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第四十七話「望郷」

Kindle版1巻収録予定の「伯爵家の老犬」および、Kindle版2巻収録予定の「それぞれの旅立ち」をお読みいただけると助かります。ロゼ絡みの重要な短編となり読んでいないと話の分からない部分も出てくると思います。
若干詰め込みすぎを心配しており、もし気になる点がありましたらご指摘ください。

 伯爵家の令息にとって、赤毛のマイヤが親友であれば、黒髪を頭の左右で結わえたロゼは血の繫がらない妹であろう。
 トリスの年の離れた妹少女ロゼは、血の繋がった肉親の愛情に恵まれず、家族がほしいと願うウィルのためにマルク領の屋敷に連れて来られた。
 幼いウィルは、初めて会ったロゼをひと目見て、その名前の由来ともなったロゼワインのような薄桃色の瞳が気に入った。
 物心ついていたのかも怪しく、なぜそうしたのか覚えていないが、幼女の真っ直ぐな黒髪の左右をひっつかみ『この髪型が似合う』そう告げて以来ずっと、ロゼはあの髪型にしてくれているのだ。

 ウィルのことをお兄さまと慕ってくれるロゼが、屋敷の女中長ハウスキーパーを目指すと宣言し、かつてトリスが主席で卒業した国内最高峰の女性教育機関シャルロッテ女学院に旅立って三年――
 伯爵家の令息ウィルは馬車に揺られながら、改めて出発前に受け取った手紙を読んだときのことを思い返していた。

『ロゼ、主席とれたんだ!』

 そう感嘆の声を上げたのも束の間――読み進めていくうちに、すぐに文面の意味する重大さに気がつくことになったのだ。


   ‡


『お兄さま、お久しぶりにございます。
 予定より早くなりましたが無事に主席で卒業することができ、これよりお兄さまとの誓いを果たすために、女学院の子たちを連れて屋敷に戻ってまいります。
 女王蜂と称される主席卒業生には、目をかけた女生徒の就職先の世話をする役割が求められておりまして、待遇の良さで知られるマルク家が一斉採用することに女生徒たちが色めき立ち、それが女王蜂争いを勝ち抜く決め手になりました。まるで天のはいざいのようなお兄さまのご支援に感謝するとともに、改めてお兄さまにお尽くしすることがわたしの天命だと感じております。

 連れ帰る女の子たちは、お兄さまのお眼鏡に叶いそうな優秀で可愛い子ばかりを選びました。その中には、イグチナの娘でありわたしの親友でもあるヴェラナも含まれておりますので、ご安心ください。お兄さまに差し上げるというお約束はきちんと覚えております。
 ヴェラナなどは「十人並みの自分など本来お呼びでないはずなのに」とご指名いただけたことに感謝感激しておりました。あの子は昔よりずっと胸も大きくなり、ますます母親のイグチナに似てきたように思います。自分の立場の分かっている子ですので、今後いかようにでもお使いいただけます。

 このロゼも、トリスお姉さまほどではないにしろ、以前よりずっと胸が大きくなり背も伸びたのですよ。お兄さまに身も心もお捧げするときのことを思うと、胸の高鳴りが抑えきれません。
 これから連れて行く子たちには、お兄さまの女中になって身も心もお捧げすることがどれほど素晴らしいか、想いのたけを吹き込んでおきました。
 自分やヴェラナは当然として、他の子たちもお兄さまのどのような命令にも従いますし、ロゼが責任をもってなんでも言うことを聞かせます。お兄さまに身も心も捧げる覚悟なしに、屋敷内での重要な仕事は望めないだろうと言い含めております。

 どうかお兄さまにおかれましては、遠くから花をでるだけでなく存分におりください。このロゼにお兄さまのお役に立てるという自信と、いつかお兄さまの女中長になれるかもしれないという希望をお与えください。

 シャルロッテ女学院に行くと決めた三年前のあの日のことを改めて思い返しております。あの日、ロゼはお兄さまに、自身の心と身体だけでなく、肉親や友人も含め、自分に関わるすべてをおささげすると誓いを立てました。
 ロゼは、あの忠実なる雌犬ペロの命日にお兄さまに羊飼いのシェパーズ財布パースをお捧げして以来、お兄さまにすべてを捧げ、お兄さまのお役に立てることだけを願う一輪の花にございます。生涯お兄さまにお尽くしし、すべてを捧げる女中長になりとうございます。
 羊飼いの花ロゼよりお兄さまに愛を込めて』


   ‡


(うわああ……! なんというか、すごいや……)

 これまでロゼとは何度となく手紙を交わしてきたが、いつにも増して愛が重く、少女の情念の凄まじさに圧倒されるしかない。
 この手紙は『シャルロッテ女学院で学ぶことが、ウィルの女中長になるという目標にどのように繫がるのか』という命題に対する、ロゼの渾身の回答なのだ。
 たしかに三年前のあの日、ロゼだけでなくロゼに関わるすべてが欲しい――いまより幼いウィルはそう口にした。
 あれは本気の言葉であったが、肉体的精神的に成熟する猶予を作るための方便という意味合いが強かったように思う。

(おまけに……『責任をもってなんでも言うことを聞かせる』って書いてあるんだけどっ!?)

 たとえ召喚された悪魔であっても、まさか肉親や友人の心と身体を差し出せとまで要求すまい。
 到底果たされるはずのない約束が、着々と履行されようとしている状況にせんりつを禁じえなかった。


   ‡


「ほ、本当かよ!? あいつが帰ってくるの半年くらい先かと思ってたぜ!」

 青い瞳を輝かせ、声を弾ませる幼なじみの赤毛の幼なじみの方に、少年は意識を戻した。

「うん、ぼくも驚いた。なんでも優秀な女性の受け皿になる職場は世の中に限られているらしくてね、屋敷の女中のポストが空いたから卒業を早めて戻ってくるんだって」

 ウィルは以前、シャルロッテ女学院に当座をしのげるよう融資を行なった。女学院側はその見返りに、マルク家の都合に合わせて卒業時期をずらすという便べんを図ってくれたのだろう。

 自らのポストを狙うと公言する部下を迎え入れることについて女中長トリスは、「お手並み拝見」とでも言わんばかりのえんぜんとした笑みを浮かべており、見ていて妙に背筋がぞくりとするものを感じた覚えがある。
 もしかすると、すでに水面下で戦いがはじまっているのかもしれない。
 この二人の間には、血の繋がった肉親同士だからごころを加えるなんてことが一切ない気がするのだ。

(おっかないなあ。あのときも怖かったし……)

 かつてロゼは、ウィルが王立学院で寄宿舎生活をはじめるのを機に、

『主人の妹などという役職はない』

 などとトリスに言われて容赦なく屋敷から追い出され、シャルロッテ女学院に入学することになった経緯がある。
 それに対しロゼは、シャルロッテ女学院を主席で卒業し、屋敷内での足場となってくれる女学生を女中として連れ帰ることで、トリスの追い落としを狙う見事なきょうとうを築き上げてみせたのだ。
 用意周到に準備を重ね、あらゆる困難をぎ払って突き進む、少女のいちさには恐れ入るしかない。

 今後、実質的に女中長補佐になるであろうロゼの立場がどこまで強くなるかは、屋敷の女中たちを監督する手腕と、連れ帰った女中たちがどれほどウィルの役に立つかにかかっている。
 主人であるウィルの覚悟も試されるのかもしれない――

「それでロゼのやつは、いつ戻ってくるんだ?」

 赤毛の幼なじみがそう尋ねてきたので、少年は一瞬ぎくりと動揺した。

「ちょうど戻ってきているところみたい。入れ違いになっちゃうね」
「そっか、間がわりいな。せっかく、いの一番に歓迎してやろうと思ったのによ」

 気の良い幼なじみは残念そうに言う。

「屋敷に戻ってきたときにやってあげようよ。ロゼの方もお土産があるみたいだしね」
「ロゼのことだからきっとろくでもないもんだぞ。アイツ、オレと同じくらいおまえのこと好きだからな。まあ、抜け駆けしたのはオレの方だから、いまさら文句は言わねえけどよう」

 勘の良いマイヤは肩を落としながら溜息をつき、顔を赤くしながら軽くねて見せる。この生々しくも艶かしい空気がくすぐったい。

(『遠くから花を愛でるだけではなく』と手紙でさりげなく釘を刺されているのだけど、正直どうしたものかなあ……)

 血の繋がった肉親の愛情を知らない伯爵家の令息にとって、屋敷の古株の使用人たちを巻き込んだロゼとの血の繫がらない兄妹関係は、だれにもけがされたくない宝物のような思い出である。
 だからこそ使用人としての立場が明確になったロゼと今後どういった関係をはぐくんでいくか、気持ちの整理がつきかねている。
 もし仮に、自分のことを『お兄さま』と呼んで慕ってくれた少女の花を散らすとなれば、それはウィルにとって乳母ナニーであったトリスに筆下ろしをしてもらったときに並ぶきんになろう。

(ずっと気になっていたんだけど、手紙から受ける印象が、ますますトリスに似てきた気がするんだよね……)

 血の繋がらない妹に触れるとなれば、いままで触れずに済ませてきたトリスとロゼの秘密のベールを暴くことにも繫がりかねない。
 手紙には、以前よりずっと背が伸びて胸も大きくなったと書かれていたであろうか。

(ま、まさか、ぼくより背が高くなってたりしないよね? トリスみたいに見上げないといけなくなったら、兄としてのけんに関わるんだけど……)

 さしあたりウィルは迫り来る将来の決断から目を逸らすように、みみっちい心配をしたのである。


   ‡


「――妹の捜索に関係ある話か?」

 ずっと話の蚊帳の外だったソフィアが、いい加減にれたようにはなじろんだ調子で尋ねてきた。

「ああ、おまえは知らねえだろうけどよ、オレとウィルの昔からの顔なじみでな。まあ、ウィルをめぐってまた一人強力なライバルが増えるってこった」

 赤毛の幼なじみは困ったような、それでいて嬉しそうな表情でそう説明する。
 幼少の頃、屋敷のしっくいの壁に相合い傘の落書きの数を競い合っていたほほましくも懐かしい光景が、性に目覚めた年頃になってからまた別の――もしかするとより生々しい形で再開されるのかもしれない。

「ふん、なるほど。どうやらわたしが聞く必要のない話のようだな。好きなだけ取りあうが良いぞ」

 冷ややかにそう言い捨てる遊牧民の少女に、ウィルは難しい表情を浮かべる。

「ソフィア、きみも無関係ではいられないよ」
「なぜだ?」
「あのね、きみがぼくの元に来るよう予言を託されたのは、一族の未来を考えてのことだろう。だったらきみも屋敷の内情について気に留めておいた方がいい。マリエルを取り戻すことはきみたちぎんろうぞくにとっての最終目標ではなく、これからの苦労のはじまりなんだから」

 苦い薬でも飲みこむかのようにソフィアは息をみ込んだ。

「……嫌なことを言うやつだな。そんなことは分かっている。だが、一族の長である妹さえ取り戻せば――」
「まさかとは思うけど、後のことはマリエルに丸投げするつもりだったの?」

 図星を突かれたらしく、銀髪のはうっとうめいた。

「……わ、わたしはいくびとであって、一族の未来を決める立場にないのだ!」

 銀髪の少女はしきばむ。

「ソフィアはマリエルの命じたことなら、なんでも従うの?」
「無論だ。一族の神子は、一族の長である神巫の指示に従う義務がある」

 今度のソフィアは淀みなく答えた。

「そういうものなんだね。覚えておくよ。でもな、うーん……」

 草原の狼のようなソフィアの気高さを愛するものの、神話の時代にでも生きているように浮世離れして見えるときがあるのが気にかかって仕方がないのだ。

「今後のことも含めて話し合えないなら、マリエルにとっても、きみを送り出した甲斐がないと思うのだけど?」

 銀髪の神子はウィルの質問には答えず、葛藤するように口をへの字に結んで馬車の前の壁に手をつき、溜息をつく。
 ちょうどソフィアが手をついた場所には、

『すべての運命は耐えることで克服されなければいけない』

 何代か前のマルク家の当主が彫り込ませた古語が刻まれており、それは現在のソフィアの置かれている状況を示しているようにも思えた。
 書を持たぬ遊牧民にそんな文字は読めないとばかりに銀髪の少女はぎゅうっと目をつぶってみせる――
 そんな車内に重々しい空気に耐えかねたのか、

「……あ、あのよう」

 隣に座る赤毛の少女が、茶色い外套の下の濃紺のワンピースのスカートの膝のあたりをモジモジと揉みながら、

「オレこの服、似合ってるかな? いい加減教えてくれよ?」

 本当にいまさらのようにそう尋ねてきた。
 もう屋敷からどれほど離れたことか。出発前からチラチラとこちらの様子をうかがっていることには気がついていたが。

「……似合ってなくはないよ」

 どこか借りてきた猫のように上品に見えなくもない。だが、マイヤの魅力はそういうところではないように思うのだ。

「ちきしょう! オレ、生まれてこの方、こんな小綺麗な服着たことないんだぞ。褒めてくれたってバチ当たんねえだろうが……」
(あ……)

 この幼なじみの親友は、物心つくかどうかの幼いときに孤児院から屋敷に引き取られて以来、寝るとき以外ほぼ女中服を着ているのだ。
 そこに思い至ると、ウィルはとても悪いことをしたような気持ちになり、

「あ、あのね。屋敷の主人であるぼくが一番好きなのは女中服を着ているいつものマイヤなんだ」

 なだめるように本音を告げたところ、赤毛の側付きウェイティング女中メイドは、ぱちぱちと何度もまばたきを繰り返した後、その青い瞳にみるみる喜色が広がっていく。
 少女は、ひとしきり「うへへっ」とくすぐったそうに笑った後、

「だったら仕方がねえな。おまえがオレの女中服姿がそこまで好きだなんて知らなかったぜ!」

 もう辛抱たまらないとばかりに少年の肩に赤毛の頭をグリグリと擦りつけてきたのだ。
 そうやってひとしきり満足した後、この安上がりにもほどがある少女は、じっとウィルを見上げてきた。

「……実を言うとオレもな、いつもと着ている服が違うからちょっと落ち着かねえんだわ。なんだか皮膚が一枚足りないような気がしてよう」

 人生の大半を屋敷で過ごしたマイヤにとって、もはや女中服はなまかわである。
 ウィルにとっても女中の世話を受けることは、もはや切り離せない人生の一部であろう。そう考えたところで――

(ん? 皮膚が足りない……?)

 古株の幼なじみの女中の言葉が引っかかりとなって少年は、はっと目を見開いた。
 なにかてんけいにでも触れたような気がしたのだ。
 不安のようなものが持ち上がってきて居ても立っても居られなくなる。
 伯爵家の令息は、赤毛の側付き女中の膝の上を横切って身を乗り出す。

「お、おい、突然どうした?」

 そのまま窓から顔を出して、馬車の背後の通り過ぎた道を振り返る。
 陽が落ちて、辺り一面は赤く染まっていた。

「なにか見えるのか?」
「いや……」

 簡単な言葉でこの気持ちを言い表すことはできまい。
 赤く輝く麦畑の遥か遠くの丘の上にうっすら、伯爵家の令息の愛してやまない屋敷が見える。そしてその奥の地平線には広大な大草原が繋がっている。まさに望郷であろう。
 いかなる意味においても、あの屋敷こそがウィルにとっての唯一無二のすみである。領主のカントリー屋敷ハウスにかける貴族の想いとはそういったものなのだ。

 草原と麦畑――どちらの側に身を置こうとも、この周囲一帯を一枚の風景画として切り取るなら、必ずあの屋敷が構図の中心に納められるに違いない。
 これまでこの大草原に面する辺境領の支配は、人々の記憶に焼きつく荘厳な屋敷を建て、伯爵家につくことが有利であると思わせることによって成立してきた。
 草原に憧れを抱く伯爵家の令息にとっての選択肢は、草原の緑のじゅうたんに足を踏み出すか、麦畑の黄色い絨毯を広げるか、はたまた屋敷の赤い絨毯を踏み続けるかの、いずれかのような気がしてならない。

(――そうあるべきなんだよ)

 だが、いま銀狼族の神子ソフィアと奴隷の丘で交わしたやくじょうにより、一行はこれから港街レノスに足を踏み入れようとしている。
 レノスは時代の追い風を受けた中流階級たちが活躍する商業の街であり、時代を守り続けようとする貴族のウィルや草原の民ソフィアにとっては向かい風のような地であろう。
 こうして遠くにかすんで消えていく屋敷を振り返ると、自分が間違った場所に出てきてしまったような心もとなさを感じて仕方がないのだ。

 レノスのさらに南の国境線を超えた地域は、大陸の東西の民族や宗教がモザイク状に入り混じっており、一触即発の火薬庫のような危うい状態にあると聞く。
 夕暮れ時だからなのか、ふいに令息ののうに思い浮かんだのは、丘の上で赤く燃え盛る屋敷のヴィジョン――

(っ…………!)

 反射的にウィルは座席に戻り、改めてソフィアの方に向き直る。
 身を乗り出し、瞳に真剣な色をたたえたウィルの勢いに押され、

「な、なんだ、どうかしたのか?」

 ソフィアは、押し倒されるかのように馬車の窓に背を持たれかけさせる体勢になっている。

「あのね、ぼくには銀狼族から――きみの妹マリエルから、期待されている役割というものがあるはずなんだ」
「……そ、そうだな」

 背後からは、この会話を見守る赤毛の幼なじみの、はらはらと不安そうな気配が伝わってくる。

「大草原の片隅を領有している貴族家なんて国内ではうちくらいだし、ぼくの他にきみたち銀狼族に肩入れするような貴族なんて、まず他にいないもの」
「……そ、そうなのだろうな」

 銀髪の少女は座席の隅にさらに押し込まれる。

「でも、ぼくには伯爵家を継ぎ、あの屋敷を存続させるという使命がある。それはぼくにとってとても大切なことで、ぼくの人生そのものと言っていい」
「………………お、おう……」

 令息の言葉に遊牧民の少女は呑まれている。
 草原を追われた気高い銀狼の民だからこそ、屋敷を守ろうとするウィルの貴族としての誇りを理解しないわけにはいかないのかもしれない。

「ソフィア、きみは草原の神託によりぼくのところにやって来た」

 それを口にした瞬間、銀髪のかかる肩がギクリと跳ね上がった。
 この少女はたしか以前こう口にしていただろうか。

『鉄のおりに囚われて……とりあえず……主を定めるべし。遠からず……を知らぬ身は神巫へと繋がらん』

 予言の文言に相応しくない口語的な表現が混ざっているのは、ソフィアにとってなんらか都合の悪いくだりを取り繕うためであろう。

「きみたち銀狼族のためにできることはしてあげたいが、それがぼくにとって背負えるリスクなのかを見極める必要がある。屋敷の女中たちに身も心も捧げさせておいて、軽々しく自分の命や使命を投げ出すことなどできやしないんだ!」

 ウィルが力強くそう言い切ったとき、馬車の窓には目を大きく見開き、唇を両手でおおい包んでいるマイヤの姿が映し出されていた。
 それは、この赤毛の幼なじみの望んでいた言葉だったのかもしれない――いつか遊牧民のソフィアが、草原に憧れを持つウィルを連れて屋敷を去ってしまうことを心配していたのだから。

「ソフィア、きみに授けられた予言の言葉の正確な全文を教えてほしい」

 令息は少年らしい実直さと領主一族としての義務ノブレス・オブリージュによって、銀狼族の神子に情報の開示を要求したのだ。
 ソフィアは、退路を断たれた獣のように切羽詰まった顔で口を開く。

「……い、いずれ教える。ま、待ってくれ! こ、心の準備が必要なんだ」

 悲鳴のようなその返事に少年はやや首を傾げたが、

「駄目だ。悪いけど、この馬車が次のルクロイの村に到着するまでには教えてほしい。もう先延ばしにできる状況ではないよ」

 先ほど感じた直感が少年にそう告げさせたのだ。
 すると昨晩肌を合わせた銀髪の少女は顔を伏せ、顔を赤らめながら聞こえないくらいの小声で、

「――あのような姿までさらしておいて、いまさら心の準備もあったものではないか……」

 ゴニョゴニョと恥じ入るようにつぶやいた後、長い沈黙が続いた。
 かつて奴隷の丘で出会い、大草原の片隅を領有する伯爵家の一粒種が心奪われた草原の少女はやがて、

「わ、分かった……。村に着くまでに、いや、着いたら教える」

 ぎゅっと目をつぶってそう返事をしたのだ。

マイヤのセリフにもあるとおりに、女中服を着ていない女中というのは正直書いていてなんとなくしっくり来ない感がありまして、そこまで長いパートにはならず、比較的すぐに屋敷の中のストーリーラインに戻ってくる予定です。女中ものとしてのテーマを優先する感じですね。次の何話かが山場です。



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