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第四十五話「旅立ち」

 玄関を開けると、いしだたみの小道の先に馬車が見えた。

「おお」

 その小道の左右には、ずらりと女使用人が並んでいた。
 一番奥にはトリスの姿が見える。
 ちょっとしたサプライズのおもむきがあった。

「わっ。見送ってくれるんだ。みんなありがとう!」

 ウィルは、にこにことうれしそうにほほんだ。
 女たちは、そんなウィルに微笑ましそうにくすくすと笑みを向けた。
 ウィルは小道へと歩を進める。
 ウィルのあとには、銀髪のソフィアと赤毛のマイヤの二人の側付きウェイティング女中メイドが続いた。

「わたしもウィルの側付き女中なのに、一緒に行けなくて悪いわね」

 左から、そう声をかけてきたのは、金髪のさいえんレベッカである。
 まだどこか女中メイドの服装がぎこちなく見えるが、元子爵家当主なのだから急には難しいだろう。

「領地経営のほうは頼んだよ」
「うん。任せて。必ずあなたの期待に応えてみせるわ。待ってるから絶対に戻ってきてよね。わたしを上手く使ってくれないと契約違反なんだから!」

 そう言って、金髪の女中はスカートを摘み上げ、つむじが見えるほど丁重に膝を折り曲げた。
 この元同級生はウィルのことを主人として仰ぎ、頭を下げることに抵抗がないように見える。
 こうしてレベッカが見送ってくれることに、ウィルは感慨を覚えていた。

「ご主人さま、どうかご無事で」

 右を振り返ると、ごうしゃな巻き毛の金髪が見えた。
 レベッカの姉アラベスカの声色には切実な響きが含まれていた。
 アラベスカには、ウィルにすがるしか道が残されていない。
 屋敷で一番大きい胸には、赤子のオクタヴィアが抱き抱えられていた。
 もしウィルが旅先でかくでもしようものなら、アラベスカは赤子ともども路頭に迷うであろう。
 そのため、赤子を胸に抱く女に、ご主人さまと呼ばれることに、ウィルは重圧を感じざるをえない。

(それでも、もう絶対手放さないんだけどね)

 一応、乳母ナニーという肩書きは持っているものの、その実、ウィルの望んだときに股を開く女である。
 アラベスカの中は大層具合が良かったのだ。

 悪い笑みを浮かべていると酪農デイリー女中メイドケーネと目が合う。

「お帰りを一日千秋の思いでお待ちしております」

 ミルク女中メイドを名乗るのに相応ふさわしい胸の大きな黒髪の美人は微笑んだ。
 ケーネの部下二人も含め、酪農女中三人がスカートをまみ、ウィルに向かって膝を折る。
 ケーネの左右に並ぶ部下の酪農女中シャーロットとエヴァの胸も、ケーネほどの大きさではないが、そろって揺れた。
 二人は「人の母乳で乳製品を作りたい」などと頭のおかしなことを言い出した上司ケーネの方に、恐々とした視線を向けている。
 ウィルとて、屋敷から戻って来たら本当にそんなプランに協力する羽目になるのかと思っているくらいなのだから、気持ちは分かる。

 頭のおかしさで言えば、さきほどからウィルに向かって膝を折った姿勢のまま、もじもじと白いスカートの内股を摺り合わせ、唇から白く湿った息を漏らしている金髪の女使用人も相当なものだ。
 今朝の料理人コックリッタは、なぜかいつもと違いスカートを穿いている。リッタが屋敷の調理キッチン女中メイドを務めていたとき以来の服装ではなかろうか。
 金髪の女が桃色に上気した顔を上げた。

「ご、ご主人さま。早く帰ってきてくださいよ!? そうでないとわたし、わたし!」
(だから、なんで朝からそんなに切羽まっているの!?)

 やくでも口にしたのではないかと思うくらいさかっているリッタに、ウィルはつい質問をしてしまう。

「ところでリッタ、なんで今日はスカートなの?」
「あたし気がついたんです! ズボンって脱がせてもらいにくいじゃないですか? だから最近お相手してくださらないのかと!」
「そ、そういうわけじゃないよ……ちょっと忙しかっただけ。そういうのは帰ってからね」

 すると、バネ仕掛けのような勢いで女が背を起こした。
 ショートの金髪が跳ねる。ぷるんと胸も震えた。

「絶対ですよ! 帰ったらお相手してくださいね!」

 外に出してはいけないような、女のものすごい表情に、

「あ、うん」

 つい確約させられてしまう。

「……えへへ」

 声は可愛かわいかったが、理性を手放している危うさしか感じなかった。

「リ、リッタ。ウィル坊ちゃんのご出立ですから……」

 痩せぎすの調理女中のジューチカが、しきりに上司の腕を引いて暴走を食い止めようとしている。
 この黒髪のポニーテールの少女は、いつも余計な辛労を味わい、上の暴走と下からの突き上げに苦しむ中間管理職の立場に置かれている。

(苦労かけるねえ……)

 ウィルは心のなかでジューチカの評価をそっと押し上げた。
 それは、次にお手つきをする優先順位が上がったことを意味する。もはやウィルは、屋敷にとって重要な女を手込めにしてしまうことに、何の疑問も感じていなかった。

「「行ってらっしゃいませえ!」」

 金髪を後ろに縛ったエカチェリーナと短い黒髪のフレデリカが左右から唱和した。
 歳が若いこともあって、女学生のような元気のよい声だった。
 なんとなく風呂場で見た、エカチェリーナとフレデリカのみずみずしい乳房を思い浮かべた。

(歳の近い子と一緒にお風呂に入るのも、なんかいいものなんだよね。ちらちらと恥ずかし気にこちらを見るのが可愛いし)
「ウィリアムさま。行ってらっしゃいませ」

 黒髪のツインテールの少女ルノアが、小さな背を折り曲げて淑女レディのような礼をとった。
 幼い少女が、精一杯背伸びしている様子を見るのはほほえましい。

「ウィルさま、お土産忘れないでねー。あたしチョコレート飲みたい」

 にこにこと笑って金髪の幼女ニーナがそうねだった。
 ウィルがつい甘やかして、風邪をひいた幼女二人にチョコレートの味を覚えさせてしまったのだ。

「! わ、わたしの分も!」

 慌ててルノアも飛びついた。淑女の仮面が剥がれ落ち、年相応の表情を見せている。

「こ、こらっ! そんな高級品飲ませてもらえるわけないでしょ!」

 ジューチカがそう叱りつけた。
 チョコレートは貴族の飲み物であり、薬でもある。普通は、庶民の手には届かない。
 ウィルは苦笑を漏らしながら、横を通り過ぎる。

「ズルい。マイヤとソフィアだけズルい。わたしもレノスに行ってみたかったのに! 軍艦見たかった!」

 栗毛のアーニーが頰を膨らませていた。
 主人と一緒に都会に連れて行ってもらうことは、使用人の役得パークスの一つである。

「子供じゃねえんだから。躾がなってなくて、すみません」

 そう言って、ジュディスがアーニーの頭を上から押さえる。

「とにかくご無事でお戻りを。屋敷の留守はうちらで守りますんで」

 ジュディスがそう言って、首をぼきぼきと鳴らした。
 洗濯ランドリー女中メイドたちとは、将来、洗濯屋を開業するにあたってパトロンになってあげるという約束を取り交わしてある。
 ウィルにはどうしても戻ってきてもらわないと困るだろう。

「できるかぎりのことはいたします」

 白銀髪に褐色の肌のシャーミアがそう言い添えた。

「命かけるっす」

 短い黒髪のレミアもそう追随した。

(命かけさせるような事態になってほしくないなあ)

 ウィルは心のなかで苦笑を漏らしながら、洗濯女中の前を横切ろうとした。

「……あ」

 三十手前の栗毛のブリタニーが片手を上げかけていた。

「ご無事で……」

 ウィルの頭をでたかったのかもしれない。上げかけていた手を引っ込めた。
 情勢がきな臭いことは十分分かっているのだろう。
 なにせ銃を扱う訓練までさせられていたのだ。

「ご主人さまならきっと大丈夫ですよ」

 そう言って、黒髪のイグチナが自身の胸をぱんとたたいた。
 その拍子に三十を過ぎた一児の母の乳房が大きく揺れる。

「可愛い子には旅をさせろって言いますし。あら、使用人の分際で差し出がましい口を。ふふふ」

 イグチナはくすくすと笑った。
 としの女中たちの情は濃い。

(でも、せっかく男女の関係になったというのに、まだ子供扱いされるんだよね……)

 そこがウィルの納得のいかないところであった。

「ご主人さまに、神のご加護がありますように」

 屋敷の修道女シスターヘンリエッタが、ぼそりと呟いた。
 陽の光は苦手なようで、眉の下あたりまですっぽりシスター帽をぶかかぶって、指先で帽子にひさしを作りながら、上目遣いでウィルのほうを見上げている。
 シスター帽からはみ出した白髪が、陽の光に照らされて輝いている。

「日陰に入ってていいよ」

 白子アルビノの女はぶんぶんと首を左右に振った。

「いえ。お見送りだけは」

 ヘンリエッタは居場所と自分の役割を提供してくれたウィルに、とても感謝しているようであった。
 その結果、大して信心深くもない屋敷の修道女が生まれたのであるが、ウィルにとっては好都合である。

「ぐすっ、良かったわね。ヘンリエッタ」

 けいけんなフローラが少し涙ぐみながら、そう声をかけていた。

(え、なんで泣いてんの?)

 客間パーラー女中メイドフローラの心の琴線に触れたポイントが正確につかめずウィルは戸惑った。
 ときおり女は、男が全く予想していないところで感傷的になることがあるものだ。

「お帰りをお待ちしております」

 フローラはそう言って綺麗なしょで膝を折る。
 スカートを摘まむ手が、気持ちを抑えるようにぎゅっと握りしめられていた。
 それを見て、ウィルは改めて責任の重さを感じる。
 ウィルにとってフローラは女中の一人だが、フローラにとっては身をささげると誓った唯一の男なのである。

「うん。フローラありがと。ヘンリエッタも修道女として・・・・・・女の子たちの心のケアを頼んだよ」

 ヘンリエッタは黙ってうなずいた。
 信心の足りない修道女は、ウィルの道具に徹することに迷いがない。
 黒髪のチュンファ、金髪のルーシー、赤毛のデイジーなど、雑役女中オールワークスの頭が次々に垂れ下がる。

 見慣れない女中が二人腰を屈めている。レース飾りのついたエプロンから察するに家政女中であろう。
 小柄な黒髪の女中と、ウィルより背の高い栗毛の女中が深く頭を垂れていた。
 顔を見る前に頭を下げられてしまい、声をかけるタイミングを逸してしまい、どうしたものかと思っていると、

「ご無事で」
「行ってらっしゃいませ」

 同じ顔をした黒髪の双子が、左右から声をかけてきた。
 当初、リサ・サリを連れて行こうかとも悩んだが、トリスに言わせると、この蒸留室スティルルーム女中メイドは屋敷の外では借りてきた猫のようになって、大して情報収集の役に立たないそうであった。
 そして、馬車の前に立つトリスが微笑んだ。

「どうです? 順番に一人ずつ口づけなどされていきませんか? 軽く胸や尻の感触も確かめながら。まだ唇も吸ってない女中もいることですし」

 トリスの言葉に、まだお手つきをしていない雑役女中たちの視線が一斉に集まるのを感じた。

「や、やめとくよ! 馭者長ヘッドコーチマンを待たせるのも悪いし」

 トリスの提案に、心惹かれないでもなかったが、馭者長は白熊のようにずんぐりした白髭の老人である。
 職務に忠実な温厚な老人で、めったに口を開かないが、怒らせたら怖い印象がある。
 それに、女中たちがせっかく好意で見送ってくれているのに、その好意につけ込むようなことをしたくはない。

「そうですか……大丈夫ですのに」

 トリスはとても残念そうに肩を落とした。

「また今度。また今度ね」

 ついウィルがそう言うと、トリスはにっこりと微笑んだ。

「次の機会には是非。わたしは屋敷を離れることはできませんが、ご主人さま、どうかご無事で」

 トリスはそう言うと、ウィルに向かって片足を軽く折り、もう片足を一歩内側に近づけ、スカートの両側を軽く摘まんで深く頭を下げる。
 すると、一斉にほかの女たちもそれに倣った。
 スカートのすそから、レースの白い飾り模様が顔をのぞかせる。
 カーテシーのポーズで膝を折るのは、地に膝こそつけないものの、跪こうという意思の表明である。
 街路樹に花が咲くように、総勢三十二名の女たちのスカートが一斉に持ち上げられた。
 そのなかにはウィルが花を散らした女も多く含まれている。
 そのとき気持ちの良い一陣の風が吹き抜け、女中たちのスカートを軽くはためかせる。
 みなで示し合わせたように、白の長靴下を履いていた。
 壮観であった。
 思わずむらむらと来てしまった。必ず帰ってこようと思った。

「みんな行ってくるからね!」

 ウィルはそう言って、馬車に乗りこんだのであった。


【第二部完】






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