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第五十二話「再会と帰還」

「ご主人さま、ご無事ですか!?」

 遠目に見えるトリスは、その声色から初めてみるくらい動転している様子がうかがえた。
 今まさにこの村に到着したばかりなのだろう。
 いつもの女中服姿ではなく奴隷市場で着ていたような黒のドレス姿であり、大きなトランクケースを引きずっている。
 安心させてあげようと手を上げて応えると、トリスは荷物をその場に放置して、スカートをまみ、こちらまで早足で駆け寄って来た。

「ご主人さま、村が襲われ、馭者が撃たれたと耳にしました。どこにもおはありませんか?」

 無事を確かめるように長い両手でウィルの全身をペタペタとさする。大きな胸がウィルの顔に押しつけられる。

「わわ!? トリス、大丈夫だってっ!」
「よくぞご無事で……」

 少年の全身をくまなくまさぐって、ようやく長身の女中長ハウスキーパーは満足したのか、大きなあんためいきをついた。

 いつになくあわてているように見えたのもそこまでで、何事もなかったかのように優雅にスカートを摘まみ、膝を折って主人への礼を示すと、そこからはいつものトリスだった。

「まさか領内で襲われようとはわたしの考えがあもうございました。ご自分で解決なさるというのはあまりに想定外ですが、このトリス感服いたしました。ご主人さまが五体満足でいらっしゃることを心からお喜び申し上げます」

 トリスは、自省とも感嘆ともあきれともつかない口調でそう言った。

「ぼくも夢中でなにがなんだかって感じだったんだけど……」
「しかも、すっかりソフィアまで手懐けてしまわれたようで、殿とのがたの成長ってどうしてこうもお早いのかしら」

 トリスは頬に手を当て、そうつぶやく。

「み、見ただけでそこまで分かるの?」
「一目瞭然ですわ。すっかり雌になった目をご主人さまに向けているではないですか」

 女中長の言葉を裏付けるように、銀髪の少女は居心地悪そうに赤らめた顔をそむけた。

「なぜわたしはその場に立ち会えなかったのですかね。一番良い座席を確保していたはずなのに、舞台のパ・ド・ドゥだけ見逃したようなくやしい気持ちですわ」
「そ、そんなこと言われても……」

 パ・ド・ドゥとは男女のダンスのことで、一番の盛り上がる場面のことを指すのだが、女中長は愚痴るときにバレエに喩えることが多い気がする。
 トリスはひとしきり溜息をついたあと、気持ちを切り替えるように背筋を伸ばすと、

「あわただしくて申し訳ないのですが急を要することですので、わたしの方からもご報告させてください」

 ただならぬ様子でウィルをぐに見つめてきた。

「王都のお父上より縁談の話が舞い込んできております」
「ええっ!?」

 れいそくは思わぬ知らせに動転する。
 屋敷に戻ってきた伝書鳩により知らされたのだろう。出発に同行できないほどトリスが忙しくしていたのは、そういう事情があったようである。
 状況の変化のめまぐるしさに頭を抱えるしかない。

「お相手は新大陸で財をなした大金持ちのご令嬢です。お父上からはお会いして、どこまで持参金を引き出せそうか探ってくるようにとご指示をいただいております」
(うわぁー!?)

 これが貴族社会の婚姻というものなのだ。
 父親の伯爵がそこまで前のめりになっているということは、おそらく先日の内覧会にやってきた国内の中流階級とは比較にならない桁外れの財を持つ資産家の令嬢ということになる。
 トリスはやや眉をひそめ、真剣な表情でウィルを見つめてきた。

「ご主人さまはお気に召さないかもしれませんが、わたしは今回のお話を――」
「待って! トリス、詳しい事情はあとで説明するけどその令嬢とは会わずに済ませる。これからすぐに屋敷に引き返す。いいね?」

 強い意思を込めたウィルの返事に、トリスは面食らったようにパチパチと目をまたたかせる。
 マリエルの寄越した文面によって明確に分かったことがある。
 父親の伯爵は遠からず命を失う。
 つまり、そのときまでやり過ごせば、ウィルは妻にする女性を自分の意思で選ぶことができるということになる。
 トリスはしばらくぎんするように沈黙した後、肩を震わせた。

「ご主人さまは本当にわたしの言うことをお聞きにならない。今回もご自分でなんとかなさるおつもりなのでしょう。男の子なのですから仕方ありませんわ。ご主人さまがお決めになったことですから、これ以上の差し出口は致しません」

 どうやら腹を抱えて笑っていたらしい。
 笑いすぎて涙が出たのか、トリスはその長い指先で目元をぬぐっている。

「正直に申しますと、わたしもそのご決断をお聞きして救われたところですわ――」

 トリスがそう口にするのも無理からぬところがある。
 屋敷の女主人次第で、女使用人たちの秩序は大きく様変わりするのだから。

(そのあたりはずっと考えないようにしていたことなんだけどね……)

 ウィルもトリスも暗黙の了解のように口に出していなかったことだが、ウィルの妻となる女主人が決まれば、これまでのように女中にとぎを命じるなどということは当然できなくなる。
 必然的にトリスはウィルのねやの教育係ではなくなり、肌を合わせた女中たちとの関係も清算を迫られるだろう。

(だって、そんなの嫌だもん!)

 屋敷の令息にとって、手になじんだ女中はも同然である。いまさら手離せようはずがなかった。
 それに、すでに身も心もささげてもらった女中に対しては、責任を感じずにはいられない。
 銀狼族に関わったおかげで命もねらわれたが、マイヤをはじめとした身も心も捧げてくれた屋敷の女中たちに対する負い目を感じずに済む未来が描けそうなことにホッとしているところであった。

「お早いご判断でよろしゅうございましたわ。なにせ、ご令嬢はちょうどレノスの街にいらしているそうですから」
「え、レノスに!? ん? あれ、ちょっと待って。レノスにはうちから一人派遣していたよね?」
「ご主人さまがお会いにならないのであれば、当家からの応対はあの男に任せる他ありません」
「よりによってアイツかあ!?」

 ウィルは思わず天を仰いだ。
 レノスの街に先行させているのは金持ちの令嬢のことが大好きな従者ヴァレットギュンガスである。揉め事の予感しかしない。

「それからご主人さま。わたしもまだ完全には事態を把握できていないのですが、たびのご活躍はすぐにでも知れ渡り、ご主人さまのお立場は大きく様変わりすることでしょう」
「ええー!? やったのは、ほとんどソフィアなんだけどな……」

 令息は、女中長の言わんとすることを察して戸惑いの声をあげる。

「謙遜するな。おまえも活躍した」

 以前と違い、この銀髪の少女がウィルのことを立てようとしてくれるのはありがたいのだが、そういうことではないのだ。

「これで、たとえ社交界に出入りしていなくても、ご主人さまのことを子供扱いするものはいなくなります。ご自分の手で領地をお守りになる――それこそが領主として賞賛されるべき資質にございますから。独り身のご主人さまの元にはひっきりなしに招待状が届くようになると思いますわ」
「ひ、ひっきりなしに招待状!?」

 それを聞いてウィルが青ざめはじめた頃合いで――

「おーい! ウィル! そこにいやがったか!? 勝手にいなくなんなよう。心配するじゃねえか」

 赤毛の幼なじみマイヤが駆け寄ってきた。
 まさかこんなに早く起き出してくるとは思っていなかった。もしかすると、ウィル同様に眠れなかったのかもしれない。

「あ、トリスも来てたのか、昨晩は大変だったんだぜ」
「マイヤ、馭者コーチマンの容態はいかがかしら?」
「えとな。爺さんは大分落ち着いてきてる。熱出てるけどもう心配ないだろ。ん、おい? ちょっと待て。こっちに来るあの女ども……あの背の高いのって、まさか――」
「おやまあ、随分育ちましたわね――」

 頭の上から、トリスの面白がるような声が聞こえてきた。
 そちらに顔を向けたウィルは、刺し込んでくる朝日のまぶしさに目を細めることになる。
 遠くに少女たちの姿が見える。左右に髪を縛っているシルエットからすぐにロゼだと分かった。

「お兄さま! ウィルお兄さま!」

 ウィルの姿に気がついたロゼが声を弾ませ、こちらに駆け寄って来る。
 ロゼの後を追う連れの五人の少女たちは、シャルロッテ女学院の卒業生であろう。

(ど、どの子も可愛いや……。それに、む、胸が弾んでいる……)

 夜伽を勧められた四人の村娘たちもかなりの器量良しであったが、この女学生たちはその上を行くであろう。さすがは容姿まで入学の審査基準に含まれているシャルロッテ女学院というべきか。
 しかもロゼが厳選した女生徒となるとウィルの好みに見事に合致しているのだ。

(あ、ヴェラナもいる)

 母親譲りのかっぷくの良いぽっちゃりとした体型をしていたのですぐに分かった。強いて言うならば、この中で一番容姿が人並みなのは、ヴェラナであろう。だが、その分胸が大きい。
 ウィルは、少女たちの揺れる胸がこちらに迫ってくるのをただひたすら眺めていた。
 ソフィアやマイヤをはじめとして、ウィルに歳の近い屋敷の女中たちは胸の小さな子が多かったのだが、ロゼが連れて来た少女たちはどの子も胸が大きく、それが新鮮に映る。なんとなく新しい時代の到来を予感させるものがあった。
 やがて桃色の瞳を持つすらりと背の高い少女ロゼは、ウィルの目の前までやって来て、

「お久しうございます。お兄さま……」

 じいんとした様子でそう口にした。
 頭の左右で結った少女の長い黒髪が風に揺られている。いまもウィルが似合うと言った髪型のままでいてくれている。
 この血の繋がらない一途な妹は、多くの障害を乗り越えて、ウィルの女中長になるために戻って来てくれたのだ。

「う、うん、ロゼ……」

 思春期になってからの再会に、ウィルの方も甘酸っぱい感情が込み上げてきて、もうこれ以上言葉にならない。

(そ、それにしても、ロゼって背が高くなりすぎじゃないの!? あ、兄としてのけんが……)

 ウィルよりも頭半分ほどもすらりと背が高い。見上げる視線になってしまったことに少年は衝撃を受けていた。
 それに身長だけではない――
 大きくふくらんだ胸につい視線が行ってしまう。若かりし頃のトリスをほう彿ふつとさせるようにシャルロッテ女学院の制服のエプロンを大きく押し上げている。
 まだ容姿に子供っぽさの残るウィルに比べると、年頃は同じでも女の子の成長が早いことを実感させられてしまう。もう十分熟しているのだ。
 身長が高さも胸も大きさも際立っているトリスに比べると、まだ程よいバランスを保っているロゼは、絶世の美少女といっても過言ではない容姿に成長していた。

「この子、このような表情もできるようになったのですね。ご主人さまのために子宮がうずいていますって顔に書いているようなものですわ。まあ、なんてはしたない」

 ウィルだけに聞こえるように、背後からそんな余計な独白をらすのは本当にやめてほしい。
 ロゼは、ウィルの方に「あっ」と手を伸ばしかけて引っ込める。
 お互いに男女になったことを意識して、くすぐったいこの微妙な距離感を計りあっているところなのだ。
 明らかに抱きしめられたそうにしている様子が見てとれたが、ウィルはあまりのロゼの変化の衝撃から抜け出せず、応じきれない。
 先に感情を吐露したのはロゼの方であった。

「お兄さまが勇敢に戦われて、村をお救いになったと聞きしました。わたし、わたし、お兄さまが怪我をされていないか心配で気が気でありませんでしたわ……」

 切なげな声を発し、ロゼはもう一度震える指先を伸ばしかけたもののウィルのところまで届けられず、自らの身体をき抱く。
 少女はその名前の由来ともなる桃色の瞳に涙を浮かべているのだ。

「おかえり、ロゼ」

 見かねてウィルは両手を広げる。抱きしめずにはいられなくなった。

「お兄さまっ!」

 涙粒が跳ね、桃色の瞳を持つ少女がウィルの腕の中に飛び込んできた――ウィルは、顔に飛び込んできた胸の柔らかさとその質量に面食らう。

「ふがっ!?」
「お兄さま! お兄さま!」

 ぎゅうっと強く抱きしめられ、ウィルは目を白黒させた。

(うわ、背高い。胸おっきい。いつのまにこんなに育っちゃったの!?)

 先ほどトリスに抱きしめられたばかりなので、こうして抱き合っていると改めて体型が似ていると気づく。
 やわごしは綺麗にくびれており骨のきゃしゃさに驚く。それでいてウィルの身体を優しく包み込むやわにくの豊満さを兼ね備えているのだ。
 なんというかみずみずしい。身長や胸の大きさは及ばずとも、女学院時代のまだな年頃のトリスの身体を味わっているような錯覚を抱いてしまう。

「ちぇ、久しぶりの再会だもの。ぐすっ、仕方ねえや。良かったな、ロゼ」

 そんな赤毛の幼なじみの声が聞こえてきた。
 ウィルにすべてを捧げてくれると約束した黒髪の妹ロゼは、ウィルの女中長になるためにシャルロッテ女学院に学びに行き、見事首席で卒業して屋敷に戻ってきてくれた。

「ロゼ、よく頑張ったね。本当にありがとう。ずっと帰りを待っていたよ」

 ウィルがそう声をかけると、

「お兄さま、お兄さまァ……」

 桃色の瞳からポロポロと涙が降ってくる。

「ロゼお姉さま、よかったですわ……」

 女学生たちの方から、そのような涙混じりの声が漏れ聞こえてきた。
 ロゼは、昔ウィルに告げられた『ロゼの友だちはみんなぼくの女中になってくれたらいいんだよ!』という望みを、女学院を首席で卒業することで本当に実現してくれたのだ。

「お兄さま。初めてお会いしたときにこうして抱きしめていただいたことを思い出します。あの日、ロゼはお兄さまのモノになったのですよ?」

 今やウィルの方が抱きしめられる側で、鎖骨の上からどっしりとした胸のふくらみが押しつけられているのである。
 ひとしきりほうようを堪能した後、ロゼは名残り惜しそうに身体を離してくれた。
 そして、ロゼは女学生たちの方に向き直り、

「ここにいらっしゃるお方が、わたしのお兄さまにして、わたしたちが身も心もお捧げするご主人さまなのですよ!」

 誇らしげにその大きな胸を張り、ウィルのことを紹介してくれたのだ。
 幼少期のおしゃまなロゼが思い出されて、くすぐったい気持ちにさせられる。

「お兄さま、あとで一人一人紹介させてくださいまし」

 ロゼに促され、五人の女生徒たちをぐるりと見回してみた。
 みなほんのりと頬を赤くしており、初対面だというのに妙に温度感が生々しい気がする。
 いずれも歳のころはウィルと同じくらいのはずだが、マイヤやジューチカなど屋敷の同年代の女中に比べると、いずれもどうしてこんなにと思うくらい胸が大きい。
 ロゼも含め女生徒たちには当面、屋敷で不足している家政ハウス女中メイドとして働いてもらうことになる――おそらくはウィルとともに。その後は各々の資質に応じて仕事を割り振ることになろう。

(あれ? 屋敷に連れていくということは、ぼくはこの子たちを一人残らず――しかもロゼも含めて……?)

 女学院の少女たちはともかく、実の妹以上に可愛がってきた当のロゼをこの手でり、宝物のような思い出をけがすことができるのか――先送りしていた問題に対し、すでに決断を下してしまっていることに、いまさらのように気がついたのだ。

「みな、お兄さまに身も心もお捧げする覚悟がございます。いなはございませんね?」

 ロゼがそう口にすると、屋敷の新入りになる五人の女生徒たちは頬を赤らめ、コクリとうなずいてきた。

(ど、どうしよう。ロゼが魅力的に成長していたことにはびっくりしたけど、あくまでぼくはロゼのことを妹として大事にしたいんだけど……)

 だが、悩むにはもう遅い。さいは投げられてしまったのだ。
 呆然と目を見開いていると、ウィルの袖がくいくいと引っ張られた。
 青い瞳をうるませた赤毛のマイヤがウィルを見上げている。

「ん?」
「ウィル、オレもオレも……」

 どうやらロゼと抱き合っているのを見てうらやましくなったらしい。
 マイヤがロゼに張り合ってこんな風に自己主張するのは三年ぶりくらいだろうか。それが懐かしい。
 ぎゅっと小柄な身体を抱きしめてやる。
 すると、少女は「ふひゃあ」といううれしそうな声を漏らす。
 ひとしきり小柄なマイヤの感触を味わってから身体を離すと、なぜだかこの赤毛の少女はどうだと言わんばかりにロゼの方に向けてその小さな胸を張ったのだ。
 だが、ロゼの桃色の瞳はすでにマイヤの隣に向けられていた。

「ところでお兄さま、そこにいる銀髪の子をわたしに紹介していただけないでしょうか。なんだかその子についてだけは、真っ先に聞いておかないといけない予感がいたしましたの」

 ロゼは、ソフィアに目をつけてきた。さすが女中長候補というべきかなかなかざとい。
 値踏みをするロゼの視線にさらされて、ソフィアは居心地悪くなったのか決まり悪そうにウィルの背後に身体を隠した。

「うーん、どこから説明したものかな。ちょっと長い話になりそうだから、あとで改めて話すことにするよ。ロゼの助けが必要なんだ」
「まあっ! お兄さまのお役に立てるのですねっ」
「ロゼ、久しぶりにお会いしてお話をしたいのも分かりますが、ご主人さまもお疲れのご様子ですから聞き分けなさい」

 トリスの言葉に促されるように、ウィルは急に疲労がぶり返してきて立ちくらみするのを感じていた。
 なにせ初めて人を殺し、そして一睡もせずに屋敷を守るための方策を考え続けたのだから無理もない。

(そういや気が張っていて忘れてたけど徹夜明けだったな。それにしても――)

 なんというかこうしてトリスとロゼに左右並ばれると、高い位置に大きな胸がぶら下がっていて圧倒されるのを感じる。

「はい。ロゼは聞き分けます。ところでトリスお姉さま。いまお兄さまのことを『ご主人さま』とお呼びになりましたか?」
「あら? 当然ではありませんか。まさかご主人さまを『ウィル坊っちゃま』などとお呼びするわけにも参りませんもの」

 早速、女中長と女中長見習いの間でチクチクとしたやりとりが発生していた。
 この二人にとっては、お互いに血縁者であることよりも、ウィルの女中であることの方が優先されることなのかもしれない。

「……それもそうですわね。わたしもその際にはお兄さまのことをどのようにお呼びするべきか、ご相談させてくださいませ」

 背の高い美少女が、若かりしときのトリスを彷彿とさせるようにえんぜんとしたほほみをウィルに投げかけてきた。
 さっそくロゼに外堀を埋められた感がある。

(うわぁ――これからどうなったとしてもぼく、ロゼに「お兄さま」と呼んでもらえなくなるの嫌だなあ……)

 ウィルはせめてもの抵抗のようにそう思う。
 だが、母親代わりの元乳母ナニーを抱いておいて、血の繋がらない妹を抱けないということになれば、ロゼは納得しないであろうし、ウィルとしても上手く釈明のしようがない。
 そもそも、そのようなことが可能な状況なのかすら疑わしい。

「あ、あのね、積もる話もあるんだけど、続きは馬車の中でさせてもらえるかな? トリスにもロゼにもソフィアにもマイヤにも他のみんなにも、伝えておかないといけない話がいっぱいあるんだ」

 マリエルの文にもあるとおり、速やかに屋敷に戻らなければならない。そろそろ次の舞台に向けて動き出すべきときなのだ。

(マリエルのこととか、特にぼくが女中の格好をしないといけない話とか、スカートの中に匿ってもらうとか……うわあ、なんて切り出せばいいの!?)

 内心で頭を抱えながら、「それに――」とウィルは続ける。

「村を襲った賊はなんとか撃退したけど、馭者長を撃った男がまだ残っているかもしれないんだ」
「ならば、すぐにでも出立いたしましょう」
「承知しました。お兄さま」

 主人の身の安全を第一とするトリスとロゼは、迷いなく頷く。
 そこからの二人の行動は早かった。

「ロゼ、女学院の子たちに馬車のアテはあるのかしら? ないならなんとかして村で調達なさい」
「馬車に空きがなければ馬だけでも借りることにしますわ。伯爵家の名前を使わせてください、お兄さま」
「う、うん。小作人のカインなら相談に乗ってくれると思うよ」

 ウィルが承諾を与えると、一度ウィルに向けて膝を折ってから、連れてきた女学生たちの方を振り向いた。

「さっ、ご許可をいただいたので、手分けして聞いて回りましょう」

 ロゼがパンパンと両手を叩き、一言二言ささやくと、あっという間に段取りが決まり、女生徒たちが散る。

「マイヤ、馭者をここまで運んでらっしゃい」
「おう。でもオレ一人じゃ無理だ。ソフィア、手伝ってくれ」
「承知した」

 きびきびとウィルの女中たちが動き回り、手際よく馬車の準備が整えられていく。
 カインは村人たちの見送りの準備が十分整っていないことをひどく恐縮していたが、村人総出で徹夜で山狩りをさせた後に、あわただしくしゅったつすることになったなら対応のしようがないだろう。
 重傷を負った馭者長の代わりを、長身で頬のこけた小作人カインが務めてくれることになった。

(カインは拾い物だったかも。ギュンガスみたいに小利口でないのがいいよね)

 そう思っていると、まばらに集まりはじめた村人の中に、目を潤ませ寂しそうな様子でウィルを見つめる四人の娘たちの姿を見かけた。
 明らかに村の中の綺麗どころで年の頃は二十歳前であろう。元々美人が多いことで有名な土地柄だけに、朝日の下で着飾った姿を見ると、改めて人目を引く容姿をしているように思う。
 美人ばかりと噂の屋敷の女中たちに比べると、器量が飛び抜けているところまで行かないが、雑役女中オールワークスの一人として紛れているならばごく自然な気がした。
 この四人の娘たちが、村の男たちを連れて駆けつけてくれたことを改めて思い出す。
 手折っても良いという話になっていたので、若干惜しいことをしたという気もするが、これ以上ここで時間を費やすことはできないようだ。
 せめてものお礼にと一人一人声をかけると、四人の娘たちはポロポロと泣き始めた。

(こ、ここまで別れを惜しんでくれるものなんだ……そうか、一応ぼくはこの村を守り、この子たちの貞操も守ったことになるから、そういうものなのかも……)

 その様子を、女学院の生徒たちがうっとりと、そしてどこか誇らしげな様子で見守っていた。仕える主人が慕われているのを見るというのは、嬉しいものらしい。
 女中長見習いの立場となるロゼと、女中長トリスの反応はそれだけに留まらなかった。

「トリスお姉さま、あの村娘たち容姿は悪くありませんね」
「気立ても悪くないようですわね」
「お兄さまを見て瞳をらしていることに共感を覚えます」
「はたして濡らしているのは瞳だけなのかしら」
「まあ、トリスお姉さま。はしたない」
「いまのあなたほどではございませんわ」

 この二人は数年ぶりの肉親どうしの再会のはずだが、積もる話などそっちのけで女の値踏みがなされ、どこかヒヤリとした会話の応酬まで繰り広げられている。
 これからずっとこのようなやり取りが続くのだろうかといちまつの不安にかられていると、ふいに二対の視線がねっとりとこちら向けられ、ウィルは背筋をぞくりとさせたのだ。


   ‡


 やがて馬車の準備が整った。
 思った以上に多くの村人たちがウィルの見送りに来てくれた。
 古代の帝国の遺跡の村ということもあってか、どこか凱旋式のような雰囲気が漂っている。

「村のみんな、元気でね!」

 そう呼びかけると、村人たちが当たり前のように跪こうとしたので、令息はあわてて手を振って止めさせた。
 少年を英雄視する村人たちの期待にこれ以上応え続けることは、実際問題不可能であろう。

(たぶん次なにかあっても、ぼくはなんとかできないもの。四人の村の女の子のことはちょっと惜しかったけど……)

 あわてて出立を決めたことは、ボロが出ずに済ませる賢明な判断であったように思えてきたところである。

「じゃあ、みんな出発しようか」

 馬車に乗り込む前に、屋敷の女中たちが主人に礼を尽くすべく、ぐるりと周りを取り囲んだ。

「ご主人さま、われら女中一同、ご主人さまに身も心もお捧げし、変わらぬ忠誠を誓います」

 代表するようにトリスがそう言って、スカートの左右を摘まみ、膝を折る。
 すると、ウィルと同世代の少女たちもそれにならった。

「「誓います!」」

 九人の女たちが輪になって、各々スカートを摘まみ、優雅に膝を折る。
 膝を折った屋敷の新入りとなる女学生たちの大ぶりの胸元が一斉にたぷんと揺れる。
 花のつぼみが開くようにスカートが風に揺れて広がった。

(うわあ!)

 その様子があまりに華やかで、ウィルとしては花の冠でも与えられたような気分である。
 なにせどの子も綺麗で、そしてどの子もウィルに身も心も捧げようとしてくれているのだから――
 銀髪の少女までもが「誓おう」と口にしてくれた。
 ソフィアの摘まみ上げる黒地の女中服のスカートのすそから、ペティコートの刺繍飾りがちょこんと顔をのぞかせている。
 ウィルは、その慎ましさと上品な色気がたまらなく好きなのだ。
 この場にいる全員が屋敷の女中服に身を包めば、さぞ壮観であろう。それを想像するだけで胸踊る気持ちになってきた。

「さあ、みんな! ぼくたちの屋敷に帰ろう!」

 伯爵家の令息は嬉しそうに微笑み、馬車に乗りこんだ。
 馬車は北に進路を取り、一路ウィルの愛する領地の屋敷カントリーハウスへと向かっていくのだ。


◇ 屋敷の女性一覧 ◇

女中長   1人 (トリス◎)
蒸留室女中 2人 (リサ◎・サリ◎)
洗濯女中  6人 (第一:ジュディス◎)
         (第二:イグチナ◎・ブリタニー◎・シャーミア◎)
         (第三:アーニー◎・レミア◎)
料理人   1人 (リッタ◎)
調理女中  3人 (第一:ジューチカ)
         (第二:エカチェリーナ・フレデリカ)
皿洗い女中 2人 (ルノア・ニーナ)
乳母    1人 (アラベスカ◎)
酪農女中  3人 (ケーネ)
客間女中  1人 (フローラ◎)
家政女中  8人 (ロゼ・ヴェラナ)
雑役女中  8人 (ルーシー・チュンファ・デイジー)
側付き女中 3人 (ソフィア○・マイヤ◎・レベッカ◎)
修道女   1人 (ヘンリエッタ◎)
その他   1人 (オクタヴィア)
    計41人
お手つき 16人 (済み◎、一部済み○、途中△)

これでお出かけ編が終わりますので、ここ二年ほどを振り返っての所感を。
わたしの執筆スピードは、一日三千字から調子の良いときで六千字くらいだったのですが、契約問題で出版トラブルに遭遇して以降(1巻の発売直後から電子書籍関係で暗雲が立ち込め、3巻の発売直後あたりから本当ににっちもさっちもいかなくなりまして)まったく筆が進まなくなり、本当に本当につらくてつらくて仕方がなかったです。

そんな中でも、第四十六話〜第五十二話まで約六万字(60189字)書き上げられて、ほっとしております。たった六万字ですが本当に全力尽くしてやっとこさでした。



第五十二話「再会と帰還」へのコメント:
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