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第三十二話「内覧会」
マルク家の屋敷の内覧会は大盛況であった。
辺境領の屋敷でしかも一万ドラクマと高額の参加料をとったにも関わらず、三日間に渡りぶっ通しで開催してなお対応できないほど客が殺到して、机の上に積まれた申し込みの封筒の山にウィルは唖然としたものだ。
豊かな中流階級が想像以上に勢力を増しており、なんとか貴族社会に食い込もうとする新興成り金にとって、どうもマルク家の内覧会は渡りに船であったらしい。
選考に漏れた応募者からは、すでに次回開催の要請まで入っているほどの人気ぶりであった。
(うん、悪くないんじゃないかな?)
伯爵家の令息は大きな鏡に自身の姿を映して、仕立て直したズボンの履き心地に満足そうな笑みを浮かべ、自身の濃い黒髪の髪を櫛で整えながら、最終確認を行なっているところである。
今回のホスト役として一番大切なことはいかにも貴族らしく見られることで、正装をして背筋をピンと伸ばして落ち着いた立ち居振る舞いをすれば、それだけで十分であることに自信を持ち始めていた。
だが、華やかさではウィルよりも少しだけ背の高い女性に大きく見劣りすることを認めないわけにはいかない。
ウィルの隣では、白いドレスを着たムーア家の子爵レベッカが鏡の前に立ち、癖一つない金糸のような長い髪を客間女中フローラに後ろから梳かせているところであった。
「それにしてもレベッカ、本当に良かったの? 部屋で寝てても良かったんだよ?」
実のところ、マルク家に囲われている没落寸前の子爵家の女当主と対面できることが目玉の一つのように扱われているのだ。
客人たちはレベッカを一目見たいと思うだろう。
「姿を見せないのは負けたみたいで嫌よ。潰れかけの貴族でも正々堂々としているわ。中流階級に舐められてたまるものですか!」
ウィルの言葉にレベッカは反発するように答えた。
いまのところ、小麦価格は三十八ドラクマ。
あと八ドラクマ。期限は残り十日。伸るか反るかの境目である。気が気でないだろうに――
「レベッカさま、髪のセットが終わりました。いかがでしょうか?」
「あら、ありがとう。悪くないわ。良い腕してるわね」
レベッカが鏡を見ながらそう応じると、後ろに立つ少し背の低いフローラは、はにかんで笑った。
(レベッカの世話ができてフローラが嬉しそうだな。侍女になることに憧れているって言ってたもんね)
こうして二人を見比べてみると、性格や雰囲気はまったく違えど、色白で同じ金髪ということもあって容姿の系統はとてもよく似ているように思えた。
レベッカの美貌がどこか人を寄せ付けない冷たい貫禄があるのに対し、フローラの方は客間女中向きの人好きする可愛らしさがあるだろう。
「レベッカとフローラって、なんか姉妹みたいだね」
「屋敷の女中たちがそう噂をしているのを耳にしたことがあるわよ。わたしの方が年下なんだけど、なぜか姉側だと思われているみたいね。老けていると言われているようで嫌だわ」
「レベッカさまは老けてなどおりません!」
ふんすかと鼻息荒く否定するフローラに、レベッカは気を良くしたように口角を上げる。
「そもそもわたしは次女なのよね」
「あら、ムーアのご当主なのですから、てっきり長女であらせられるのかと……」
「侯爵家に嫁いだ姉が一人いるの。姉は当主向きの性格ではなかったからチルガハン侯爵家に嫁いだってわけ。そのころにはもう家計が火の車で、持参金なしだったものだから立場が弱くて先方との関係が難しくなっているらしいわ。おまけにいよいよ実家のムーア家まで没落となったら――」
レベッカはふうっと暗い溜息をつきながら内心を吐露した。
「その……ほかの女中たちがわたしのことレベッカさまの妹のようだと噂するのって、わたしのほうが背が低く、頼りにならないと思われているせいなのでしょうか?」
金髪の客間女中はわざと少し拗ねるような口ぶりで話題を戻し、場の空気を和ませた。
「フローラのことは頼りにしてるよ。内覧会ではフローラに張り切ってもらわないとね」
「はい!」
ウィルの激励にフローラは華奢な拳を握って応じたのだ。
‡
伯爵家の領地の屋敷に、大勢の中流階級たちが列をなして押し寄せ、女中たちがひっきりなしにその対応に動き回っていた。
「お客さま、お待たせしました。さ、どうぞ、こちらに」
その言葉を口にしたのは今日何十回目だろう。金髪の客間女中が人当たりの良い笑みを浮かべて客人を案内する。
人手が足りないため普段屋敷の表側で見かけることのない十二人の家政女中までもが接客を務めた。ヘンリエッタ以外ウィルもほとんど面識がない。
料理人のリッタも朝から晩まで休む間もなく料理を作り続け、大忙しである。
マイヤも今日ばかりは調理女中となって腕を振るっている。調理場は特に熱が籠もるのか、休憩時間にはバケツに足を突っ込んでへばり、舌を出すようにして呼吸をしているほどである。
当然ウィルも忙しい。
応接室で簡単な挨拶を済ませ、晩餐室で肩の凝る食事をとりながら談笑する。舞踏室でやってきた中流階級の令嬢たちと一曲踊った。
一時間あたりざっと五、六人のゲストと入れ替わり立ち替わり話をして、ダンスの相手まで務めなければならない。
マルク家の備品にも羨望の視線が注がれた。
勿体ぶって貴族家の歴史について語ってやったり、何が楽しいのか壁にならんだ貴族家の家系図や肖像画の説明をしてみせると、訪れた客人たちは意外なほど熱心にそれに聞き入ってくれた。
見るだけでは収まりのつかなくなった中流階級たちにはトリスが仲介した。贔屓にしている商人を呼んでおき、仲介料がマルク家の懐に入る仕組みである。最も多く契約の交わされた品目は一番手軽な数万ドラクマの肖像画の製作であったという。
一方、自分の娘を娶せたいと望む親子連れにはギュンガスの出番である。
「さ、ウィリアム様。お次はあのトカゲ顔の令嬢のドレスを褒め上げてきてください」
ギュンガスに耳打ちされてそちらを向くと、爬虫類のように目のギョロリとした女性が、ぎこちなくウィルに微笑みかけていた。
ウィルはその衣服を見て、やや引き攣った表情でさっと手をあげて微笑み返してやる。
令嬢は異様なほどスカートの裾をふくらませた流行遅れのクリノリンスタイルのドレスを着けていたのだ。
なんでも、このスカートの膨らみが家を背負う女性としての重々しさや母性を象徴しているとか。
いま貴族たちの流行は腰の後ろだけを盛り上げて蟻腰を強調したバッスルスタイルであり、上流の社交界への出入りがないと、こうした流行遅れが起こりえる。
「ねえ、ギュンガス。スカートをふくらませるにも限度があるよ?」
「だからこそです。本人がもの凄く気合いを入れているのですから、否定するのは絶対にダメです」
(でも、どうやって接客したら良いものか……)
クリノリンスタイルのドレスには劇場に行ったものの、スカートが邪魔で座れなかったといった類いの笑い話がたくさんあるくらいだ。
ウィルも困っていた。
一曲踊ろうにも、あのように大仰なドレスだとスカートが邪魔で踊れないだろう。テーブルに案内しようにも、部屋に置いてある肘掛け付きの椅子には座れない。
ふと見るとトカゲの令嬢が酸欠のようにあっぷあっぷしていることに気がつき、令息は声をかけることにした。
「顔色が悪いですよ。座りませんか」
「で、ですが――」
本人もこんなドレスでは座れないことが分かっているのだろう。
「実を言うとわたしも、ちょっと疲れました」
ウィルはそう言ってにっこり微笑んだ。
そして使用人が使うような丸椅子を二脚持ってこさせ、自分はそこに腰掛け、その手前に少し距離を離して置いた。
「フローラお手伝いをしてさしあげて」
「はい。ご主人さま。お嬢様、失礼します」
金髪の客間女中は床に膝をつき、椅子をドングリのようにふくらんだスカートの中へとくぐらせた。
すると令嬢は丸椅子の上に座って、ほっと一息をつくと、安心したように微笑む。自然な表情で笑うと随分と見られる顔になった。
「ありがとうございます。ウィリアム様。侍女のかたも」
「侍女だって。よかったね。フローラ」
厳格な家庭に生まれたフローラは十分な礼儀作法を身につけており侍女として雇われていてもおかしくはない素養があるが、女中服を着たフローラを侍女と間違えようはずがない。罪のないお世辞であろう。
「まあ。ご主人さま。黙っていてくださっても良かったのに……申し訳ありません。わたしは侍女ではありません。ただの客間女中ですわ、お嬢様。それではお楽しみください」
フローラはにっこりと微笑んだのち、ぺこりと頭を下げて次の接客へと向かって行く。
「フローラは侍女になるのが夢ですから、間違えられたのがきっと嬉しかったんですよ」
「まあ、なんて可愛らしい人。うちの気の利かない女中とは大違い」
ウィルがふと部屋の隅に目をやると、令嬢の連れてきた影の薄い女中が羞恥に肩を震わせていた。
いきなり歴史ある爵位持ちの屋敷に連れてこられて、いつもと勝手が違い、隅っこに控えているしか出来なかったのだろう。
「いえ。こういうときに女中を責めても仕方がありません」
「そう……ですね。つい女中のせいにしてしまいました。わが家が悪いのですわ。山出しの田舎者ですから、本当は伯爵様のお家に来るのも足が震えてしまって」
(へえ……)
令嬢は顔に似合わずに、意外に心根は率直で大らかなようであった。
「もしよろしければ、うちの女中で気に入ったものがいらっしゃったら、勧誘していただいても構いませんよ。礼儀作法を弁えた女中が一人いれば屋敷のなかは随分と変わってくるものですから」
ウィルは、もし望まれたなら十二人いる家政女中の誰かに話を持って行こうと思っていた。
いま屋敷にいる家政女中に厳命された伯爵の指示は以下のとおり。
女中は決して、階上の世界の主人の目につくところに出てきてはならない。
女中は決して、主人のいるまえで口を開いてはならない。
女中は必ず、主人がいないときに完璧に掃除を済ませていなければならない。
もし、この命令を無視するように指示を出せば、伯爵に逆らったと解釈されることだろう。
伯爵家のなかで家政女中の労働条件だけが悲惨なことになっている。
ならば、いっそ譲り渡してしまえと思ったのだ。
代わりに新しく雇った女中には、ウィルのやりかたでやってもらうつもりである。
それならば、辛うじて伯爵に直接逆らった形にはならないだろうと踏んだ。
令嬢はしばらく思案してから口を開く。
「……正直、喉から手が出るほどほしいのですが、うちに来ませんかなんて言ったりして、失礼にあたらないかしら」
「仲介料はいただきます。それと女中にはぜひ好条件を。それさえお約束していただけるなら全く失礼にあたりません。貴族はこういう金勘定のところ、わりとちゃっかりしているものでして」
ウィルが人の悪い笑みを浮かべると、令嬢も釣られて笑った。
「もし、ご興味あるなら、詳しいことはそちらにいる女中長のトリスに」
「なんなりとご相談ください」
トリスが黒いスカートの裾を持ち上げて優雅に一礼した。
「まあ、どこかのご令嬢かと思いました。マルク家は女中長までお綺麗なのですね」
たしかにトリスは飛び抜けて美人だが、一目で客か使用人かの区別はつくであろう。
「いいえ。とんでもないです。裏方の女中長で失礼でなければ」
なかには、どうしてもうちの娘をと迫ってくる中流階級もいる。これだけ成り上がりものが集まれば身の程知らずも出てこよう。
「ウィリアム様。なにとぞ! なにとぞ、うちの娘をウィリアム様の伴侶に!」
脂ぎった親父がウィルの足元に縋りついてくるのだ。
「パパ! お願いだからもう止めて! 恥ずかしいわ!」
それをそばかす混じりの赤いドレスの令嬢が、父親をひっぺがそうと後ろから、ううんと引っ張っている。
かなりの醜態である。それに巻き込まれるウィルもたまったものではない。
「あら、ウィリアム様。どうなさったの?」
しつこく言い寄ってくる客には、レベッカの出番である。
ウィルの屋敷に逗留しているレベッカを紹介すると、まず中流階級はその容姿の美しさに見惚れる。
レベッカの役目はというと――
「まあ、わたしとウィリアム様が結婚? まさか! 潰れかけの子爵風情では大貴族の後継ぎたるウィリアム様とは釣り合いませんもの。あら、あなたはウィリアムさまの足にしがみついて、なにをなさっていらっしゃるのかしら?」
中流階級に身の程を弁えさせることであった。申し訳なさを感じないでもなかったが、これが一番てっとり早いのである。
一人片付いて椅子に座ったのも束の間、そっと耳元にギュンガスが囁きかけてきた。
「今日の超大物はさきほどの鉄道主のご令嬢くらいですので、あとは気楽にやってくださって結構ですよ」
「鉄道主……?」
「はい。さきほどのトカゲのお嬢様です」
「言ってよ……」
対応を間違えなくて良かったと、つくづくほっとした。
このクラスの中流階級は下手な上流階級よりもよほど力を持っているだろう。彼らに足りないものは家柄や爵位といった箔づけだけである。
「とは言っても、あとの参加者もかなりの大金持ちなんですが――なんというかあとは見れば分かりますよ。ああ一人、重要人物が残っていましたね」
ギュンガスの言葉通り、次の集団は少々の不作法は気にしないウィルが呆れるほどの山出しの成り金であった。
「なあ。姉ちゃんいくらだ? 一万ドラクマでやらせてもらえんか?」
「こ、困ります。お客様……」
客間女中の左腕が乱暴につかまれており、かなりの押し問答があったのかフローラの顔は青ざめている。
周囲の参加者たちも迷惑そうにしているが、誰も止めようとはしない。中背の男の頭は禿げあがり、腹はなにか詰め物でもしているのかというくらい肥えてふくらんでいる。
「胡椒の商いで財をなした船主です。マルク家もときどき利用しますから穏便にお引き取りしてもらってください」
様子を見に来たウィルの耳元でギュンガスが囁いた。
「船主ということは小麦の商いも扱っているよね?」
「最大手です。ソフィアの妹を探すなら、ぜひ先方に気に入られてください。女中の一人や二人くれてやればいいじゃないですか」
ギュンガスの言葉にウィルは眉を顰めた。
フローラをあの下品な船主に抱かせてやるつもりはない。
だが、船主を怒らせないようマルク家の勢力に取り込むのはなかなかの無理難題だ。
「お客様。困りますよ」
ウィルがそう言うと、中背の禿頭はさもいいところを邪魔されたという表情を浮かべ、フローラの腕を離した。
「ちぇ、いいじゃねえか。金ならいくらでも出すぞ。五万ドラクマか、十万ドラクマか。大丈夫。俺は上手えから。天国に昇らせてやるって」
たしかにそのくらい出せば、フローラ並の容姿を備えた高級娼婦を一晩買うことができるだろう。
だが、ウィルはきっぱりと答える。
「いいえ。お客様。うちの女中は娼婦ではありません」
成り上がりの船主はきょとんと、初めて金で買えないものを見つけたような顔をしていた。
「んな。こんだけ美人を揃えておいて生殺しみたいだぜ。あんただって手くらい出してんだろうが? それとも、歳が若すぎてまだ女を知らないってのか?」
この下卑た笑いを浮かべる小太りの中年をたたき出すのはソフィアを使えば簡単であろう。
だが、年若いと舐められたままにしておくのは癪に障った。
「わたしも、ときには女中に手を出すこともあります」
ウィルは客人たちのまえでフローラの両肩の少し下あたりを両手で包んだ。そうすると、フローラの体が震え、わずかに色っぽい吐息を漏らす。
滲み出した金髪の乙女の色っぽさに、周囲の客人たちからは「これは美しい」という感嘆の声が上げられた。
「――ですがみなさまは、客の誰にでも伽を提供するような女中を雇いたいと考えるでしょうか。そんな女中の手で整えられたベッドで眠るとしたら、そこはもはや領主の屋敷ではなくただの売春宿です」
ウィルの言葉は率直で容赦がなかった。
「もしわたしがこの女中に手を出すとしたら、その後も屋敷に継続して勤められるよう取り計らわねばなりません。特にこの子などは敬虔な信徒ですから、その後も彼女の誇りや世間体に傷がつかないよう心を砕かねばなりません。とても高くつきますが、どうしても手折りたいなら手を尽くすしかありません。そうでもしないと女中の花を散らせた後の忠誠は買えませんから」
言っていることの大半はトリスの受け売りであるが、ウィルの血肉になっている考え方でもある。
「ふうん……女中を抱くってのはかなり面倒なんだな」
客の誰かがそう口にした。
「ええ。そのとおりです。女中の質は教育に費やした労力に比例するといいますが、なかでも女中にお手つきをするのはマルク家ではとても手間のかかることなのです」
そういうことにでもしておかないと、明日から色情狂という評判が立ってしまいそうだった。
「……だが、それでも魅力的だ!」
また客の誰かが断言した。
女中を雇うというのは、いまの時代の中流階級にとってのステータスなのだ。中流階級の条件とは、最低一人の女中を雇っていることである。
「ちょっと質問したいのだが……いいだろうか」
いまこの場にいるなかで、燕尾服をぴしっと着こなした紳士然とした男が声を発した。
いかにも我慢できないといった感じで口許をむずむずとさせている。
「どうぞ」
ウィルは即座にそう答えた。
「そこな女中に問いたい。もしあなたの主人に伽をするよう求められたら、あなたはどう応じるだろうか? わたしの知るなかで最も主人に手塩にかけられた女中が、主人の愛情にどう答えるかが知りたい」
(いや、手塩にかけて指導したのはトリスであって、ぼくではないのだけど……)
ウィルの思惑をよそに、燕尾服の紳士も含め周囲の客人たちは、固唾を飲んでフローラの返答を見守っている。
金髪の客間女中は完璧に躾けられた貴族家の女中ならどのように反応するかという、新興成り金たちの好奇と期待の視線に晒されていた。
「――えっ、と……」
フローラはその雰囲気に圧倒され、背中をウィルの胸に預けた。振り返ってウィルの指示を仰ぐ。
「フローラ。思っているまま答えなさい」
フローラなら、きっと結婚まで貞操を守ると言って客人をがっかりさせるかもしれないが、それでも仕方ないとウィルは思ったのだ。
ふと、ウィルはフローラの肩から肘にかけて優しく触れたままであることに気がついた。
フローラは少し俯いて顔を赤らめている。
これだとまるで、主人に促され空いている一室に誘導される女中のようだ。
おまけにフローラの口許には、柔らかい笑みがたたえられているのだ。
「こうして肩を触れられるだけで、なんでも許してしまいそうな気分になってしまいます。伽をお断わりする選択肢は考えられません。ご主人さまに身をお任せして悪いようにならないことが分かっていますから。この屋敷の女中たちなら誰しもそう思うのではないでしょうか……?」
フローラは、ウィルにとっては予想外な――客人たちが望む以上の返答をしたのだ。
それを聞いて、成り上がりの船主は軽く口笛を吹いて降参とばかりに両手を挙げた。
「まいった。俺は船と女の扱いの上手いやつは尊敬することに決めているんだ」
そして海の男らしく豪快に笑った。
荒らくれの船乗りたちを統率する船主に認めさせたのは――船が女性名詞であるからだろうか――ウィルの女の扱いのうまさであった。
「どうすればマルク家のような女中を雇うことができるだろうか。いっそマルク家の女中をお譲りいただくことはできないか」
「わたしは手ずから自分の女中を育て上げたい!」
ほかの客人からも次々と声があがった。
客人たちの眼差しは、ウィルに対する尊敬と羨望で満ちていた。
「マルク家の女中をお求めなら、ええと女中長に……、トリス! お客さんに説明してさしあげて!」
第三十二話「内覧会」へのコメント:
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