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第二十四話「洗濯場で働く女中たち」

 洗濯場は、屋敷の本館より少し離れた場所にあり、その周辺には石鹸とソーダ水の独特な臭気がただよっていた。
 蒸し暑い室内にウィルが顔をのぞかせると、六人の女たちが額に髪を貼り付けて、陽気に歌を歌いながら仕事に打ち込んでいるのが見える。

「あら、ご主人さま。いらっしゃい」

 そう声をかけてきたのは洗濯女中たちのまとめ役である赤毛の大女ジュディスであった。
 女はどこかくちもとに苦笑を浮かべながら、巨大な木のヘラで湯にかった洗濯物を掻き回している。

「へっ、ご主人さまだってよ。ウィルに泣かされちまったんだな」

 一緒に付いて来たマイヤが露骨に口をひん曲げた。
 ジュディスは額に張り付いた赤毛の髪を払い、きゃんきゃん吠えかかってくるマイヤの言葉に、困ったねえとばかりに、こきこきと首を鳴らした。

「ああ、その通りさ。そうだ、マイヤ。このまえは悪かったね」

 ジュディスは額の汗をタオルでぬぐい、殊勝にぺこりと頭を下げたのだ。
 だが、それでもマイヤの怒りは収まらない。

「……だいたいなあッ! おまえらウィルのことを可愛かわいがっていたくせに、一番ウィルが困ってるときに――」

 それについては洗濯ランドリー女中メイドたちも思うところがあるのか、居心地悪そうに一斉に下を向いた。
 ウィルに一番近しい職場の女中がウィルに楯突いたのだ。さぞウィルを悩ましたことだろう。
 だが、マイヤが声を張り上げるのを、もうウィルは面倒臭く感じてしまった。

(話が堂々巡りになりそうだもの……)
「ジュディス、おまえがよりによって、あんなことを言うから――うがっ!」

 なおも悪態を吐こうとするマイヤの襟元をくいっと後ろから引っ張ると、赤毛の小柄な少女は喉をまらせた。

「げほッ、げほッ、な、なんで……」

 マイヤは身体をくの字に折り畳む。

「もうジュディスとはもう手打ちは済んでいるんだ。あのときのことはもう気にしてないよ」

 ウィルがそう言うと、洗濯女中が一様にほっとした表情を浮かべた。
 一方のマイヤは、涙目になって喉を押さえながらウィルを見上げている。

「ご、ごほっ。きょ、今日のオレ、ホント、扱いひどくねえか?」
「後の責任は全部、ジュディスに取らせるから。部下の教育も含めて――」

 ウィルは、向こうで、気まずそうにしている大柄な女を見やりながら、唇の端を吊り上げたのだった。
 第一洗濯女中は悪寒が走ったのか、それともあの晩のことを思い出したのか、白い顎を上げて、ぞくりと背筋を震わせて、

「お手やわらかに――」

 そう苦笑いをしていた。
 いま、この部屋にいるのは、豊満なたいをもつ二十代半ばのジュディス、小麦色の肌に白銀の髪の二十歳付近のシャーミア、栗毛のショートのアーニーはウィルより少し年上、黒髪のベリーショートのレミアはアーニーと同じ年ごろ、後は二人の古参の洗濯女中であり、二人とも眼鏡をかけていた。
 背中に垂れ下がる栗毛の髪が三十手前のブリタニーで、黒髪ショートのほうが三十を過ぎたイグチナである。
 イグチナは年齢相応に気持ちたるんだ尻を揺らすようにしてシーツにアイロンをかけながら、ウィルのほうを振り返り笑いかけてきた。

「それにしてもウィル坊ちゃん、洗濯場に来るのは久しぶりね?」

 ウィルは思い切ってあっけらかんと応えてみることにした。

「実はね。この間――む、せいをしちゃってさ。気まずくなっちゃって、それでしばらく来てなかったんだよ!」

 それに対し、洗濯女中たちが一斉に食いつく気配へと変わった。

「やだねえー、ウィル坊ちゃん。そんなのいちいち気にしてたら、この仕事やってられないわよ」

 まず、イグチナが笑い飛ばす。

「ウィル坊ちゃん、いかにもお年頃って感じよね?」

 アーニーが洗濯物をカゴのなかに移しながら、くすくすと笑う。

「今後も気にされず、洗濯場に足を運んでくださると助かります」

 そう静かに言ったのは、褐色の肌のシャーミア。下着の染みをたわしでごしごしと擦っているところであった。

「へ。お貴族さまでも夢精するんだね」

 ひとり唇の端を意地悪そうに吊り上げ、出来上がった洗濯物を畳んでいるのは、黒髪ショートのレミアである。
 シャーミアが額を押さえ、ほかの洗濯女中たちも、あーあという表情をしている。
 洗濯女中たちの冷たい視線がレミアに突き刺さるが、レミアはどこ吹く風で、ジュディスのほうにいまだ変わらぬ信頼の視線を向けている。
 ジュディスのことを半ば崇拝しているようだ。状況の変化をまだ受け入れられないのであろう。

「根本的なことが分かってねーよ。こいつクビにしたほうが良くないか?」

 黙ってみていたマイヤがぼそりと呟いた。

「後生だから、それだけは勘弁してやってくれ」

 そうジュディスが呟いた。
 ウィルは、つかつかとジュディスのほうに歩み寄り、みなの見ているまえで、その豊満な乳房を鷲づかみにした。
 そして少しドスをかせて命令する。

「ジュディス。レミアをしつけろ」
「あいよ」

 ウィルの言葉に、ジュディスは胸を揉まれたまま即答する。
 ふとん叩きを引っ掴み、どすどすと近づいてくるジュディスに、

「えっ? えっ?」

 レミアはボーイッシュな黒い短髪を振り回して、左右を見回す。

「痛いが我慢しな」

 ジュディスはそれを大きく振りかぶり、

「ちょ、ちょっと――ぎゃん!?」

 レミアの尻を馬鹿力で容赦なく打ち据えたのだ。

「ぎゃああ、い、痛い!? すっげえ痛い! 痛い――!」

 信頼する上司からの思わぬ仕打ちに、レミアは小ぶりな尻を両手で押さえて転げ回った。
 ウィルは、腰ほどの高さの作業台のうえに突っ伏して尻を押さえているレミアの襟首を引っ掴み、

「つまりはこういうこと」

 目と鼻の距離まで顔を寄せる。レミアは思わず顔の距離の近さに仰け反った。

「荷物を畳んで、この屋敷を去るか、以後、ぼくに服従を誓うか、どちらかに決めなよ」

 ウィルの支配者然とした眼光が、少し頭のネジの足らない洗濯女中の濃褐色ブラウンの瞳を貫く。

「ひっ」

 レミアは、助けを求めるように周囲に目を泳がせている。
 視線を向けられたジュディスは、やれやれと首を振った。

「アドバイスだ。もうこれに懲りたら、この坊ちゃんには逆らうな。あたしはもうそうしてるよ」

 ジュディスの言葉に、レミアは慌てて祈るように両手を前に握り合わせた。

「誓います! 誓わせてくださいッ!」

 その反応に、これで後始末が済んだとばかりに、ウィルはうんとうなずき、洗濯女中たちが一斉に胸をで下ろした。
 少年は、ふと目の前の少し年上の女性をじっくりと見る。
 髪を短く切っており本人はあまり女性らしさに気を使っていないのかもしれないが、鼻筋も通っており殊勝にしているとそれなりに可愛い。
 ウィルは顔を近づけてそのまま、ちゅっとレミアの唇を軽くついばんだのである。
 そうすると、レミアは自分の唇を押さえて、

「え、ええ? あたし、いま口づけされた」

 少しぽおっとウィルを見上げていた。
 レミアは上下関係さえきちんと分からせて、ちょっと優しくしてやれば懐く、その最たる女であった。

「うわ。ちょろっ! 空気読まず逆らってたくせに、あたしの十倍くらいちょろっ!」

 栗毛の髪の短い少女が、手の平で口を押さえながらそう呟いた。

「アーニー、それって自分もちょろいと自己申告してるも同然だから」

 そう言って、シャーミアが褐色のおでこにかかった白銀の髪を気怠げに払い上げた。
 ウィルは洗濯女中の作業台のまえの空間に、ぴっと水平に指で線を描いて、指し示した。

「きみら、全員そこに一列に並んで。ぼくのほうにお尻をむけて」

 洗濯女中たちは、ウィルの言葉に抵抗なく従った。
 女たちを並ばせてウィルがやったことと言えば――

「ここに触れるのも何年ぶりかな」

 まず、最年長のイグチナの少し垂れた尻を、黒いスカートの布地越しに両手で包むように撫でたのだ。
 この短い黒髪の女性は若いときに、ここから娘を産んだ。いまその娘はシャルロッテ女学院に通っているという。
 次に、栗毛のブリタニーの尻をしっかりと揉んだ。抵抗する様子はない。

「懐かしい」

 ウィルはその尻に頰ずりまでしてみせた。
 この二人のスカートのなかは幼少のころのウィルの隠れ場所であったのだから。

「ひゃあ!?」

 アーニーは小ぶりな尻の谷間をなぞられて、素っ頓狂な声を挙げたが尻はらさなかった。

「…………」

 シャーミアは、すがままに、白銀の眉をかすかにゆがめて形の良い尻をウィルのまえに差し出している。
 明らかにシャーミアの尻がこのなかで一番色香がただよっている。素材が良い。ぷりっと量感豊かに手の平に弾けた。
 なんとなくウィルはレミアの尻を引っぱたく。若さにあふれた成熟するまえの尻であった。

「……痛ッ! ひどいっす!」

 そして、さりげなく一緒に差し出されているマイヤの尻を素通りして、大柄なジュディスの大きな尻を揉んだ。
 そのまま大ぶりの乳房を後ろから鷲づかみにして、大きな尻にまたがるように股間を擦りつける。

「ジュディスとも話をしたんだけどね。将来、ここの洗濯女中たちのみんなが洗濯屋を開業するんなら、僕が出資をしてあげてもいいよ」
「――――ッ!」

 ジュディスを除く、五人の洗濯女中が一斉にウィルの言葉に振り向いて、目を見開いた。

「うん、うん。夢がある話だよね」

 ウィルは女の乳房をつかみながら、にっこりとほほんだ。

「その代わりの条件はぼくに完全に服従すること。どんな命令でも聞いてもらうからね」

 ウィルの言葉を判断しかねるように、洗濯女中たちの視線がジュディスに集まる。

「ほら、ジュディス」

 後ろから、好き放題に乳房を揉みながら、ウィルは鷹揚に促す。

「……わ、わたしはウィル坊ちゃん――いや、ご主人さまにはもう逆らわないことにした。洗濯場のほかの女どももそうしてくれ」

 ジュディスが少し心苦しそうな口調でそう言ったのだ。

「あの……」

 そこで、シャーミアが小麦色のなめらかな手を挙げる。

「どこまでの命令をきいたらいいですか? いつになったら出資をしてもらえますか?」

 この白銀髪と褐色の肌をもつ南の少数民族は、迫害を受けていた歴史がある。さすがに用心深いようだ。
 ほかの女中たちが色めき立つなか、ひとり冷静であった。

「なんでもだよ。ほかの女中たちには聞かせられないような、どんな理不尽な命令もいてもらう。その反面、君たちを決してクビにしたりはしない」
「ウィル坊ちゃん、理不尽なことってどんなこと?」

 年長者のイグチナが、素朴にそう訊いてきた。
 ウィルは、ジュディスの肩に顎を載せて、苦笑いをした。咄嗟に適切な事例が思いつかない。

「……と、とにかくすんごいこと」

 それが加虐的な性向のないウィルの想像力の限界だった。

「なんでも聞きますよ。あたしら年輩だから、クビにならないだけでも有り難いですし」

 ジュディスが、即座にそう言ってきた。
 いまのウィルの反応でかなり足元を見られたような気はするが、まあいいだろうと思った。

「出資についてはぼくが家を継いで、金を出すだけの余裕と、外から仕事をもらってきても回るくらい、洗濯女中の数を増やしてからだね。いついつとは言えないけど必ず約束は果たすよ」
「分かりました。今後、わたしはウィル坊ちゃんのどんな命令にも従うことにします」

 シャーミアは、悩む様子もなく、あっさりとそう言ったのだ。
 この褐色の肌の女性は、この言質を引きずり出すために質問をしたのかもしれない。

「要するに、秘密警察みたいなもんだよね? なんだかわくわくする!」

 アーニーはきらきらと輝く瞳でそう追随した。どこか少女の興味を引く部分があったらしい。
(秘密警察……?)

 ウィルは、あまり深くは考えないことにした。
 ウィルはちらりと年輩の女中たちを見やった。

「イグチナとブリタニーも頼むよ」

 ウィルが丁寧にそう言うと、

「ふふ、わたしはこれまで一度もウィル坊ちゃんのお願いを断わったことがないんですよ?」

 ブリタニーが眼鏡を片手で押さえながら、そう微笑んだ。
 そういえば、幼年時代に、ブリタニーのスカートのなかにもぐり込んで、使用人のトイレに向かわせたことがある。
 ブリタニーのスカートを選んだのは、一番言うことを何でも言うことをきいてくれる女中であったからだ。
 そして、激しく後悔したものである。血のしたたる生理用品など、幼年時代のウィルには生々しすぎたのだ。

「ペロのお墓、わたしたち、ときどきお花をおそなえしているんですよ」

 イグチナが思わぬことを言った。
 伯爵に役立たずは捨ててしまえと言われ、ウィルが匿い続け、天寿を全うした老犬ペロのお墓は、ちょうどこの洗濯場の裏の森のなかにある。
 それを思い出して、ウィルは恐ろしいなと思った――
 自分が、記憶も覚束ない子どもの時分にとった何気ない行動が、屋敷の女たちの行動に未だに強い影響を及ぼしているのである。
 年輩の二人は、ウィルが抱きたいと思うくらい、十分に美しい。
 だが、トリスと違って、明らかに容色に陰りを見せはじめている。
 イグチナの尻は年齢相応に垂れ下がりはじめているし、ブリタニーのもとには小じわが見える。
 屋敷の女たちは間違いなく、ウィルのこの二人の女性の処遇を、自分たちの未来に重ね合わせるであろう。
 そして、最後におまけとばかりに――

「あ、はい。なんでも言うことききます? あ、はい――」

 ぽーとウィルの顔を見つめていた黒髪ショートで、ぴちぴち肌のレミアが、そう呟いたのであった。
 もしかすると、崇拝の対象がジュディスから移ったのかもしれない。

「ところで――」

 急にウィルは話を変える。

「アーニーは、お風呂のお湯がぬるいのが嫌だったよね?」
「え? はい。たしかにぬるいのは嫌ですが……? どうして?」

 急に話を振られたアーニーは、戸惑っている。
 ウィルがそれを知っているのは、先日、アーニーとシャーミアの着替えを覗かせてもらったからだ。
 乳房から、下の毛に至るまでばっちり観察させてもらった。
 シャーミアは嫌な予感がするとばかりに、白銀の眉をひそめ、自分の両肘を抱きしめた。
 ウィルは、褐色の肌の女性にそれで正解だとばかりに鷹揚に頷き、「一回だけだから」と慰めるように言ったのだ。
 アーニーは、意味が分からないとばかりに、そんなことをウィルに伝えたことがあったかなと首をかしげていた。
 女中の待遇が良いと評判のマルク家において、公然と主人筋に不満をぶちまけることなんて、まず、めったにない。
 そんなことをしたのは、いまもウィルが乳を揉み続けている赤毛の大柄な女くらいだ。
 ようやくウィルが手を離すと、ジュディスはほっとした息を吐いた。
 ウィルは、屋敷のほかの要素とも絡めて、アーニーの不満を検討していた。
 屋敷の女中の美貌を保つのに、風呂はとても重要であろう。
 もちろん風呂さえあれば全て解決するわけではないが、たとえば、ろくに肌の手入れもできない農奴の女などは二十歳を過ぎると急速に容貌が衰えるものだ。
 現状、屋敷の風呂は、女中たち全員に十分に使わせるための割り当て時間が不足している。
 ウィルにとって、その問題を解決するのは意外に簡単であった。

「これから、みんなでお風呂に入りに行こう」

 大浴場をウィル一人で占有する時間を作らないようにすればいいのである。
 ウィルはそう結論づけた。
 もう脱衣場の覗き穴などは必要ない――

「オレ、背中を流してやるぜ!」

 そう勢い込んでマイヤは言う。
 だが、ウィルは赤毛の少女の好意をむげに手でさえぎった。

「あ、マイヤは風呂場のまえで誰も来ないように見張りしててくれる?」

 マイヤの下唇がわなわなと震える――
 ウィルにも都合があるのだ。
 浴場は、基本的に身体を洗う空間であって、湯を汚すようなことをするべきではない。
 そうでないと、女中たちは安心して風呂を利用することができないだろう。
 風呂場でお手つきはないという建前は貫き通さなければならない。
 精力剤を口にした、ウィルの股間はそろそろ次の発射を待ち望んでいた。
 今日だけは、何でも言うことを聞かせられる洗濯女中を使って、ほかの女中に知られたら困るような、良からぬことをするつもりであった。
 誰か見張りが必要なのだ。

「オ、オレが一体なにをしたっていうんだよおぉ!?」

 屋敷の本館から少し離れた洗濯場に、マイヤの本気の絶叫が響いたのである。





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