!」

 ウィルは力強く言い切ると、握りしめたソフィアの手をぐいっと引っ張り、胸元に抱き寄せる。
 その瞬間、地平線の彼方かなたより新しい朝が舞い込み、闇夜を切り裂いたのだ。

「よ、良いのか? われらは草原の加護を失うのだぞ? おまえの負担になるだけで、もうわれらは役にも立たなくなるんだぞ?」

 差し込んだ日の光が、ついに手中に収まった少女の琥珀色の瞳をキラキラと輝かせる。

「最初から言っているじゃない? ぼくはきみたち姉妹を利用することに興味はないって」

 そう言って、ウィルはソフィアの身体をぎゅっと抱きしめる。

「ウィル、ありがとう、ありがとう!」

 銀髪の少女は、その瞳に大きな涙粒を宝石箱のように溜めていた。

「おかげでぼくは屋敷の女の子たちを全員手込めにしなくてはいけなくなったんだ。それも屋敷と銀狼族の未来をかけてね。ソフィア、きみには全面的に協力してもらうよ。きみの人生の一番大きな目標はぼくの子供を産むことなんだからね」
「おお、おう……泣き出したい気分だぞ? わたしにこんなことばかり押しつけよって、マリエルが戻って来たら姉として説教してやらねば」
(ああ……! ぼくの方こそ泣きたい気分だよ! 一緒に戦ったとき、ぼくはたしかにソフィアと共に、草原の風になるのかもしれないと感じていたのに……)

 なにせ、これからウィルのすべきことといったら、大地をねぶりあげる一陣の涼風になるどころか、風一つ吹かない女中のスカートに身を潜め、一つ残らず女体をなぶりあげることなのだから――
 そのくらいの奇行に走らねば、ウィルを始末しようとする刺客の手をかいくぐり、時代の荒波を乗り越えることはできないということなのだろう。

「ソフィア、きみにはぼくのこと好きになってもらうよ?」

 改めてそう伝えると、

「べつにおまえのことが嫌いなわけではない。できない注文ではないだろう。ここのところのおまえは格好良かったしな」

 ソフィアは抱きしめられながら、赤くした顔をプイッとそむける。

「今後きみにはいつでも好きなときに好きなだけぼくの相手をしてもらう。マリエルを取り戻したら本格的に子作りしようね」

 少年は、ズボンの前面を硬くしたままソフィアの股に押し当てる。

「ああ、もうなんでも好きにしろ! 逃げたりなどしない。マリエルの伝言にもあるとおり、わたしをいつ抱くかはもうおまえが判断すればいい!」

 銀髪の少女は真っ直ぐに見つめ返しながら、少年の背中に両手を回してきた。
 さらには女中服のスカートの股の部分で、少年の股間の強張りを受け止めるように真正面からぐっと押し返してくる――
 その行為には銀髪の少女の覚悟が込められていた。

「まだ身も心も両方とはいかないようだが、手付けとして、我が心はおまえに捧げよう」

 ソフィアは、はっきりとそう口にしたのだ。

(おおっ!? ということは――)

 押し当てた下腹部が暴発しそうなほどの高揚が少年の背筋を駆け上る。
 もうなんでも好きなことができる。なんでも好きなことをさせられる――身も心も所有している感覚がいままでとは段違いである。
 ためしに少女の尻をぎゅっと握り、さらに腰を押しつけてみたが、ソフィアはより強く身を委ねてくるだけだ。

(す、好きになった女の子を完全に自分のモノ扱いできるんだ。最高だよねっ)

 これからじっくりと肌を合わせたいところだが、マリエルの文面には今すぐ屋敷に戻るよう記されていたことを思い出す。
 そのとき、どこからともなく――

「おーい! ウィル! どこだ。勝手にいなくなんなよう!」
「ご主人さま! ご主人さまは何処にいらっしゃいますか!?」
「お兄さま! ウィルお兄さま! ご無事ですか!?」
(わわっ!? いっぺんに。え? あ、あの声は――きっと間違いない!)

 幼なじみの親友の声、母親代わりの元乳母の声、さらには何年も顔を合わせていなかった血の繋がらない妹の声が聞こえてきたのである。




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