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第五十話 「銀狼族の絨毯」

 伯爵家のれいそくウィルは、自身のために宛てがわれたベッドの縁に腰をかけ、心の底からためいきをつく。

「あー、もうなにがなんだかって感じだけど、とにかく生き延びられて良かったよ」

 それが偽らざる本音である。
 腰をかけているベッドの背後をちらりと振り返ると、そこには安らかな寝息を立てる銀髪の少女の横顔が見えた。
 一時間ほど前、闘技場に村人たちが押し寄せた直後――ソフィアはウィルの足に背を持たれかけさせたまま気を失っていた。
 少年は、熱狂的に歓迎しようとする村人たちをなんとか押しとどめ、生き残った四人の賊たちをふんじばり、ソフィアをこの村長宅まで運んで来た。
 それでホッと一息ついたと思いきや――

「まさか馬車がねらわれていようとは……」

 村の外に待機させていた馭者長が、肩から血を流して倒れているという知らせが飛び込んで来た。
 老齢の馭者は高熱を発しているが、幸いにして命に別状はなく、いまはマイヤに看病をしてもらっている。
 賊たちは馭者を撃った男に心当たりはないらしく、今回の賊とは別の敵にも狙われていたということになる。

(つまり、逃げ道までふさがれていたのか。ああ、もうっ!)

 詰めチェスのように先々に手が打たれており、かろうじて生き延びることができたのは、ボタンのかけ違いのように相手の読みに狂いが生じたからに違いない。
 窓の外に視線を移すと、暗闇の中で揺らめく百を超える松明の火が視界に映り、それがウィルのすさんだ心を幾分かやわらげてくれる。
 小作人カインに命じ、村の周辺に潜伏している敵はいないか、村人総出で山狩りをさせているところであった。
 女中長ハウスキーパートリスとは夜が明けたら合流することになっているが、せめてこの村までの道程の安全は確保しておきたい。

「トリスがやって来るまでに今後の方針を決めておかないと……」

 領地のカントリー屋敷ハウスを実質的に掌握するあの長身の女中長は、主人の身に危険が及ぶ事態を容認しようはずがない。
 この村で起きた一部始終を知れば、今後のマリエルの捜索には間違いなく反対するであろう。


   ‡


 あれから何時間経過しただろう。ウィルは椅子に座ったままじっと考え続けている。
 途中何度かマイヤがこの部屋の様子を見に来てくれたが、疲労と緊張の連続で足元がフラフラしているあの赤毛の幼なじみには、早めに休むように伝えておいた。
 ふいに目の前のベッドから起き上がる人の気配がする。

「具合はどう?」

 そう声をかけると銀髪の少女は、薄手のスリップだけの姿でベッドの縁に腰を下ろし、少年と向き合った。

「……あれからどうなった?」

 倒れたときには真っ青だった少女の顔色に血の温かみが戻っていることに、ウィルはあんする。

「特にこれといって進展はないよ。あの賊たちはそそのかされるままに村を襲ったみたい。銃もたまたま近くを通りかかった武器商人のキャラバンを襲って調達したんだって」

 少年は自分で説明していて、なんでそんな連中と命のやりとりを強いられるのかあんたんたる気持ちになる。
 予言の力によって偶然が束ねられ、ウィルの命を狙う必然に仕立てられたのであれば、手がかりなどつかませはしないだろう。

「それによってマリエルがどれほど消耗したかは考えたくもない」

 青い顔でつぶやくソフィアに、少年は深い溜息をつく。

「……やはり予言はマリエルの身体からだにも負担がかかるんだね。きみの身体の状態についても正確なところを教えてほしいんだ」

 すると少女は、決まり悪そうにきゃしゃな腰をベッドの縁に落ち着け直した。

「もうおまえに隠し事をするつもりはない。人の身で人ならざる力を行使するのだ。なんらかの代償があって当然であろう? かみかりの力というものは使えば使うほどに命が削られていくものなのだ」
「命が削られていくって、まさかはやにしちゃうってこと!?」
「そうだ。戦場を渡り歩くというものは、大抵が二十歳の日を迎えられないと聞いている。わたしもその心積もりだった」
「二十歳ッ…………!?」

 あまりにも短すぎる。

「そのような顔をされると心苦しい。戦場に出なければ長生きできるらしいがな」
「………………それを前もって知っていれば、ぼくはきみを戦わせなかったのに!」

 すると、銀髪の少女は苦笑を浮かべながら首を左右に振る。

「力を使わねばあの場を切り抜けられなかったであろう? 許せ」

 その返答に、少年は恨みがましい目で少女を見つめながら腕組みをする。

「……だいたいおかしいとは思っていたんだよ。いくつもの帝国の成り立ちにまで関わっておきながら、きみたち銀狼族のことは後世にほとんどなにも伝わっていないのだから」

 若くしてこの世を去れば史書にも名は残りにくい。銀狼族の神子の武名も他のだれかに引き継がれていたのかもしれない――伯爵家の令息がすっかりこの村の英雄になってしまったように。

「でもね、きみは一族の未来のために子をさねばならないよね? それはどうするつもりなの?」

 ウィルがそう切り出すと、透けるスリップの下に胸当てと下穿きだけを身につけた銀髪の美少女は、途端に渋い表情を浮かべる。
 できることなら、今すぐこの場でソフィアの身体を存分に味わい、昂ぶった神経を鎮めたいところであるが、状況がそれを許さない。

「子を為すことは一族の決定だから従うつもりだ。だが、わたしの本分はいくさびとであってな……」
「きみは以前、ぼくに抱かれたら草原に戻ると言っていたけど、まさか身重の身体になって故郷の草原に向かうつもりだったの?」
「……む、難しいだろうか?」

 ソフィアは歯切れの悪い口調で恐る恐る言った。

「なに考えてるの! あまりにも無茶だよ!?」
「…………ッ」

 ウィルの剣幕に、ソフィアはギュッと目をつぶって首を竦める。

「もう自分一人の命じゃなくなるんだよ!? できるだけ戦いを避けて身体を大事にした方がいい。誇りを重んじるあまり、守るべきものを守れないようになったら本末転倒だって!」
「……お、おまえはマリエルみたいなことを言うのだな」

 銀髪の少女は、叱られていじける子供のように眉根を寄せ、唇を尖らせる。

「それにぼくの子を産むのなら、ぼくだって親権を主張していいはずだ」
「しゅ、主張するのか!?」
「当たり前じゃないか。きみがどこで子どもを育てるかは、ぼくを家長とする家族会議で決めるべきことだね」
「……うおお、今度は村の長老たちのような厄介なことを言い出しおる!?」

 そううめきながら銀狼族の神子は銀髪の頭を抱える。
 どうしよう。ソフィアに説教するのが楽しくなってきた。
 荒野を往く孤高の狼であれば引き留めようがなかったが、子連れ狼であればなんとかなりそうな気がするのだ。

「だいたいさ、一度だけぼくに身体を許すつもりだったみたいだけど、一度の性行為じゃさすがに妊娠するのは難しいと思うよ?」
「そういうものなのか? 避妊をしなければすぐにでも妊娠するものではないのか?」
「そりゃ避妊をせずに何十回ときみを抱いたらいつかはらむんじゃない? 妊娠するにも月の巡りというものがあるって聞いたよ」
「な、何十回だとッ! あのような行為を何十回も。うおおお……」

 あわあわと唇を震わせるソフィアが思い出しているのは、おそらく尻穴を犯されたときの感触であろう。

「人からだねをもらうってそういうことだよ。きみはなにも知らないんだなあ」
「……戦場ばかりだったのだから仕方がないではないか……」

 やや馬鹿にしたように適当なことを言うウィルに、ソフィアはいじけるように口を尖らせる。

「それにね、子供も一人だけだと心配だよ。近頃は流行り病で死んでしまうことも多いから」
「なっ! 赤子が複数だと!? そ、それはおおごとだな……」

 銀髪の少女は呆然と口を開け、薄手のスリップの透けたヘソのあたりを押さえる。
 厳しい土地で生きてきた遊牧民の方が子沢山であることが多いだろう。ソフィアはウィルの言葉に耳を傾けざるを得ない。

「大事なんだよ。いまのうちに屋敷の女中たちに子育てのやり方について教わっておくといいよ。アラベスカを見ていれば子育ての大変さはわかるだろうし、イグチナなんて、ぼくらと同年代の娘までいるから教わるには申し分ないよ」

 引き留められそうな手ごたえを感じ、ガンガンと押し込んでいく。

「……い、いや、ちょっと待ってくれ。ありがたい申し出なのだろうが、とてもいまはそのようなことを落ち着いて考えられる余裕がない」

 ソフィアの返答に、ウィルはハッと我に返る。

「……それもそうだね。ぼくだって屋敷を守る手段を見つけないことには、きみを抱え続けようがないもの」

 置かれている状況を改めて思い出し、少年少女はそろって溜息をついたのであった。


   ‡


 外に出て、空を見上げると、夜が白みはじめていた。
 もうじき長い夜が明けるだろう。

「やっぱりソフィアにはその服が似合うよね?」

 黒いドレスに白い女中帽モブキャップとエプロンという奉仕の象徴を身にまとうソフィアの姿を見ていると、ついウィルはうれしくなってしまうのだ。

「そ、そうか? 着慣れている服ではあるのだが……この違和感のなさに釈然としない」

 銀髪の映える女中は憮然とそう口にする。
 せっかく仕立ててもらったドレスが先の戦いで駄目になったのだから、一張羅のように女中服を身に纏ってもらうしかないだろう。
 村長宅の納屋の方に連れて行くと、ちょうど扉を開けて出てくる小作人カインと鉢合わせになった。

「ウィリアムさま、賊たちが持ち込んできた荷物の方、運び終わりました。賊たちへの尋問が長引き、遅くなって申し訳ありません」

 開け放たれた納屋の扉の向こうには、回収された武器や防具、さらにその奥には略奪品と見られるじゅうたんなどの交易品が並べられているのが見えた。これが今のところ残る最後の手がかりである。
 ソフィアは、気がはやるのか一人先に納屋の中へと入っていく。

「ありがとう。助かったよ。山狩りの方も遅くまでご苦労さま」
「いえ。ウィリアムさまのためなら、村人たちは喜んで協力することでしょう。それにしても一体どうすればここまで……」

 扉の向こうには、象にでも踏まれたように、へし曲がった銃やたたき潰された兜や鎧が積み上がっているのだから、小作人の男の声も震えよう。

「い、いや、無我夢中で必死だったからなあ……」

 ウィルは笑って誤魔化す――というか、賊に尋問した後も、自分がやったことになっていることに、少年は首をひねらざるを得ない。

「あの、もし女がごいりようでしたら、ウィリアムさまがお助けくださったあの四人の娘を連れてきますのでおっしゃってください」
「へ?」

 急にそのようなことを言われたので驚いたが、まさか四人同時に勧めるわけがない。ウィルはそれを小作人の男の軽口だと解釈し、

「はは、ではぜひ今度お願いするよ」

 そう乗っかったところ、

「承知いたしました。賊に荒らされ大したおもてなしもできないところ、せめて伽だけでもお命じくださるなら、われらとしても大いにめんぼくがたちます」

 真顔でそう応じられたのであった。

「さすがは器が大きい。どうしてウィリアムさまがお一人で賊を撃退できたのかようやく合点がいきました」
「……あ、あのね、実は一人というわけでは――」
「分かっておりますとも。英雄なのですから伽をさせるにも女が一人だけでは足りますまい。実のところ、だれがお相手を務めるかでめていたのですが、まとめてお相手いただけるならみな喜ぶことでしょう」

 男は自分にはとても無理だと言わんばかりに肩をすくめ、一礼して立ち去って行く。

(いや、そっちの一人という意味でなくて…………ああ、そのまま行かせちゃったよ!)

 大いに誤解されているのだが、せっかく納得してもらっているところに余計なことを言って藪をつく気にもなれなかった。
 もういまさら、あの銀髪の女中がやりましたと説明するわけにはいかないだろう。

 気を取り直して賊たちの持ち込んだ品々の点検をはじめる。略奪品も含まれているため結構分量が多い。
 小一時間が経過したころ――

「あ! これは!?」

 ソフィアが、突如として大声をあげたのである。
 銀髪の少女は身長より長い絨毯の巻物を引っこ抜き、床に広げる。
 羊毛で編まれた絨毯の真ん中に一本繋ぎ目が見えた。それによって遊牧民が編んだ毛織物だと知れた。
 羊に草を食ませ移動する生活を営んでいると、織り機も組み立て式の簡易なばたとなり、どうしてもサイズの制約が生じてくるものだとか。

「もしかしてそれは銀狼族の!?」
「そうだ!」

 初めて見つかった手がかりに興奮しながら、広げられた絨毯の対面に陣取る。
 ソフィアは四つん這いになり、絨毯の模様の一つ一つを指でなぞっている。
 ウィルはソフィアと頭を突き合わせそれを見つめていると、模様の中に意匠化された文字が縫い込まれていることに気がついた。

「ソフィア、そこになにが書かれているの!?」

 そう問いかけると、ビクッと銀髪の少女は四つん這いの肩を震わせ、ウィルを見上げる。
 しばらく眉をひそしゅんじゅんした後、どこか観念するように口を開いた。

「こ、この絨毯には、マリエルからおまえにてられたふみが刺繍されている……」
「え! ぼくに?」

 銀髪の少女は緊張のためであろうか、頬を引きつらせながらコクリとうなずく。
 まさかの展開であった。

(こんな連絡手段があろうとは……)

 予言の力を持ち、自前の文字を持つ遊牧の民なのだ。考えてみれば、絨毯に文字を忍ばせる以上に上手いやり方はないかもしれない。
 おそらく相当重要なことが記されているに違いない。

「……ソフィア?」

 屋敷の存続を人生の命題に掲げる令息は、声を枯らしながら促す。
 ウィルの勘が間違っていなければ、ソフィアがウィルの元に身を寄せた理由のようなものが、これで明らかになるはずなのだ。

「ひとまず最後まで読ませてくれ!」

 文字を追うソフィアの指先が震えている。
 やがて――

「………………ううっ!? ひどい、マリエル! あまりにもひどすぎるぞ!」

 突如として、銀狼族の少女は銀髪の頭を抱えながら絨毯に顔を埋め、悲嘆しはじめたのだ。

「ど、どうしたの、ソフィア!?」
「………………………………………………」

 ソフィアは犬科の動物のように四つん這いに身体を伏せたまま反応しない。その銀髪の流れる背に、どこか捨てられた犬のような哀愁が感じられて仕方がない。

「今後は隠しごとは無しにしてくれるんだよね?」

 少年がそう口にすると、銀髪の神子はピクリと反応し、やがて顔をあげる。
 その琥珀色の瞳に大粒の涙が浮かべながら、ソフィアはウィルをにらみつけてくる。

「おまえが望むなら従うしかあるまい。どうせおまえ宛だ」

 桃色の下唇がいじましく、きゅうっと噛まれていたのだ。



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