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第四十八話「遊牧民の文字」

 日が沈み、南へと進むれいそくウィルの乗った馬車に月明かりが降り注いでいた。もう一刻ほどもてば、伯爵領の南端の村ルクロイに到着するだろう。
 隣に座る銀髪のソフィアは先ほどから何度も、「はああ」とものげなためいきをつき、口をこうとしない。

「お、なんかさっき、でっけえの通り過ぎた」

 ソフィアとは対照的に機嫌の良さそうな赤毛の少女は、小さくなっていくアーチ状の建物を振り返り、目を輝かせていた。

「あれは水道橋だよ。ほら、ずっと遠くから渡してきてるの見えるでしょ。今はもう使えなくなってるけど、昔はあれで遠方から水を引いて来ていたんだって」

 ウィルは、孤児院から屋敷に引き取られて以来、ずっと働きづめで遠出をすることもなかった幼なじみの少女のために、ガイド役を買って出た。

「おまえんってすげえな!」
「いやウチじゃなくって、これから向かうルクロイの村は、古代の帝国の東の端にあたるんだって。ウチは一応その後継者を名乗っているんだけど、まあ多分そんなはずはなくってね……」

 まつえいたる根拠として思いつくのは、無類の風呂好きである文化的側面を引き継いでいることくらいだろうか。国内の貴族家の中で使用人たちに大浴場を開放しているのは、マルク伯爵家くらいなものなのだから。

「いまでは小さな村になってしまったけど、古代には随分と栄えていたんだよ。大浴場や闘技場の遺跡まで残っているんだから。帝国の十ある軍団レギオンの一つの宿営地だったんだって。だからこそ、清潔な水を確保するために水道橋を引いてきていたんだね」

 銀狼族のの銀髪がピクリと揺れたのは、へいたんかかわる話に興味をそそられたからだろうか。

「われらならにゅうしゅだな。ひたすら馬乳酒だけを飲んで過ごしたこともあるぞ。まあ飲めるのは夏の間だけになるがな」

 遊牧時代を懐かしむソフィアの口ぶりがどこか物哀しい。

「なあ、ソフィア。妹以外の他の一族の生き残りって探せないのか? れいな女に目のないこいつなら、鼻の下を伸ばしながら協力するって」

 当たっていなくもないマイヤの言葉に、銀髪の頭が左右に振られた。

「冬営地となる村が潰された以上、冬を越すのは難しかろう。たとえ生き残りがいたとしても、力のないおさの元に人は戻ってこないものなのだ」

 ソフィアの言葉のとおり、大自然と向き合う遊牧の暮らしはときに過酷なものなのだろう。
 それゆえに、だれに従うかはこの国の貴族家のような血統による長子相続ではなく、能力主義・実利主義的な価値基準にらざるをえない。

「一族の再興を果たすには、われらに力があることを示す必要があるな。復讐を果たせるくらいの力を――」

 その言葉にウィルは、はっと息をむ。

「ふん、安心しろ。わたしにだって、それがもう難しいことくらいは理解できる」
(び、びっくりしたあ!)

 少年は内心で盛大にあんの溜息をつく。王国への復讐に手を貸せと言われようものなら、この国の貴族家に連なるウィルの立場としては大変に困るのである。

「そもそも村を滅ぼした連中とおまえの家とは、国は同じでも違う勢力なのであろう?」
「え、よく知ってるね。銀狼族の村を滅ぼしたのは、うちの家と敵対する貴族の占める軍の参謀本部だよ」

 おかげで銀狼族についての情報収集すら苦労する有様だったのだが、ソフィアがもんばつ貴族の存在というものをきちんと理解していたことに、ウィルは驚いていた。

「マリエルの側にいると色々な考えが伝わってくるのだ。われわれだけの知識や知見では分かりえないことも含めてな」

 神妙な顔でそう口にする銀狼族の神子が、今後のことをかたくななまでに神巫の判断にゆだねたがる理由が少しは見えてきた気がする。

「素朴に思ったんだけど、予言なんて聞くまでもなく、きみたち一族にとって最も優先すべきことは、とにかくいっぱい子供を作ることなんじゃないかな。自明なことに思えるよ」

 それに対するソフィアの反応といえば、まるでガツンと頭でも打ち付けられたかのように顔を伏せ、

「――うおおおおん……」

 哀しげな遠吠えを発したのだ。

「え、ぼく、そんなにひどいこと言ったっけ……?」

 少年にしてみれば、この上なく建設的な提案をしたつもりである。

「妹のみならず、おまえまでそういうことを言うのか。わたしはいくさびとなんだぞぉ……」

 琥珀の瞳で恨めしそうに、こちらをにらみつけてきた。
 以前、ソフィアは妹と心が繋がっていると言っていたが、どうやら性格まで近しいわけではないらしい。屋敷の大半の人間に見分けのつかないリサ・サリもあれで結構性格が違うものだ。

(妹のみならずって、なんだかよく分からないけど反抗期みたいな話になっているのね。もし無事に救出できたとしても、意に沿わない命令を受ける羽目になるのは目に見えているんじゃないかなあ……)

 それを口に出して言おうか悩んでいると、

「おい、ウィル。あんまりソフィアをいじめてやるな」

 隣から見かねたようにマイヤの手が伸びてきて、よしよしとソフィアの銀髪をではじめたのだ。

 そうこうしているうちに、やがて道はいしだたみに変わり、馬車の車輪が硬質な音を響かせはじめた。もうまもなくルクロイの村に到着するだろう。

「すべての運命は耐えることで克服されなければならない――か」

 ソフィアが何気なく口にしたのは、ウィルが先ほど指先で触れていた壁に刻まれている古い文字であったのだ。

「ちょっと待って! なんでソフィアは読めるのかな!?」

 ウィルにとっては貴族として身につけておくべき教養の一つであるが、遊牧民のソフィアに読める道理がない。

「われらも予言を書き留めておくのに文字を使う。言葉のひとつひとつから神託を探らなければならないからな。無いと不便であろう?」

 それ自体は大変な驚きだが、問題はそういうことではない。

「これって古代の帝国で使われていた文字なんだけど……」
「なに簡単なことだ。われらの歴史は古代の帝国とやらよりも古い。字の形は多少変わってしまったようだが、元々はわれらの文字なのだ。われらの先祖がおまえの先祖に教えてやったのだろう」

 ソフィアの返答はまさにきょうてんどうと言って差し支えがなかった。
 ぞわりとしたものが背筋を駆け昇ってきた。

(ま、まさか……)

 ウィルは、帝国の建国神話を思い出す。
 捨てられた双子は、狼に乳を授けられて生き延びた後、羊飼いに育てられたという。

「帝国は、きみたち銀狼族の差し金で造られたのか!?」

 自身の生家がその末裔であることを自称する令息は、きょうがくあらわにそう問いかける。

「差し金とか人聞きの悪いことを言うな! たとえ銀狼族が力を貸していたとしても、せいぜい国の始まりのときくらいだ。われらにもそうならざるを得ないというものがあってだな……」

 ソフィアは迷惑そうに銀色の眉をひそめ、はんばくする。
 国のはじまりに狼が関与したという伝承は他にもいくつか思い当たる。
 背筋に寒気を走らせながら、ウィルは口を開く。

「何百年か昔、伯爵家は東の騎馬民族の帝国に攻め込まれたことがある」

 それはマルク伯爵家の語り草となる最悪の存亡の機のときである。

「これから向かうルクロイの村に立て籠もったそうなんだけど、いままさにというところで蒼き狼の末裔を名乗る大君主ハーン崩御のしらせが飛び込んでね、途中で引き返してくれたもんだから、うちの家は無くならずに済んだんだ」

 数万の騎兵が押し寄せ村を取り囲み、あとはひづめに踏み潰されるのを待つだけの絶望的な状況であったと、マルク家のでんは伝えている。

「……過去の神子や神巫がなにを考えていたかまでは分からない。だが、蒼き狼というなら、やはりわれらのことになるだろうな」
(やっぱり……!)

 ウィルは目を見開く。
 この場合の蒼き狼の蒼というのは灰色がかった青色を指す。
 灰色の毛並みが光を受ければ銀色に輝くであろう。出会ってすぐに少年が心を奪われた灰被りの少女のように――

『予言の力を悪用されたら大変なことになる。しんの力を私欲に使ってはならない』

 あのときの言葉は決しておおなものではなかったのだ。
 有史以前から草原を支配してきた一族だということを理解はしていたつもりだが、予言の影響力というものを根本から見誤っていた気がする。
 西に銀狼の乳を授かった帝国が広がり、東に銀狼の末裔を名乗る帝国が広がった。マルク領がそれら東西の架け橋となり、ちょうどその境い目がいま向かっているルクロイの村に当たるのだ。

(な、なにかが起こりそうなんだけど……)

 人知の及ばない神の作為のようなものを意識した瞬間――少年はテングリに繋がっているような錯覚におちいり、地平線の彼方まで続く緑の大草原を見た気がする。
 マルク領に繫がる大草原の周辺一帯で、どれほどの王国や帝国が栄え、そして滅んでいったであろうか。
 大陸の西の果てから東の果てまで、どこまでも続く青い空の下を駆けていく様子が思い浮かぶ。こうを駆け、地平線をとうする――それは辺境領の令息の憧れた、大草原を馳ける夢に果てしなく近い。
 のうを、若狼のような男たちが銀狼の少女を連れ、続々と駆け抜けていく。そこには手を携えて共に危機を乗り越えていく姿が生き生きと映し出されていた。
 だが、決まって連れられているのは、つがいになるにはまだ毛の青い子狼であり、じょおうぜんとしためすおおかみの姿がさっぱり思い浮かばないのは奇妙なことであった――

「おい、ウィル!」

 赤毛の側付きウェイティング女中メイドの声に少年は、はっと我に帰る。
 ルクロイの村の門にたどり着くその道のだいぶん手前の路上に、ローブに身を包んだ人影が松明を持って立っていたのだ。
 その痩せた顔に見覚えがあることに気がつき、

めて!」

 あわてて御者席の後ろの壁をノックし、急停車させたのであった。
 馬車の窓から顔を出し、

「なにかあったの?」

 ウィルはそう問いかける。
 この男は以前、屋敷にも来たことのある小作人で、この村の顔役の一人であったはずだ。残念ながら名前はすぐに思い出せそうにない。

「お久しぶりです。せっかくお越しいただいたところ申し訳ありませんが、このまま引き返すことを強くお勧めします。村が襲われておりまして――」

 男がそう返事をしたそのとき、村の方から乾いた銃声がこだましたのだ。


   ‡


 身をすくめるウィルをよそに、肝が据わっているのか男は小指を耳の穴に突っ込み、村の方を振り返っている。

「銃声は村の広場からでしょうな。なに威嚇射撃です。まだだれも殺されていないでしょう。もっとも、今後は分かりませんがね……」
「追い返せないの!?」

 馬車の窓を挟んでそう問いかける。

「村に武器になりそうなものは、くわすきくらいしか見つかりません。村の力では限界があります」

 伯爵家が招集をかければ従軍する立場の男が言うのだから、間違いないのだろう。古代の軍団の宿営地であったのも遥か昔、平和な暮らしが続き、自衛すらままならなくなってしまっているのだ。

「敵の戦力は!? 詳しく教えて!」

 ウィルがそう求めると、痩せた男はこくりとうなずき、両手を腰の後ろに組み、背筋を伸ばして報告をはじめる。

「敵は二十人ほどの賊です。賊というには装備が整いすぎていて、いずれも旧式のマスケット銃を持っておりました。どこぞに雇われた軍隊くずれの傭兵かと思われます。一梃だけ新式の銃も見かけました」
(なんなのその装備! 軍隊くずれというか、もう軍の小隊そのものじゃない!?)

 ルクロイの村に逗留すると決定したのはつい先日のことだ。
 もしどこからか情報がれていたとしても、令息の到着に合わせてこれだけの装備を持たせた刺客を差し向けるというのは、ウィル自身ですら決めていない予定を前もって知ってでもいない限り、不可能なことだ。

(ああ、もうこれ確定だ……やられた! まさか領内で待ち伏せされるなんて!)

 大貴族にも関わらず、有事の際の武装家臣団となれる男性使用人が領地の屋敷にはいない――そのあたりの体制の不備を突かれたことを悟り、内心で頭を抱えていた。
 商人がマリエルの予言を自在に引き出せるのであれば、手の打ちようがないのではないか。そんな疑問に直面することになったのである。

(この場を逃れるべきだろうか――いや)

 小作人の男は引き返すよう勧めてくれているが、今の状況だと村の救援にはかなり時間がかかる。村を見捨てたと見なされて、マルク伯爵家に対する信用もガタ落ちになるであろう。
 そうなると、レベッカとともに強引に区画整備を進め、成功のきざしを見せはじめた農地改革まで水泡に帰しかねない。
 チェスにたとえるなら、安全な領内を旅していたはずが襲われた村を見捨てるわけにもいかず、自陣の駒で逃げ道をふさがれる――エポレット・メイトを食らっているも同然だ。

(この場でトリスの到着を待つべきだろうか――いや)

 あの女中長ハウスキーパーと上手く合流できたとしても、明日の朝以降になる。
 トリスはこの危機に対処してくれるだろうが、主人の命をみすみす危険にさらすことを容認する使用人では決してない。
 今回トリスは可愛かわいい子には旅をさせろとばかりに送り出してくれたが、今後マリエルの捜索に一切協力してくれなくなる――そんな予感がしているのだ。
 それは、ソフィアの妹探しを諦めることとほぼ同義である。
 こちらの内情まで見透かした、最悪の一手を打ってきたと言っても過言ではない。

(くおおおお……)

 少年は頭を抱えた。

「どうする?」

 後ろから銀狼族の神子が尋ねてきた。
 ウィルは振り向き、真剣な表情で口を開く。

「ソフィア、この地を預かる領主の一族としてお願いする。教えてほしい――」

 領地のカントリー屋敷ハウスの未来が、この令息の華奢な両肩にかかっている。そこで働く使用人たちもウィルが死ねば路頭に迷うのだ。

「きみに託された預言によると、ぼくはここで死ぬ定めにあるだろうか?」

 真っ先にそれが知りたい。
 伯爵家の令息は、勝算のない無謀な博打で捨てられるような軽い命を持ち合わせていないのだから――
 銀狼族の神子はしばし考えこんだ後、口を開く。

「……それはちょっと考えにくい。もし仮にここでおまえが死ぬようなら、予言としてあまりに意味をなさないからな」

 その返答に、令息は盛大に安堵の溜息をついたのだ。

「……なんというか神託というのはこんな風に扱えるんだね。これは怖いことだよ……よし分かった。だったら、落ち着いて冷静に対処することにしよう!」

 決心を固めた令息は馬車の扉を開け、銃を抱えたまま石畳の上に飛び降りた。赤毛のマイヤとソフィアも連れ立って馬車から降りる。
 月明かりの下、背の高い男と三人の少年少女が向き合うことになる。
 行動の意図を測りかね困惑している小作人に、

「賊の持つ新式の銃は一梃きりで間違いない?」

 ウィルはそう問いかけた。
 それが確かめておくべき最優先事項となる。

「わたしが交渉に当たりましたが、誇示するように見せびらかしてきたので、おそらくはその一挺きりで間違いないかと。敵はこちらのことを完全にめてかかっておりましたので……」

 それを聞いて、「しめた。敵の油断につけ込める」と思った。

「舐めてるってどのくらい?」
「申し上げづらいことなのですが……ウィル坊ちゃんを持てなすためにご用意したお食事を酒のつまみに、堂々と村の広場で宴会をはじめているくらいです」
「な……なんて腹立たしい。で、相手の要求は?」

「腹がふくれたら、村の女たちを用意するようにと――明らかに性的な欲求を満たすためでしょうな」
「くそ、お、ううぉ……」

 ぷるぷると拳を握りしめ、怒りに身を震わせるウィルの隣の少女に、男はちらりと視線を寄越した。

「それから村に銀髪の娘がいたら、必ず連れてくるようにと要求してきております」
「好き勝手しやがってぇ!! ぼくの物に手を出そうとしたこと、ぜったい後悔させてやるからなァ!」

 ついにウィルは平静さなどかなぐり捨て、かんしゃくを起こし敵をののしりはじめたのだ。

「落ち着け、ウィル。冷静に対処しようと言ったのはおまえだぞ。…………だが、そういうのも悪くないな」
「……付き合い長いけどよ、オレ、ウィルのせい聞いたの初めてかも」

「あの、まさかこの場で指揮をとられるおつもりですか!? ろくに戦闘訓練も積んでいない村の者たちを戦わせるのは無理がありますよ!」

 男は悲鳴のような声を上げる。

「ぼくの方も新式の銃を持って来たんだ。これで追い払えるか試してみるよ。村人たちの避難は任せたからね」
「ええっ!? そ、そうはおっしゃられましてもおんの危険が……」
「やってみてどうにもならなそうなら、さっさと逃げ出すよ。もしそうなったとしても、必ず助けに戻るから安心して!」

 後半部分は為政者としての発言である。たとえ犠牲者が出たとしても、やれるだけのことはやったのだというていさいは整えておきたい。
 どのみちソフィア頼みとなる。暗がりで敵味方が入り乱れる方が困ると判断したのだ。

「いざとなったらいつでも逃げ出せるよう、馬車の方はこの場で待機させておいてほしいんだ」

 ずんぐりしたもくな馭者は黙って頷いた。
 痩せた小作人の男は、それに納得したように頷くと、

「それならばご指示に従いましょう。あれだけお小さかったというのに、本当に大きくなられましたな」

 石畳の道の上に片膝をつき、ひざまずいたのだ。
 まだ名前を覚えてあげていないのが本当に申し訳ない限りである。

「ウィル、オレも一緒に行くからな!」

 その小さな身体には長めの銃を抱え、マイヤが必死にそう主張してきたので、その健気な赤毛の頭をウィルはくしゃりと撫でてやる。

「マイヤにはぼくの背中を守ってもらうよ」
「お、おう!」

 正直、多少銃の扱いを覚えたところでマイヤに積極的に人を撃ち殺すよう命令する気にはならなかった。それよりは物陰に潜んでウィルの背後を見守ってくれる方が気持ちの上でも助かる。
 古代の軍隊の宿営地だった村には、幸いにして石壁であったりと身を隠す遺跡が多く、村に来たことのあるウィルには地の利があるだろう。わざわざ狙撃を受けやすい場所を選んで、酒宴を開いてくれているというのだから。

「ソフィア、村の広場に急ごう。きみに活躍してもらいたいんだ。任せられるかい?」
「正直に言おう。新式の銃があるとするならそれが厄介だ。旧式だとまず銃口が光り、次に音が聞こえる。そして見当外れな方向に飛んで行くのだが、新式になると、音よりも早くこちらに当たる弾が飛んでくる。これはかわしきれない」

 ソフィアはじっと村の方を見つめたままそう返答する。
 これが神話と人の時代の境目なのだろう。
 ボルトアクション式の銃を持つ散兵が、銀狼族の神子の天敵なのだ。

「新式の銃の方はなんとかするよ。安心して。ぼくがきみの背中を守ってあげる!」

 ウィルは勝算をぎとっていた。旧式の銃を持ち、密集陣形を組んだ戦列歩兵など、王国の軍隊を何度も撃退したソフィアの敵ではない。
 銃剣をたずさえての一斉突撃もソフィアなら玉砕させられよう。神話の時代より戦争を制してきた純粋武力に、太刀打ちできようはずがない。

 銀狼族の少女がウィルの方を振り返る。その銀髪がふわりと浮かび上がり、月明かりを反射した。

「承知した。背中を守るか――戦友ならば是非もないな」

 少女は真っ直ぐウィルの方を見つめ、口許を緩める。その琥珀色の瞳は同族に向けるような穏やかな色合いに輝いていた。
 それまでの葛藤など置き去りにしたような飛びっきりのほほみに、思わずれることになる。
 銀色の毛並みの狼が寄り添うように少女は肩をそっと触れ合わせ、少年の耳元に唇を近づけてきた。夜風に舞う長い髪が月明かりを浴び、銀糸のようにやや蒼みを帯びて輝く。
 濡れた唇のすきからかすかに漏れ出る吐息が、年若い雌狼がたかぶったときのような刹那的な色香とぬくもりを感じさせた――それが妙に切ない。
 少女はついに、自身に授けられた予言の句をぎんじてみせたのだ。

「――鉄のおりに囚われた主人に出会い、遠からず委ねん。さねば一族の血はえん。を知らぬ身はかんなぎへと繋がらん」




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