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第四十三話「開拓する女中」

 外に出てきた目的、それは新しい耕作地の視察である。
 周囲の景色を見渡すと、屋敷の北東には大草原へと続く、緑のじゅうたんが見えた。
 だが、いつもは一面の緑の絨毯も、いまは所々、めくれたように裏返っている。
 百人を超える汗だらけの男たちが、大地にくわを打ち下ろしているからである。
 彼らはマルク家の農奴や小作人たちであった。収穫期が終わった後も仕事にありつけたので喜んで野良仕事に励んでくれている。

 ウィルが周囲に視線を向けると、耕地の隅っこのほうで長い金髪の女と顎髭の長い禿げた中年男性がしゃがんで向かい合い、熱心に話し込んでいるのが見えた。
 唾を飛ばさんばかりの勢いで金髪の女が小脇に抱えた図面を指差すと、それに対して黒髪の男は黙って禿頭を振り、痩せた腕で木ぎれを握って地面になにやら線を引き始めている。

「やあ、調子はどうだい?」

 ウィルはそう言いながら、二人に近づいた。

「まあまあね」
「ウィル坊ちゃんか」

 二人は一瞬だけ顔を上げて、再び地面に視線を下ろした。

「ねえ。なら、いつ麦をけば年二回収穫できるようになるのよ!」
「おい、小娘。こんなせた草原で二期作なんぞできるわけなかろう。土地を休める時間がいるぞ」

 二人はウィルそっちのけで議論を展開していた。
 片方がレベッカで、もう片方がマルク家の園丁長ヘッドガードナークロードである。

(久しぶりにクロードを見た気がするなあ)

 クロードが食事のときにめったに姿を見せないのは、時間を忘れて一日中、庭いじりをしているためだ。腕は良いのだが全く協調性がない。
 せめて身体を壊さないようにと毎日弁当を持たせてやっている始末である。

「だから、さっきも言ったとおり……」
「ふむ。耕した土を見ないとなんともいえんな。準備が出来たらまた聞いてくれ。わしは屋敷の仕事もあるでの」

 クロードは立ち上がって背を向けると、痩せた右手を挙げて、屋敷のほうへと戻りはじめた。

「ちょっと! 話はまだ……。ふん。目にもの見せてやるからね!」

 レベッカは立ち上がって、そう叫ぶ。

「ふん。生意気な小娘め」

 クロードは地面にぺっと唾を吐いた。

「ああ。もう腹が立つ。全く相手にされていないわっ! 失礼な人ね。だいたい、土をめたら分かるなんて言ってるけれど本当かしら!?」
「クロードがそう言うならそうかもね。あんなに機嫌の良いクロードをはじめてみたよ」

 ウィルは苦笑をもらした。

「あれで!?」
「うん。マルク家のどうの品質がいいのもクロードのおかげだし、腕は間違いないんだけど、とにかく気難しい人なんだ」

 そこで、雑役女中オールワークスルーシーがひょこっと顔を出して、

「はい。あんなに機嫌の良いクロードさんを見たのは初めてですよ」

 そう言ってきた。

「ふーん。そうなのね。マルク家は変わっている人が多いのかしら。姉さんもそんなふうにらしていたわ」

 レベッカがそんな風にためいきをつくと、ウィルは少し目を泳がせた。

「やい! ルーシー! いつまでもサボってないで果樹園の仕事をするぞ!」

 遠くから響くクロードの怒鳴り声に、

「あ、はい! クロードさん!」

 ルーシーが慌てて駆けていく。

「ルーシーちゃん、いつもクロードさんに怒鳴られて大変だねえ」
「たまにはうちに寄ってくれよ。娘が会いたがっているんだ」
「女房の店に買い物に来たら、おまけしてやるぞ」

 そばかす混じりの金髪の雑役女中ルーシーは、すれ違う人夫から声をかけられていた。

(へえっ……)

 トリスが言っていたとおり、ロムナの住人や農奴に顔が広いようであった。

「ところで――」

 ウィルはレベッカのほうを向いて、そう切り出すと、

「屋敷の外に下りてくるときは、銃を持たせた護衛をつけて。洗濯ランドリー女中メイドのだれかってことになるかな。人足にはいろんな人が集まってくるから万が一のためにね」

 周囲の汗だらけになって大地を耕している男たちを見回しながら、レベッカの耳元にささやく。
 わざわざ農奴や小作人を連れてきた横で実弾演習をしたのは、彼らに屋敷の力を見せつける目的もあった。
 なにせいまやレベッカは、領地経営していく上で欠かすことのできない人材となったのだから――


   ‡


 昨晩、ウィルは執務室のソファーでレベッカに膝枕をさせて寛いでいた。

(ぼく、あのレベッカにこんなことまでさせているんだな)

 以前の人を寄せつけないレベッカを知る者が見れば、さぞ驚くであろう。
 黒い布地越しに指で押したり揉んだりしてみて、延々とふとももの弾力を楽しんでいると、

「くすぐったいわよ、もう!」

 レベッカは焦れたようにそう言いながら、スカートのポケットから一枚の紙を取り出し、ウィルに手渡してきた。

「マルク領の農地の経営状況をまとめたから、目を通しておいてちょうだい」


      ◇マルク領の農地経営◇

 資金(万):     2411
 穀高(万穀):      39
 耕地面積|(ブロック):  39
 草原面積|(ブロック): 240
 収穫係数:         1
 小麦相場:        83
 小麦備蓄(万穀):     1
 農地管理費(万):   780
 領地の屋敷管理費(万):400
 王都の屋敷管理費(万):800


「なんか、えらくすっきりした数字にまとまっているね」
「そのほうが分かりやすいでしょ」
「耕地面積が39ブロックというのは?」
「農地改革で39分割したの。ちょうど1ブロックあたり1万穀の収穫だから分かりやすいでしょ。耕地面積39ブロックからあがる収穫高が39。それをいまの小麦相場で売ったら、掛ける83の3237万ドラクマの資金が手に入るというわけ」
「収穫係数ってのは?」
「1ブロックあたりの収穫高よ。現時点では掛ける1として、1ブロックあたり1万穀。肥料を使った近代農業をすれば、もっと収穫が上がると思うの。その代わり管理費は嵩むけれどね」

 レベッカはウィルの頭の上で、ぎゅっと拳を握って、そう意気込んだ。

「手元の資金が2411万ドラクマか。一時の資金不足が嘘みたいだ」
「といっても、大半は支出が決まってるわ。農地管理費780万ドラクマ、屋敷の管理費400万ドラクマ、王都の屋敷管理費800万ドラクマが取られるから、差し引き431万ドラクマしか残らない。あっ、ちなみに二重帳簿になっているから、あなたのお父様にはこれでトントンだと思われているわね」

 バレたら廃嫡ものである。とは言っても、一人息子なので相続権を失う心配はないが。

「ついでに草原の測量もしてきたの。耕地に転用できそうなのは240ブロック。北の国境線を越える気があるなら、もっと増やせるわ」
「240ブロックの農地か。それが達成できたら凄いな」
「ええ。マルク領で独立することだって夢ではないわよ。でも、そのためには問題が二つあるの」

 ウィルは下からレベッカの胸に手を伸ばした。黒い布地の膨らみをみあげる。

「一つ目の問題は資金?」
「そうよ。二百万ドラクマを投入して耕地面積を1拡張できるかどうかってところなの。いま手元で動かせる431万ドラクマの資金なら、2ブロックしか拡張できない」

 耕地の拡張は一朝一夕ではうまくいかない。そして耕地が広がるにつれ、草原を訪れる遊牧民たちとの軋轢も増えていくことだろう。
 今度はもう片方の乳房を握る。レベッカは飼い猫のように、ウィルに身体を触られることを完全に受け入れてしまっている。

「二つ目は?」
「耕すのに人の手が足りない。耕地面積を1ブロック増やしたら、耕す人間の手が千は必要ね」

 これまでマルク領で農地開発が進まなかった理由の一つが人口不足である。
 人を増やす方法を考えなければならない。

「うーん。やっぱり辺境だけあって人口が少ないからね」

 マルク領の人口はおよそ四万五千人ほど。お膝元のロムナの町の人口は五千人に満たない。
 王国全体では百万人ほどの人口があり、王都クレングール、工業都市ルムント、港街レノスのそれぞれは十万人規模である。
 ウィルは、レベッカの膝の上でごろんと寝返りを打ち、うつぶせになると、くんくんとレベッカの下腹部の匂いを嗅いだ。

「……っ」

 これにはさすがにレベッカも身じろぎした。

「もう痛みは和らいだ?」

 そう言って、ウィルはレベッカの股の間に手を差し込んでみる。
 優しく人差し指で下着をなぞってみると、指先にぬるっと湿った感触がした。

「え、まだ血が出てるの?」

 先日、に至ったばかりで、思った以上に出血がひどかったため、性行為はしばらく禁じられている。
 スカートから引き抜こうとするウィルの手を、レベッカが太ももで挟んだ。

「ち、ちがうの。血じゃないから見ないで。まだ痛むのだけど、これからあなたと一緒に領地を発展させることを考えたら、なんだかじくじくと興奮してきて」

 そう言って、レベッカは頰を赤く染めたのである。


   ‡


「まだ始まったばかりだけど、なかなか良い感じでしょ?」

 そう言ってくるレベッカに、ウィルは周囲を見回しながらうなずいた。
 水路を引くためか、絨毯のほつれのように草原のあちらこちらに盛り土がされている。
 大地を耕すときに出た大石なども運河や用水路を作る前提で一列に集積されている。それが、まるで大地のつめあとのように伸びている。
 おまけに、ロムナの町の近くには川があり、マルク領の西の山脈から、南の内海へと流れ出している。灌漑農業もやりやすいだろう。
 すべてレベッカによる計画である。
 いつか、草原の絨毯がまとめてひっくり返されてしまうのではないかという予感を抱かせるものがあった。
 そのとき、マイヤがウィルの袖をくいくいと引っ張った。
 マイヤが顔を向けた先には、耕された大地の上に膝をつき、地平線を見つめながら瞳をうるませるソフィアがいた。いまにも叫び出しそうな悲愴感をただよわせている。

「ソ、ソフィア……ど、どうしたの?」

 ウィルは動揺もあらわに、そう声をかけた。

「おまえたちは……なんで掘り返すんだ」

 銀色の髪の女が低い声でそう言った。

「ほ、掘り返す?」

 ウィルは、はっとして草原をみやった。
 いまは緑の絨毯が捲れているのは、まだ草原のほんの一部である。
 まさか、こんなことで過敏な反応を見せるとは思わなかった。
 だが、遊牧民にとって、草原の道が途絶えてしまうということは、その先に未来が続かなくなるも同義である。

「どうして美しい草原をこんなふうに醜く掘り返してしまうのだ?」

 ソフィアがさらに言葉を重ねた。銀色の髪が風に流される。

「醜く? それは聞き捨てならないわね。ここは緑あふれる穀倉地帯へと生まれ変わるのよ」

 金色の長い髪を風にさらしながら、レベッカがそう言い返した。
 ソフィアは、大地に膝をついた姿勢で、首をかしげてレベッカのほうをにらんだ。

「遊牧民族にこんな言い伝えがあるぞ。草原を耕すな。耕された草原は草の生えない砂漠となる」
「砂漠になるのは大地に水が足りないからよ。当たり前でしょ。あなたに農作のなにが分かるってのよ!」

 さきほど園丁長のクロードとやりあっていた議論の延長だからか、レベッカは余計に口調がきつくなっている。

「たしかに、わたしは農作に詳しくない。だが、水があっても、痩せた大地に人の腹を満たすだけの作物は育たないと聞くぞ」
「だから肥料をくのよ。ほら、こうやってね!」

 レベッカは大きな麻袋を一つ持ち上げ、それを赤黒い耕地のうえにどしゃっとぶちまけた。
 灰褐色の粉が耕した土のうえを流れていく。

せきか」

 ウィルは唸るようにそう言った。
 過石は、近世に入って発明された肥料である。積み上げた家畜の骨を硫酸をかけて溶かす。それが極上の肥料になるという。
 欧州の西には肥料工場まで作られている。
 幸い、ロムナの町の近くまで川が流れており、船で肥料を運んでくることができるのだ。

「想像してごらんなさい。もう何年かしたら、この地平線には見渡す限りの金色の穂が揺れているわ」

 金色の髪を風に遊ばせ、女は両手を広げて、自信に満ちあふれた口調でそう言い放った。
 ウィルは、一瞬、目の前に金色の畑が広がっているように錯覚した。
 レベッカは時代の風を受けて、自分の信じる道を迷いなく突き進んでいく。
 一方で、時代から取り残されて膝をつき、枯れかけたウィローのように銀髪を風にそよがせている女がいる。

「……だとすると、わたしは――ぎんろうぞくは消えていくしかないのか」

 ソフィアはそうぼうぜんと呟いている。

(農耕の女と遊牧の女か。さあ、ぼくはどうしようか――)

 少年は、心配そうな目でソフィアを見つめ、それと同時に口を歪ませていた。
 ウィルは素直なしつをしているが、いつも善人であるとは限らない。
 心からソフィアを心配する気持ちと、ソフィアの心をどうやって手に入れるかの計算が、頭のなかで両立する人間であった。

「ソフィア。きみの故郷の草原はいまは別の遊牧民の支配地となっている。草原に戻ろうにも、どうやってあの地を取り戻すつもりだ?」

 ウィルは誠実そうな声で、蛇のように告げた。
 少女が破瓜を経験したとき、鉄格子を容易く曲げてしまう、そのか細い腕も、本来の腕力に戻ってしまうだろう。
 ソフィアは言葉に詰まり、ぶんぶんと首を振った。

「それでも……それでも……わたしは草原と繋がっていたい」

 はく色の瞳から涙をぽろぽろと零している。

(ああ、ソフィアの涙はれいだなあ……)

 ウィルはそう思った。

「おそらくソフィアは、ぼくに抱かれたあと、買われてきた奴隷だってことを強く意識するだろうね」

 ウィルは薄く笑って畳みかけた。

「お、おい。ウィル!?」

 たまりかねたようにマイヤが心配そうな視線を向けてくる。
 ソフィアは、大きく目を見開いてウィルを見上げている。
 琥珀色の瞳がれて、激しく揺れている。
 銀髪の少女の心は追い詰められていた。
 このまま心を折ってしまうこともできそうに思えた。
 だが、そうすると、少女の野性の狼のような気高い誇りが失われてしまうだろう。

「ソフィア。君さえ望むなら、この牧草地は残してあげてもいいよ。君は草原に帰りたいと言っていたが、ここだって草原の一端だ。銀狼族に使わせてあげてもいい」

 それがウィルの奥の手だった。

「な、なに? ほ、本当か!?」

 ソフィアが濡れた瞳でウィルのほうを見上げた。

「ちょっと! この草原は開発させてもらえるはずよ」

 たんに目を剥いたように、レベッカが口を挟む。

「レベッカ。あとで相手してやるから、少し黙れ」

 ウィルは、冷たくそう言い放った。

「な、なによっ!」

 レベッカが腹を立てているが、ウィルは気にしていなかった。
 こうして扱えるように、徹底的に服従させているのである。

「た、たしかに、これだけ広い草原なら、わたしたち姉妹が暮らしていけるかもしれない」
「うん。ここに銀狼族の村を築くこともできるかもしれないね」

 ウィルがそう言うと、ソフィアはごくりと唾を飲み込んだ。

「だがそんなに簡単に行くだろうか……。わたしはここの草原を使う遊牧民のことをよく知らない」

 ソフィアの言うとおり、草原というのは所有者が決まっていないように見えて、実のところ利用権のようなものが決まっている。
 ウィルが一方的に、一部の人間が占有することを認めれば、いろんな軋轢が生じるだろう。

「うん。いろんな問題はあるね。第一に、この草原は越冬地としては不向きだ。冬は、町の住民の力を借りながら生きないといけないだろう。そして、他の遊牧民もこの草原を利用する。きっと小競り合いになるだろう。つまりだ――」

 ウィルはそこで言葉を切り、両手でソフィアの肩を掴んだ。

「ソフィア、ぼくの支配を受け入れろ。ぼくが君を守ってやる」

 ウィルの言葉に、ソフィアは、はっと息をむ。
 伯爵家の少年は、この屋敷を支配し、外の世界を自分の意思で踏みしめられるようになって初めて、その言葉を口にすることができたのだ。

「今晩、部屋に来て。すこし話し合いをしよう」

 そう言って、ウィルは大地に膝をつくソフィアの腕を掴み、引っ張り上げて立たせた。

「…………」
「どうしたの?」
「どう反応してよいか分からない。まさか遠く故郷を離れた地で生きることなんて考えていなかった」

 銀髪の少女は、呆然とウィルを見つめている。

「大丈夫。悪いようにはしない。少なくともきちんと約束は守るよ。部屋に来てくれる?」
「…………分かった。とりあえず部屋に行く」

 銀狼族の戦士長は、ついにそう返答したのである。

(いまは少し一人にしてあげたほうがいいかな)

 ウィルは屋敷に戻ろうと、踵を返した。
 そのとき、ウィルの袖がぎゅっと掴まれた。待ち構えているだろうとは思っていた。

「ウィル! この草原を開発していいって言ったじゃない!」

 風に流される金髪を押さえながらそう言ったのは、レベッカであった。
 ウィルは振り向いて口を開く。

「いますぐに草原全てを開発するだけの資金はない。それに本当に耕地化が可能か、検証が終わっていない。レベッカはいまのまま最善を尽くせばいい」
「…………うん。それもそうね……」

 レベッカは少し不満そうに頷いた。
 本当は、独占的な開発権を与えてもらって、絨毯でもひっぺがすように全てを耕地にしてしまいたかったのだろう。
 再び前を向いたウィルの腕が掴まれた。

「なあ、ウィル!」

 今度はマイヤであった。こちらは予想していなかった。

「ソフィアに草原をくれてやるって本当か……?」
「え、そうだけど……?」

 ウィルが困惑しながら、そう答えると、マイヤはウィルの白いシャツの胸もとを両手で掴んだ。

「おまえ! オレとの約束忘れてないだろうな……?」

 マイヤがぐ綺麗な瞳でウィルを見上げている。ウィルのシャツを掴む手は、ほんの少し震えていた。

(約束? 約束というと……)

 ウィルは、以前屋敷の使用人ホールで、マイヤと交わした会話を思い出している。

「えと……一生面倒を見る?」

 ウィルはおそるおそる言った。
 正直、何を責められているのか分からなくてウィルは困惑している。

「正しくは、『一生世話をする』だ!」

 マイヤは、言葉の細かいニュアンスを訂正をした。

「ソフィアと一緒に草原に出て行ったりしないよな? おまえはこの屋敷のご主人さまなんだから、ずっと屋敷にいないといけないんだぞ! オレはおまえの犬だ。犬を飼うにも責任がともなうって言っただろ。世話をするって言った以上、おまえは毎日オレの頭でてくれないと駄目なんだぞ!」

 マイヤは、少し瞳を湿らせながら、そう迫ったのである。

「あ、あのね。屋敷を出て行くつもりなんかないよ。だいたい、そんなことトリスが認めないよ」

 ウィルは少しあきれたようにそう答えた。
 トリスの支配システムは、すべてウィルが屋敷の中心にいることを前提としているのであった。
 現実問題、いまのウィルにそんなことができるはずがない。

「でも、おまえ、本当に欲しいものを見つけたときはちゅうちょがないだろ? オレ、おまえのそういうところ心配なんだよ……」
「心配性だなあ。だったらマイヤ、今晩、部屋に来てよ。ソフィアも来るよ」

 ウィルは、マイヤにも伽を命じたのである。





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