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第二十九話「ミルクメイド」

「ご主人さま。百名の移民の構成は、主に新婚夫婦とその親類から成っているようです。ヨハネ男爵のお手つきにあった新婦が十名、同じく新郎も十名です。残り八十名はその親類です」
「そのうち妊婦が十名ほど。一児の母になった女性が十名ほど。これから結婚適齢期を迎える少女三十名ほどが混ざっています」

 そう、リサ・サリが報告してきた。

「うん。分かった」

 お手つきがあってしかも妊婦か。ウィルはそう嘆息した。
 いま、低い机を挟んでカヤックと向かい合っていた。
 ウィルは、一応、確認をとる。

「いいの? 新婦のうちの何人かは妊娠しているらしいよね? ということは、高確率であれらは君の――」
「はっはっはっ。子は神からの授かりものというではないか。俺は一発やって飽きたから、あとはおまえの好きにしていい。ほかに行き場のない女は、本当にぱかっと股を開くぞ」

 返ってきたカヤックの言葉は最低だった。

「着の身、着のままの半農奴の待遇であって、そんなにいい暮らしはさしてあげられないよ」

 文明的な生活をさせることが前提なら、その数を受け入れるのは不可能だ。
 泥にまみれるように農場で働き、軒先を提供して麦わらで寝かせる、そんな暮らしである。
 伯爵家は、数人の女中を、雇うかクビにするかで悩んでいたのだから。

「……真面目な話、うちの領土、両陣営の中央にあるだろ? 戦争が起きたら真っ先に荒らされるだろうな」

 カヤックがぼそりと呟いたのだ。
 国の東端のマルク領に預けておけば大丈夫というわけだ。

「まあ悪いようにはしないよ。分かっていると思うけれど、父さんには内緒だからね」
「分かった。恩に着る」

 結局、ぞんざいに追い払ったギュンガスを再び呼び戻すことになってしまった。
 ギュンガスは、ソファーのウィルの横に座り、赤毛の眉のあいだを親指で押さえながら、真剣な表情で、羊皮紙に書いた条文を読んでいる。
 人の身柄を扱うことにかけて、この従者ヴァレットの右に出るものはちょっと思いつかなかった。
 やがて赤毛の男は、「うん」とうなずいた。どうやら完成したようである。

「では男爵。領民をヨハネ家から追放する書面に同意していただけますか?」

 ギュンガスが、そうカヤックに促す。

「分かった」

 カヤックがすらすらと書類にサインをする。
 これがいざというときのための言い逃れの証拠となるのである。

「ぼくがサインする場所はある?」
「いいえ。ウィリアム様は一切関わっていないことにしましょう。あとの責任はわたしが負います」

 マルク家は刈り入れ時期になると、毎年、追加で千人ほどの出稼ぎを雇い入れる。
 そのまま領内に定住してしまったことにすればよかった。

「悪いね」
「そう思われるのでしたら、できれば次回からお話にお加えください。わたしはウィリアム様の従者ですから」

 ウィルは、ギュンガスになにか言い返せないかと考えたが、結局なにも思いつかなかった。
 だが、これでもう一つの問題が解決しそうなのである。
 ウィルは、移民の手続きを進めながら、ケーネと交わした会話を思い出していた。


   ‡


 酪農デイリー部屋ルームに足を踏み入れると、そこは濃厚なミルクの香りで満たされていた。
 ここでは乳製品作りが行なわれているのである。
 内覧会では大量の乳製品を消費することになる。準備が順調か様子を見ておきたかった。
 部屋の奥では、白いマスクをつけた二人のきゃしゃ酪農デイリー女中メイドが、額に髪を貼りつけながら大量の牛乳の入った大鍋をかき混ぜていた。
 ウィルと同じくらいの年齢の年若い少女たちで、二人とも金髪と黒髪を肩のあたりで切り揃えている。
 酪農女中は、ミルク女中メイドとも呼ばれ、この役職につく女中には、清潔感があり清楚なイメージが持たれている。
 部屋のなかの調理器具は、いつもぴかぴかの銀色に磨き上げられている。
 ここは、風邪を引いたときには屋敷の主人であろうとも立ち入りが禁止されている空間であった。
 衛生条件が整っていないと、きちんと乳製品を発酵させることは難しいからだ。
 そのためか酪農部屋は、屋敷の中でもっとも清潔な空間でないといけないとされていた。

「あ。ウィル坊ちゃま」

 こちらに気がついた二人の酪農女中がぺこりと頭を下げてきた。

「ケーネは?」

 ウィルはそうたずねた。

「牛小屋にミルクを絞りに行っています」

 黒髪のほうの女中が答えた。
 屋敷で一番清潔な場所と、きゅうしゃを往復するためか、酪農女中には、清潔さや清らかさと牧歌的な情緒をあわせ持ったイメージがある。
 去り際に、後ろからお尻をでると、

「ひゃっ!」「やんっ」

 そう二人の女中は悲鳴を上げたのであった。
 酪農女中は、ほかの女中よりも少し純朴なところがある。
 清純な少女の尻を撫でるのは少し胸が痛まないでもなかったが、これからのつき合いを考えると、お互いが男と女であるということは意識させておいたほうが良い気がしたのだ。
 ケーネは牛小屋にいた。
 マルク家に勤める酪農女中ケーネは、癖一つない漆黒の髪ブルネットを背中に垂らしながら、細く白い指先で、人の男性器ほどの長さのある牛の乳首をぎゅっぎゅとしぼっているところであった。
 黒髪の酪農女中の絞り方が良いのか、びゅっびゅと飛沫をあげるように凄い勢いで銀色の器の内側にミルクがたたきつけられている。
 よく見ると、毎日乳しぼりを繰り返すケーネの親指と人差し指の付け根には、搾乳ダコまでついているのだ。ウィルがやってもこうまで上手く出まい。

「凄い勢いで出てるね?」
「あ、ウィル坊ちゃま」

 陽の光の似合いそうな快活な笑顔を浮かべて、女は頷いた。
 優しそうな黒い眉毛と黒茶色ブラウンの瞳、白い鼻筋はやわらかく透き通っている。

「この子たち、すごく体調が良いみたいなんです。しばらく食事を多めに与えて頑張ってもらうつもりです」

 そう語るケーネは、代わりに自分のものを絞ってもいいのではないかと思うくらい、乳房が大きい。
 そして白い健康的な肌をしている。
 ケーネは世間が期待する酪農女中の特徴を全て兼ね備えていた。
 黒髪に豊満な乳房、容姿の特徴はトリスによく似たところがある。
 トリスほど背が高くはないので、身体のバランスに比べた胸の大きさが際立っているかもしれない。
 笑顔にどこかお日様の匂いをただよわせている。
 トリスには屋敷の権力の影にそっと寄り添うような日陰の魅力があるのに対し、ケーネは日向のもとの健康的な清らかさが魅力の酪農女中であった。

「忙しかったらソフィアを手伝いに行かせるからね」
「はい。とても動物の世話が上手だし、力持ちだから助かっています。わたしも結構力あるほうなんですけど、ソフィアさんには敵いません」

 ケーネはそう言って、華奢な腕で力こぶを作ろうとして見せた。
 力持ちのソフィアは、ときおり、屋敷の女たちが大変そうにしている力仕事を手伝いに行くのであるが、酪農女中の重い牛乳運びを手伝うのは、ソフィアの日課に近かった。

内覧会オープンハウスの乳製品はケーネに任せたよ。これからもずっとケーネをアテにしているからね」

 ウィルは、わざわざその一言を告げに来たのである。
 当然、ケーネは頷いてくれると思った。
 しかし、黒髪の女性はじっと上目遣いにこちらを見つめながら、首を縦に振ろうとしないのである。

「あの、実家から嫁入りの話が来ておりまして……」
(うわあ……)

 ウィルは天を仰いだ。
 ケーネは器量が極めて良く、てんしんらんまんで、気立ても良い。正統派の美女である。
 いままで嫁入り話がなかったのが不思議なくらいであった。

「相手はお医者様だそうです。わたしももう二三歳ですから大いに悩んでおります」

 そういって、ケーネは白い両頰に手をあてた。
 屋敷の表の空間できゅうをする客間パーラー女中メイドと、清楚なイメージの強い酪農女中は、められやすい女中のそうへきである。
 いかにして女中の嫁入りを阻むか。トリスの方針はシンプルである。
 『そうなるまえに犯してください』ただそれだけである。
 それが、『どうして、もっと早く犯さなかったんですか』という主人を責める声に変わるのかもしれない。
 ウィルは、木陰にケーネを呼んで、二つある切り株の片方に腰を下ろした。
 ケーネはもう片方の切り株に腰を下ろすと、乳女中特有というべきかどこか乳くさい甘い匂いがした。
 目の前の豊満な胸は大きな曲線を描いている。
 トリスと違い、あくまで外見はウィルと同じくらいのたけの華奢な女性なので、なおさら胸の大きさが強調されることになり、つい手を伸ばしそうになる。

「ケーネ、ぼくは君の仕事をとても高く評価している」

 ウィルはそう切り出した。
 事実、マルク領の自家製の乳製品――新鮮な牛乳だけでなく、ヨーグルトにチーズやバター、生クリームなどは大層評判がよい。
 それを作り出すケーネを失うのは、屋敷の評判の点ではなはだ都合が悪い。

「できるだけ長くこの屋敷に勤めてほしいと考えているんだ」
「そう仰ってくださって、とても光栄です」

 にこりとほほむ。
 ケーネの自身の膝の上に重ねられた指は白く、赤切れ一つ無い。
 毎日、牛乳に触れているせいか、肌がすべすべしておりが細かい。
 顔から首にかけての肌も健康的に白く、色っぽい。うずめて匂いを嗅ぎたいくらいである。

「まだ、結婚を決めたわけではないんだね?」

 ウィルが慎重にそう訊ねると、ケーネはこくりと頷いた。

「先方はわたしのことをとても気に入ってくださっているのですが……あの、わたしにはこのお屋敷でかなえたい夢があるんです」
「夢……?」
「でも、どんな夢かを話せばきっとお笑いになるでしょう」

 乳女中のケーネが叶えたい夢、純真な夢だったらいいなとウィルは思った。
 こういうときは、とにかくしんな態度で勝負するしかない。
 ウィルはケーネの手を握り、

「ぼくは、どんな夢だって笑ったりしないよ。ぼくにできることなら、なんだって協力するよ」

 そう力強く言い切ったのだ。
 すると、ケーネは少し俯いて顔を赤らめた後、

「わたしは、人の母乳で乳製品作りに挑みたいのです」

 そう呟いたのであった。

「は? 人の母乳?」

 思わずケーネの大きな乳房の膨らみをまじまじと眺めてしまった。

「はい」

 結婚適齢期の女は、赤い顔でそう頷いた。
 笑いはしないが、かなり気分が引いてしまった。

「一四年前、九歳のとき、わたしはウィル坊ちゃんがトリスさまの母乳を飲むお姿を拝見しました」
「え?」

 ウィルは、目の前の女性が自分が記憶のない時分の話をすることに戸惑った。

「あんまりにウィル坊ちゃんがしそうにお乳を飲んでいらっしゃるものだから、わたしもトリスさまにお願いしたんです。わたしにも一口飲ましてくださいって」
「飲ましてくれたの?」
「はいッ! わたしのような平民の無礼な申し出に、トリスさまは嫌がる様子もなく応じてくださいました」

 そのときに、目の前の黒髪の女性は、道を踏み外したらしい。

「驚くほど味が濃厚でした。とっても甘かったんです。あれは、わたしの一生を左右するほど衝撃的な体験でした」

 ケーネは白い喉を押さえて、うっとりとためいきをついた。

「実家がチーズ職人をやっていたこともあり、いつか人の母乳で乳製品を作ってみたいとトリスさまに言ったのです。そうしたら『マルク家の女中になり、ウィル坊ちゃまにお願いしなさい。必ずあなたの夢を叶えてくださるでしょう』と仰られ、数年後にマルク家の門を叩きました。わたしは酪農女中になったのです」

 かなり予想外というか斜め上の展開である。

「あの……。思ったんだけどケーネ。結婚して、その……自分のおっぱいを使ったらダメなの?」

 ウィルは引き留めていたことも忘れ、ついそう訊ねてしまった。
 すると、ケーネは自らの胸の重さを量るように両手で鷲づかみにした。清純な女性がそんなポーズをとったので、ウィルはとても驚いた。

「乳製品作りには、せめて牛一頭分のミルクがいります。牛一頭分の母乳を出すには、三十人は母乳を出す女性が必要でしょう。そのような大量の人の母乳を集めようとしたら貴族のお屋敷を頼るしかありません」

 どうやらケーネは人間の母乳を使って、想像以上に本格的な乳製品づくりを行ないたかったようである。

「農場で、母乳を提供してもらうよう依頼を出すので大丈夫かな?」

 ウィルは、ケーネってちょっとヤバい女性なのではないかと思いつつ、そう訊ねた。
 農場にはがたくさんいる。マルク家が母乳を買いあげるといえば集まるだろう。

「当面はそれでもよいのですが……。母乳の味は食べるものや、体調によって大きく変動します。ご存じだと思いますが、貴族家の乳母ナニーは、母乳の量を増やすために毎晩、ジョッキ数杯の麦酒を飲むことまで推奨されています。わたしは管理の徹底した人の母乳を扱いたいのです」

 ケーネはそう言って、さきほどまでいた牛舎を指差した。

「牛乳の質を維持するため、わたしは牛たちのフンを毎日観察しています。職業的にきちんと管理するなら、同じように屋敷の母乳の出る女性の寝室用便器チェインバーポットの中身を観察したいところですね」

 ケーネという女性がかなりの変人だということが疑いようのないものとなった。
 トリスの薫陶によるものかもしれないが、普通の人間ではそこまで徹底することなんてできやしない。

「ウィル坊ちゃまが、わたしの望みを叶えてくれるならば、この身を一生ささげます」
「それは僕の女になっても構わないということだね?」

 ウィルは、戸惑わずにそう問いかけた自分自身にむしろ戸惑った。

「……はい。わたしなどでよければ」

 ケーネは赤く染めた頰を押さえてそう頷いた。
 目の前の女の身体はたしかに魅力的だが、実現の可能性を検討してみて、たちまち少年は首を振ることになる。

「うーん、三十人分の母乳というのは無理だと思う。屋敷に三十人の出産した女性がいる状況はちょっと想像できない」

「ウィル坊ちゃまなら、何ダースもの女中を孕ませることも可能でしょう。そういう貴族家のお屋敷もあると耳にしたことがあります」
「あ、あるにはあるけど……」

 ろくな貴族教育も受けてない若い男が、なにかの拍子で貴族家を継ぐことになり、手当たり次第に周辺の女に手をつけ孕ませたという事例はいくつか聞いたことがある。
 だがこの屋敷において、女中は妊娠することがないよう女中長トリスの手により徹底的に管理されているのであった。

「ウィル坊ちゃんの子を妊娠した女性でなくても構いませんので。必要なのは上質な乳を出す女の数が揃うということです。牛一頭分、三十人分の母乳をお与えください」
(あ、これ、人間牧場的なやつだ。それもかなりガチめの……)

 原理主義者である。
 こんなに美人なのになんともったいない。
 世の中、いろんな女性がいるものだ。もうウィルはそう思うしかなかった。

「当面は一人、採乳してよい女性をご紹介いただけませんか? ノウハウの蓄積が必要だと思うのです。わたしの望みを叶えていただけるなら、わたしは何の迷いもなく一生、このお屋敷にお仕えします」

 マルク家の乳女中はそう言い切ったのだ。


   ‡


 いまのところ屋敷には母乳の出る女はいないが、乳母を雇うかそれとも出産した女中を雇えば済む話かもしれない。
 領地の屋敷について予算不足も解消しつつある。不可能な話ではない。
 そしてケーネが三十人分の女の母乳が欲しいなら、カヤックのお手つきにあった女から買いあげれば済むのである。
 人の母乳で乳製品を作るなど、もし変にうわさが広がれば気味悪がられ、マルク家の悪評に繋がりかねないが、ほかに行き場のない女たちならば秘密も厳守させられるだろう。
 ソファーに深く身体を沈めながら、そうウィルは判断した。

「ああ。ウィル。ちょっと、ケーネの手伝いに行ってくる」

 ふと窓の夕日を見やり、そうソフィアが言った。
 夕方の家畜の世話があるのだろう。
 べつに手伝いにいかなくても誰もとがめたりしないが、遊牧民は基本的に働き者なのである。
 遊牧民族であるぎんろうぞくにとって、酪農女中の仕事は、ほかの屋敷の仕事に比べてずっと親近感があるのかもしれない。

「ん。ウィルの世話はオレに任せろ」

 マイヤが勝手に同意を与え、ソファーの後ろから抱きついてきた。
 銀髪の少女が部屋から出て行く寸前、

「ねえ。ソフィアから見てケーネってどんな人に見える?」

 ウィルはふと思いついてそう訊ねてみた。
 すると、

「どんな人って難しいな。わたしは草原の民だから、農耕の民の価値観はわたしに分からない。だが、ケーネはああ見えておそろしく頑固だな。ときどき家畜の世話でやりかたが違うときがあるのだが、ケーネは絶対に自分の意見を曲げたりはしない。きっと死ぬまで曲げないのではないかな」

 ソフィアは首を傾げるように溜息をつきながらそう言って、部屋を後にしたのである。
 何か、意見が合わない部分があったのかもしれない。
 ウィルもケーネに、酪農女中にならなければ、きっと修道女になったのではないかと思うくらい、どこか性格に教条的な部分を感じた。
 まあ、手間はかかるが枝葉の話である。なんと言っても乳製品の質は貴族家のプライドを示す部分が大きい。
 変人であろうと、一流の腕をもつ酪農女中を屋敷に留め置けるなら、なんの問題もない。そう結論づけたのだ。
 問題に一つ糸口を見つけて気を良くしていると、

「なあ。ウィル。そのまま聞け」

 急に、マイヤが息を潜めて、ウィルの首根っこに齧りつくように、耳元にささやきかけてきたのだ。

「いまならリサ・サリは、助平男爵とソフィアの監視でいない」
「え? うん」

 マイヤの言葉に耳を傾ける。

「このまま望みどおりにソフィアを手に入れたなら、ウィル、その後、おまえはどうするつもりなんだ?」
「え? どうするって?」
「ソフィアと結婚するにも特別な愛人にするにも必ずトリスが反対する。トリスにとっての女中とは主人の道具にすぎないからな」

 ウィルはその点については深く考えないようにしていたのだ。正直、後で考えればいいやと。
 適切な言葉が思いつかず、溜息をついた。

「ソフィアは銀狼族の戦士といっているが、生き残りの少数民族に必要なのは子孫を残すことだよ。まさかソフィアに子を与えない気か? オレも避妊薬を飲まされたときに、どうしてここまでと不思議に思ったよ。トリスは女中が子をすことを決して認めないぞ。賭けてもいい。必ず将来、おまえとトリスの考え方は対立する」

 赤毛の少女はそう断言した。

「たしかに、おまえは最近すごく力をつけてきたと思う。でも、いまもまだ屋敷を実質的に支配しているのはトリスのやつなんだよ。考えて見ろよ。さっき来てた種馬男爵みたいに、おまえがトリスの意に反して女中を孕ませることができると思うか? いま、ソフィアにおまえとの特別な関係を許しているのも、おまえが成長する原動力になっているのを認めているからなんだよ」

 マイヤはいままでウィルが目をそむけていた事実を次々に暴き出した。

「忘れないでくれ。オレはな。いつだっておまえの味方だ。オレは二番でもいいんだ」

 急に、マイヤは嗚咽するように声を歪めてそう言って、ウィルの後頭部に淡い胸を当てて、ぎゅっと後ろから抱きしめてきた。

「マ、マイヤ……」
「だからな。絶対に、オレのことを見捨ててソフィアと二人で草原に逃げないでくれよ。そんなことになったら、オレ、オレ、自分がどうしていいか分からなくなる……」

 気がつけば、幼なじみはそんな言葉を吐くようになっていた。
 女を絡みとったはずの支配の糸は、ウィル自身の身体にも複雑に絡みついていたのだ。



◇ 屋敷の女性一覧 ◇

女中長   1人 (トリス◎)
蒸留室女中 2人 (リサ◎・サリ◎)
洗濯女中  6人 (第一:ジュディス◎)
         (第二:イグチナ◎・ブリタニー◎・シャーミア◎)
         (第三:アーニー◎・レミア◎)
料理人   1人 (リッタ◎)
調理女中  3人 (ジューチカ)
皿洗い女中 2人 (ルノア・ニーナ)
酪農女中  3人 (ケーネ)
客間女中  1人 (フローラ◎)
家政女中 12人 (ヘンリエッタ)
雑役女中  8人
側付き女中 2人 (ソフィア△・マイヤ◎)
    計41人
お手つき 12人 (済み◎、途中△)






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