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第五話「奴隷少女を洗う」

 マルク家のお屋敷のドアをくぐったエントランスホールで、ウィルはいまさらのように苦情を言った。

「なんでギュンガスがここにいるんだよ。買わないって言ってたのに。油断もすきもない!」

 声は螺旋階段を抜けて二階へと響いた。マルク家のエントランスは古典風の様式パラディアン・スタイルで、マーブルの入った白く太い大理石の支柱が並んでいる。
 ウィルが奴隷市場からマルクの屋敷に戻ったときには、ぎんろうぞくのソフィアに加え、ソフィアの居場所を仄めかしたギュンガスが屋敷の使用人として加わっていたのだ。

「まあまあ、ウィリアム様。わたしがいたからこそソフィアを安く手に入れることができたのですよ」

 ギュンガスはそう言うと、マルク家のホールの威容をじっと眺め回し、満足そうにうなずいた。
 銀狼族を騙る女と、正真正銘の銀狼族のソフィア、そしてギュンガスは同じ商人を主人としており、商人の奴隷売買の実質的な差配をしていたのが、いまも気障ったらしく赤毛をべっ甲の櫛でいているギュンガスであった。

「たしかにギュンガスの言うとおり、本来百万ドラクマふっかけられていてもおかしくないところを、たったの一万ドルでソフィアを買うことができました」

 そうトリスが言う。
 おまけに、ギュンガスの加入によって、『屋敷の仕事を任せられるくらい有能で、美人で処女の女家庭教師ガヴァネス』という当初の予定を、二人で役割分担したにしろ、余すことなく達成することができたのだ。

「ギュンガスを買うのに三四万ドラクマもかかったけどね」

 ウィルがなおも口を尖らせると、

「つまり、百万ドラクマ払うのに比べたら、差し引き六五万ドラクマもの利益をマルク家にもたらしたということですよ」

 ギュンガスはにこやかな笑みを浮かべた。

(よく言うよ……)

 前の主人からしたらあれは完全な業務上重過失だろう。ウィルはそう思う。
 あの後の顛末は――
 奴隷商は、騒動を引き起こした責任をとらされて一晩収監されていた。
 この奴隷市場から出入り禁止を食らったのは痛かったようで、留置所から解放された奴隷商の身体は、外見以上に小さく見えた。つるりとした禿頭で、両側のこめかみのあたりにだけ、白髪がしぶとく残っていた。
 出迎えたギュンガスの顔を見て、目の端に少し涙を浮かべていた。
 トリスが、ギュンガスの買い取りを申し出ると、奴隷商はひどく狼狽した。奴隷商にとってそれは片腕をもがれるに等しかったようだ。
 だが、すぐに折れた。
 奴隷商には当座の金が必要だったのだろう。奴隷を別の奴隷市場につれていくだけでも結構な金がかかるし、参加費も取られる。移動中にも奴隷が何人か死ぬだろう。

「先方はもう一万ドラクマで、あと一人奴隷をつけてくれと要求してきています。どうせですから今回売りに出せなかったクズ奴隷の一人でもつけてやりましょう」

 奴隷商と二人で部屋の隅で相談しながら、ぷぷっと笑いながらギュンガスはささやいたそうだ。

「……いいのか?」

 奴隷商はもう随分と弱気になっていたそうだ。
 ロハで十人奴隷をつけろと言われても断わらなかったのかもしれない。

「なあに。大きな買い物するときのおまけで失敗したところで何とも思いませんよ。それに、いまのご主人さまが再起を果たすには一ドラクマだって無駄にはできません。――最後のご奉公ですから」

 禿頭が涙ぐむ様子が、テーブルの前に座ったウィルにも見えた。だが、とても同情する気にはなれなかった。ウィルは、この男の所有する子供の奴隷の眼球に蝿が止まるのを見てしまったのだから。
 やがてウィルたちはテーブルを挟んで着席し、

「いままで世話になった。ありがとう」

 商人はギュンガスにそう言いながら、ついに羊皮紙に書かれた契約書にサインした。
 その次の瞬間、ギュンガスはウィルに「さあ、ご主人さま行きましょう」と声をかけたのだ。
 そのときの、奴隷商のぼうぜんとした顔は忘れられないだろう。
 鉄格子に入れてすすまでって隠しておいた秘蔵ひぞうっ子のソフィアが、『売りに出せなかったクズ奴隷』に含まれることに気がついたときには、もう後の祭りである。

「屋敷の制服も、良いデザインですな」

 ギュンガスは、黒髪のおとなしげな女中メイドが携えてきた、これから自分が身につける上着を広げながら、そうほほんでみせた。
 女中もギュンガスにつられて微笑む。

「ギュンガス。先ほども言いましたが、女中長ハウスキーパーとして、屋敷の女中に手をつけることは絶対に認められません。いいですね」

 さっそくトリスが釘を刺した。女中長は女中たちを監督する立場にあり、女中たちに悪い虫フォロワーがつかないよう厳しく監視することも仕事の一つであった。
 一般的に、貴族家のお屋敷のなかでの職場内恋愛ははっである。下級使用人が食事をする使用人用ホールの席順も、男女別に定められ、寝室に行くために使用する階段も男女別にされているくらいである。

「大丈夫ですよ。わたしは女性の家柄やぎょうぎょうしい外見に欲情するタイプですから、ただの女中なんかには興味はございません」

 奴隷で買われてきたにも関わらず、そうぬけぬけと言い放った。
 そのただの女中は、ギュンガスの典型的な上流階層好みスノビズムに鼻白んで、口を尖らせて下がっていった。
 女中は「せっかく感じのいい人かと思っていたのに……」そう呟いていた気がする。
 トリスは「それなら結構」と頷いた。いまマルクのお屋敷には、ギュンガスの標的になりそうな女主人マダムも、女主人に仕える侍女レディースメイドもいなかった。

「ギュンガス。明日から従者ヴァレットとして働いてもらう。今日はもう休んでいいよ」

 ウィルは、しっしと、ややぞんざいにギュンガスを追い払った。
 ギュンガスはぺこりと一礼してあてがわれた部屋へと去って行く。

「ソフィアには側付きウェイティング女中メイドとしてウィル坊ちゃまにお仕えさせましょう。ですが、そのまえにまず風呂に入れないことには……」

 ソフィアは屋敷のなかに迎え入れるのをちゅうちょするほど、煤だらけであった。軽くごしごしと顔をぬぐっただけでタオルは真っ黒になった。
 トリスはソフィアの銀髪を一房摘み、

「わたしはこれからソフィアを洗いますが、せっかくですから一緒に洗ってみませんか」

 そう提案したのだ。


   ‡


「な、なんでトリスまで服を脱いでるの!」

 動揺したウィルの声が屋敷の広い浴室に響く。
 水に濡れないようにシャツの袖とズボンのすそを捲り上げて、タイル張りの浴室で待っていると、全裸の女二人が脱衣場から姿を現わしたのだった。

「お目汚しして申し訳ありません」

 そう言うと、トリスはいつものように静かに頭を下げた。
 たわわな乳房が谷間で潰れあって形を変える。

(うわあ。目のやり場に困るなあ)

 すらりとなまめかしく伸びた長い足に、大きく張った乳房の先には赤い突起が乗っている。
 隠すことは何一つないとばかりに抜群のプロポーションがウィルのまえに惜しげもなくさらされていた。
 ここまでばっちりとトリスの裸を見たのはこれが初めてである。
 トリスはこれまでウィルの背中を流すときでも、腕まくりをするだけでいちいち服なんか脱いだりしなかったというのに。

「全身煤まみれの少女を洗うのです。脱がないと洗濯ランドリー女中メイドの手間を増やしてしまいます」
「そ、そりゃそうだけど……」

 ウィルひとりが服を着たままでは逆に落ち着かない。
 たしかにソフィアの身体は、煙突掃除でもしたかのように浅黒く汚れていた。
 ソフィアは、煤だらけの身体の胸と股間のまえに腕を置いて、唖然とした表情で、トリスの豊潤なたいを横目で見つめていた。トリスに比べると、少女の肢体は可哀想なくらい身体に起伏がない。
 だが、同じ痩せっぽっちの身体でも、奴隷市場で見かけた他の未熟な少女たちとは、目鼻顔立ちや肌の張り骨格のバランスにいたるまで、質がまるっきり違っていた。
 ウィルの連れてきたソフィアを一目見て、

『このトリス、ほとほと感服しました。極上品です。わたしにこれ以上の女を用意することはできません』

 そう絶賛したのであった。

「さあ、洗いましょう」

 いけないとは思いつつも、ついトリスの身体をじろじろと覗いてしまう。トリスがバケツに湯を汲むのに、しゃがむと、白い足の間の茂みとそのしたの柔らかく複雑な構造をしたにくひだがぱっくりと口を開いた。

(うわあ……)

 初めて見るウィルには刺激がとても強い。湯にもかっていないのに湯あたりしてしまいそうであった。
 トリスは、ソフィアを低い木製の浴室椅子の上に座らせて、頭からばしゃっと遠慮無く湯をかけていく。排水溝へと流れる湯の川は煤を吸って灰色に濁っている。
 よい匂いのする薬液を染みこませた海綿スポンジで手際よくソフィアの身体を拭っていくと、まるで汚れたタイルでも洗うかのように、浅黒かった皮膚が白く変わっていく。

「ん……」
「ほら。じっとしてなさい」

 浴室椅子に支えられたお尻を洗うと、浅黒かった肌の汚れが落ち、白桃のようにぷりんと光った。後ろから見たその割れ目のなまめかしさにウィルは息を飲む。こうして同世代の少女の裸を見ていることが、非現実な光景に感じられた。
 その尻をトリスがぱんと平手で軽く張ると、ソフィアはつうっと背筋を震わせる。ウィルもびくっと反応した。

「痩せすぎだわ。これからはきちんと食べさせてもらいなさい」

 そう言って、全体の汚れを大まかに落とすべく、ソフィアの身体を拭っていく。

「も、もう十分だ。あとは自分で洗える」

 ソフィアは抵抗するが、トリスがそれを許さない。

「身の汚れた女中がそばにいたら、ウィル坊ちゃまの恥になります」

 トリスは海綿を持った手の甲で、数筋、黒い髪のほつれた額の汗を拭う。なんだかいつもよりずっと生き生きとしているように見える。
 トリスが大雑把な汚れを落としたので、ウィルもソフィアの身体を洗うのに参加することにした。
 犬でも洗うようであるが、このくらい身体が綺麗になったら、こちらの服も汚れないだろう。

「さ、ウィル坊ちゃまは前をお願いします」

 トリスは、ウィルに真新しい海綿を渡した。
 そして、ソフィアの両膝の下に手を入れて、ソフィアの身体をウィルのほうに回転させると、ちょうど開いた足が、ウィルの視線の前に開放される形となる。

(ぶっ!?)

 ソフィアはすぐに内股に閉じる。

(い、一応毛は生えているんだ。銀色の)

 それは一瞬だったが、ウィルは目敏かった。

「待て。女中長。これはさすがに幼子おさなごにするようで恥ずかしい……」
「髪を洗いますから、染みないように目を閉じてなさい」

 トリスは、ソフィアの抗議をなかったかのように無視して、わしゃわしゃとソフィアの髪を泡立てはじめた。

「ウィル坊ちゃま、ソフィアの身体はいまあかだらけなのです。あんなお風呂もない環境で何ヶ月も暮らしていれば無理もありません。細部まで念入りに洗って差しあげてください」

 目を瞑ったソフィアの耳が赤く染まる。見違えるほど白く生まれ変わった皮膚には、ねじれた糸のような垢がいくつも張りついている。
 汚れを払うべく、ソフィアの痩せた胸に海綿を持って行くと、肌に触れた瞬間「あ……」という少女のかすかな吐息がれた。
 そこは、ほとんど、あるか、ないかという感触だった。
 トリスがソフィアの両手首を掴んで持ち上げた。ちょうどウィルの前で万歳する格好となる。
 浮き出たあばらの凹凸をウィルの持った海綿がくすぐった。

「トリス。ソフィアは凄まじく力が強いから、気をつけてね」

 やや心配そうにウィルはトリスを見上げた。

「そのようです。ソフィア、少しじっとしていてください」
「……んっ。そう言われても……くすぐったい」

 目の前では裸の大人の女性が、目を瞑った少女の腕を必死になって拘束していた。
 少女の胴や脇のまわりを、少年が手にする海綿が行き交うと、少女の眉がムズムズと震えた。
 ソフィアの上半身を洗い終えたとき、トリスは汗まみれになっていた。汗のしずくが、裸身の深い胸の谷間から臍へ、さらに臍から下へと流れ落ちるさまが、いかにも成熟しきった女の性の生々しさを感じさせた。
 一方のソフィアは、妖精のような清純さで性をあまり意識させなかった。長い銀髪はしなやかに濡れて輝いている。瞳は大きく、まつが長いことにいまさらのように気がついた。

「ウィル坊ちゃま、綺麗になったか肌に触れて確かめてください」

 よほど疲れたのか、もうソフィアはぐったりとされるがままになっている。

「う、うん」

 ウィルの右手がソフィアの左胸に触れたとき、ソフィアの眉頭が震えた。どくどくというソフィアの心臓の音を感じる。
 同じく裸のトリスの豊かな胸の膨らみに比べると、大きさは比べるべくもないが、指の下にたしかな女性としての膨らみが芽生えはじめているのが分かった。ウィルの指がつんとした桃色の乳首に触れると、ソフィアは、「ああっ」と鼻にかかった吐息を漏らしたあと、くやしそうに銀色の眉頭をひそめ、下唇を噛んだ。
 桃色の乳首が微かに尖るのを指先で感じ、ウィルはごくりと唾を飲み込んだ。

「触り比べてみませんか?」

 頭の上には、トリスの大粒の果実のように乳房がぶら下がっている。
 トリスの誘惑にあっさりとウィルは陥落する。
 おずおずと反対側の手を伸ばすと、トリスの胸をゆっくりと深く鷲づかみにした。大きな胸が指の形に変形する。左手の白く膨らんだ乳房を二、三度揉み、そして右手の薄すぎる胸を揉むと、右手は「あっ……」と短い悲鳴とも嬌声ともつかない声を上げた。
 もうウィルの股間は、そのまま射精してしまいそうなほど張っていた。まだ性になれていない少年にとっての初めてづくしなのだから無理もない。

「次はソフィアの下半身を念入りに洗いましょう。ウィル坊ちゃまの手や唇や……大事なところが触れるところですから」

 ウィルは感嘆すべき自制心でそれぞれ掴んだ果実から指を引きはがすと、

「あら?」

 トリスのほうを見据えて、こう言った。

「そのことなんだけどトリス。ぼくはソフィアを抱かない」
「ウィル坊ちゃまもそろそろお脱ぎになってはいかがですか――え?」

 まず、トリスはウィルの言っていることが理解できないという表情を見せた。
 次にトリスの視線がソフィアの全身を上から下までめ回した。まるで、晩餐のときにメインディッシュの料理の質を確認しているかのようであった。身体を清めたソフィアは、発育の不十分さにさえ目をつぶれば言うまでもなく極上である。
 そして、改めてウィルのほうを振り返って、少年の意思が変わらないことを見て取ると、

ぜんを召し上がらないなんて、ウィル坊ちゃまはそれでも男ですかっ!?」

 いままで聞いたことのないような激しい声でウィルを怒鳴りつけたのであった。


◇ 屋敷の女性一覧 ◇
女中長   1人 (トリス)
蒸留室女中 2人
洗濯女中  6人
料理人   1人
調理女中  4人
皿洗い女中 2人
酪農女中  3人
客間女中  1人
家政女中 12人
雑役女中  8人
側付き女中 1人 (ソフィア△)
    計41人
お手つき  1人 (済み◎、途中△)


◇ 用語解説 ◇
女主人の身のまわりの世話をする上級使用人職。女中長ハウスキーパーの管理下にはなく女主人の世話以外の雑事をする必要がない。
侍女は女中服を着ることを義務づけられておらず女主人のおふるの服を払い下げてもらうことが多く、そのため女主人と間違えられることもある。現在マルク家には仕えるべき女主人も令嬢もいないため侍女は雇われていない。

主人の身のまわりの世話をする下級使用人職。役割的には上級使用人の侍女レディースメイドに近いが、女主人直属の侍女とは違い女中長ハウスキーパーの指揮下にあり、女中服を着ている。
マルク領の屋敷は慢性的に男性使用人が不足していることもあり、従者ヴァレット従僕フットマンの代わりを務めることも期待されている。
(※伯爵家女中伝のオリジナル要素の強い女中職です)



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