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第一話「ある朝の目覚め」

 それは朝の出来事であった。
 小柄な少年がベッドに腰を掛け、冷たい美貌の女中メイドの長を不安そうに見上げている。
 この短い黒髪の少年は伯爵家のれいそくで、名をウィリアム=マルクという。

「ウィル坊ちゃまくらいの年齢の男性に起きる生理現象です。なんの心配もいりません」

 今年で二九歳になる黒髪の女中長ハウスキーパートリスは、淡褐色ヘーゼルの瞳を細めた。
 まだ手足の伸びきらないウィルに比べると、トリスの背は頭ひとつ分くらい高い。
  女の鼻筋は陶器のようにすっと白くとおっており、高価な調度品のような硬質の色香をただよわせていた。
 四十人から女中メイドのいる屋敷の女中長に選ばれるだけあって、こうして目の前でぴんと背筋を伸ばして立っていると凜とした威厳のようなものを感じてしまう。
 癖のない前髪は眉のあたりで切り揃えられており、長い後ろ髪が何筋かの細い三つ編みにまとめられ、白い女中帽ボンネットの後ろで固く結わえられている。それが一層、女にごうしゃな印象を与えていた。

(うう……。いたたまれない)

 ウィルがベッドに腰をかけて身体を小さくしている理由、それは女の手に握られた白い布地にあった。

(お願いだから、そんなふうにじっくり観察しないで)

 女中長の白く長い両手の指先が、さきほどまで少年の着けていた下着を容赦なく左右に広げている。代わりに少年の下半身には毛布がかぶせられていた。
 思春期の少年の青い性の悩みというやつで、起きたら下着の中がぐっちょりしていたのである。

(たしか大きな胸を両手で鷲づかみにしていたような……)

 起床直前まで、ウィルはとてもイヤらしい夢を見ていた覚えがある。
 夢の詳しい内容はもう分からない。
 射精とともに目が覚めるような強烈な夢だったのにも関わらず、不思議とその内容をほとんど覚えていない。
 起きたら枕元に女中長のトリスが立っていたせいもある。
 それに気がついたときは死ぬほどぎょうてんした。
 なんとかやり過ごそうとしたもののトリスはなかなか部屋から立ち去ってくれず、それどころか妙に着替えをせかしてきた。
 それで仕方なしにトリスに下着を汚したことを伝えたのである。

(それにしたって、ここまで調べられるとはね。あっ……)

 女中長はなにを思ったのか、白い綿めんについた白濁をこそぎ取り、長い指先をその気品のある鼻筋に寄せ、すうっと息を吸い込んでみせたのだ。

(な、なんで臭いまで嗅ぐの!?)

 だが、トリスの表情は真剣そのものである。

「ずいぶんとたくさんお出しになられました。臭いもおつようございます」

 トリスの爪先には白く濁ったゼリー状のものがぷるぷると震えている。
 あまりのしゅうに視線を少し下げた。
 すると、そこには黒い布地で包まれた女中長の大きな胸が見える。
 胸の谷間を橋渡しする黒い布地が左右に張り出し、しわを形作っている。西瓜が横に二つ並んでいるのかと思うくらいに大きい。

(うっ……)

 見つめていると、なんとなく腰のあたりがうずいてきて、少年は困った。
 おまけに下半身をおおう毛布の繊維が少年の股間部の敏感な皮膚をちくちくと刺激してくるのだ。
 ひととおりウィルの下着を調べ終わると、この女中長は気を利かせたつもりなのか、

「これは、洗濯ランドリー女中メイドに見られないよう、わたしが処分しておきましょう」

 などと言って、汚れた下着を、しゃの黒いスカートの脇のポケットに無造作に差し込んでしまった。
 自分の精液の付着したものが、この冷たい美貌の女中長の下半身にあることに思い至り、ついその優美な曲線を描くやわごしに目をやってしまった。
 精液の臭いがスカートのなかにもるだろう。
 ウィルは毛布のなかをもぞもぞと落ち着かなさげに動かした。
 肉体の一部に血液が集まりはじめたので、ウィルはぎゅっと目をつぶり、何度も深呼吸をして昂ぶりはじめた神経を落ち着かせようとした。

(ト、トリスをそんな目で見るのは良くない……良くないよね)

 なにせかたわらにいる女性はウィルの乳母ナニーであったのだから。
 血の繋がった母親――マルク伯爵夫人はウィルを生んだ直後に亡くなっており、トリスこそがウィルの母親代わりであった。
 物心つく前なので、はっきりとした記憶はないが、ウィルはあの大きな乳房を吸って成長した。
 その後、トリスはウィルの家庭教師ガヴァネスとなり、気がつけば女中長に収まっている。
 いくら血の繋がりがないとしても、そのような女性を性の対象として意識するのは禁忌のように感じられてならない。

「ですが、ウィル坊ちゃま」
「………………え? な、なに? なに?」

 ウィルは挙動不審な返事をする。

「……ここまで溜める前に処理しませんと、また何度でも繰り返してしまうのではありませんか……? 洗濯女中に洗わせれば済みますが、妙な含みをもって接されるのはお嫌でしょう」

 トリスの言葉には同意せざるを得ない。
 下着を精液で汚したと知られたら一体何を言われるか分かったものではない。
 洗濯女中たちは、十代前半から三十代前半まで六人いて、彼女たちはいつも陽気に手抜かりのない仕事をしてくれる反面、これまで気安くしすぎたせいか、あまりに明け透けで遠慮というものが無さすぎるのである。
 いつぞやは、

「女はもうお済みですか」

 とかれて顔を赤くするウィルに、

「なんでしたら、うちら使ってくれて全然構わないんですよ」
「ひとつ洗ってさしあげますか」
「それなら雑巾の合わせ目を濡らしてもらいませんとね」

 などと軽口をたたき、さらに、

としがお嫌なら、この歳の若い二人なんてどうですか」
「もっと強引に迫ってくれないとその気になれないっす」
「あたしは優しくしてくれるなら別にいいよ?」

 そんな風に畳かけてくるのだ。
 洗濯女中のなかにはウィルのおしめを洗ったことのある古株まで混ざっているのだから本当に始末に困る。

「……そ、それはそうだね。もうそのときは自分で洗うよっ!」

 ウィルは半ばヤケクソで言った。もういい加減この話題を打ち切ってしまいたかった。

「は? 伯爵家の御曹司がご自身で下着をお洗いになる? それは女中長として容認できませんね」

 トリスにしては珍しく、半ば挑発するような口調だった。

「……だったら、どうしたらいいんだよぅ」

 ふて腐れたようにウィルがそっぽを向くと、

「そろそろとぎに使う女を作っておいたほうが、なにかとご都合がよろしいでしょう」

 トリスは全く予想だにしなかった提案をしてきた。

(……よ、とぎ? よとぎ……夜伽!?)

 夜伽という古めかしい響きのある言葉に、ウィルの目は大きく見開かれた。
 ウィルとて年ごろの少年である。性的なことに興味があるどころの話ではない。

「よ、夜伽って、そ、その……」

 だが、あまりの展開に脳の理解が追いついてなかった。

「はい。ウィル坊ちゃまに女の肉体をご提供することです。もちろん夜具やぐとしてだけでなく、朝でも昼でも望むときに女の身体をお使いください」

 この冷たい美貌の女中長は表情ひとつ変えず、そう言いきった。

「……女の肉体を…朝でも昼でも……」

 ウィルはあんぐりと口を開けた。

「はい。ウィル坊ちゃまが男性機能を持てあますことがないよう、受け止める女の肉体が必要でしょう」

 トリスは至極当然のようにそう言ったのだ。
 多くの思春期の少年の例にれず、ウィルは青い性欲を持て余していた。
 何度となく自分で慰めている。
 実を言うと、女中の着替えをこっそり覗いたことさえあった。

「ウィル坊ちゃまは、マルク家のたった一人の御曹司なのですから男性機能は極めて重要です。いまのうちにウィル坊ちゃまには女の身体に慣れていただきたいのです」
「う、うん……そうなのかな」

 ウィルはまんざらでもない感じでそう答えた。
 トリスの提案は、実のところ願ったり叶ったりである。

「はい。そうですとも。手近な女中を練習にお使いになるのでも構いませんが……」
(…………! え……? そんなこと、本当にいいの?)

 もし屋敷の女の子に手を出したら、目の前の女中長が激怒すると思っていたのだ。
 ウィルは俯いて、ぎゅっと毛布をつかむ。
 毛布を見つめる視線はぎらついている。鼻息が荒くなりはじめた。
 皿を洗っている調理キッチン女中メイドの胸を後ろからむのも良いかもしれない。
 お茶をれに来た客間パーラー女中メイドの尻をでるのも良いかもしれない。
 様々な可能性が生々しい現実味を帯びて頭のなかに思い浮かぶ。
 ふとウィルは上から注がれる視線に気がつき、ぎくりと背筋を震わせた。
 顔を上げると、じいっとトリスは瞳を細めていた。そして、なぜか舌先でちろりと唇の端を舐めた。

「せっかくの機会ですから奴隷市場に探しに行きませんか。あそこならウィル坊ちゃまの好みにあう女も探しやすいかと思います」

 トリスがそんなことを言った。

(奴隷市場……?)

 噂には聞いたことはある。
 老いも若きも、男も女も、乞食から真偽のほどは分からないが王族まで(戦争に負けた王族が売られることもあるとか)、それこそ世界中から奴隷が集められ、そこで売買されているそうだ。
 以前トリスは、マルク家の御曹司ならば、奴隷の一人や二人、手ずから選んだ経験がなくてはならないと、口にしていた。

「旦那様にはすでに奴隷を買っても良いとのご了承を頂いております。奴隷を当家の女中に仕立てましょう」
「え? えらく手回しがいいね……」

 女中長の段取りが良いのはいつものことだが、さすがに今回は驚いた。
 旦那様というのは、ウィルの父親であり、中央の政治に関わるために、王都のべっていに十年以上も住み続けているマルク伯爵のことである。
 おそらく、今日思いついた話などではなく、何ヶ月も前から伯爵におうかがいをたて、執事バトラーと相談しながら準備を進めていたのだろう。

「ウィル坊ちゃまは伯爵家の次期当主なのですから、いまのうちに奴隷市場をご覧になっておいたほうがよいかと思います」

 たしかにマルク家は広大な農場を所有し、農奴の手がないと屋敷の運営はできない。
 トリスはウィルのほうに少し腰をかがめ、シーツの上に替えの下着を置いた。
 そしてなぜか、トリスの手がウィルの手の上にそっと重ねられた。

「え?」
「ウィル坊ちゃまが直接おしつけになる女なのですから、そのお手で自らお選びください」

 屈んだトリスの首の周りには白いレースの刺繍の飾りがついており、そこから朝の労働の汗と香水の入り交じった爽やかな女の匂いが漂ってきた。
 その下の黒いブラウスをきゅうくつそうに押し上げる胸の膨らみが大きな曲線を描いていた。見るからに手の平から零れ落ちそうな膨らみが、ちょうど手を伸ばすのに最適な位置に降りてきていた。
 ウィルは思わず、ごくりと唾を飲み込む。
 その音が思ったよりも大きく部屋に響いた気がした。

(え……えっ? ……え?!)

 ウィルはもう余裕がなくて、自分がどんな行動に出るか想像がつかなくなっていた。
 ぎゅっと目をつぶって、

「……ご、ごめん。トリス。着替えるから、ちょっと出て行ってくれないかな」

 ウィルは絞り出すようにそう口にした。
 するとトリスは、

「あら、お着替えをお手伝いしようかと思ったのですが……」

 と言いかけたものの、ウィルが本気で困った顔を浮かべているのを見てとって、

「ふふ。おおせのとおりにいたしますよ。……では失礼します」

 くちもとに含み笑いを忍ばせながら、優雅にスカートをつまんで一礼する。
 そのまま退出していった。
 部屋の扉が閉められたのち、ウィルは俯いて、明らかに不自然に盛り上がった毛布の膨らみを眺める。

「うう……、これどうしよう」

 毛布をめくると、そこにはピクピクと揺れながら天を指すごうちょくがあった。


◇ 用語解説 ◇
裏方として屋敷の維持管理に責任を持つ女性使用人の長。ハウス・キーパーといった呼び方もされる。屋敷の表側に責任をもつ執事バトラーついになる関係にある。
女中長の仕事は、女性使用人の監督以外にも、帳簿の管理、食材の仕入れ、救急手当てや、お菓子や飲み物作り等々と多岐たきにわたり、まさに屋敷を裏側から支える存在と言える。有能な女性が男性にして実力を発揮できる数少ない職業の一つ。
トリスは、ウィル家庭教師ガヴァネスを務めたあと、マルク伯爵家の女中長の後任に選ばれた。それ以来、執事不在のマルク領の屋敷の留守を任されている。

屋敷の児童に教育を授ける使用人職。主人と近しい立場にあるが、乳母ナニーほど家族の一員として扱われず、他の使用人からも浮きやすい。幼児期の子供の教育を巡っては乳母と対立しがちである。
中流階層出身の女性がこの職に就くことが多く、教養ある女性が自立できる数少ない職業の一つとなっている。児童が成長してより高度な教育が必要になると、学校に通うか上級家庭教師チューターの手に移るため、そこで家庭教師の仕事は終わりとなり新しい勤め口を探さなければならない。
トリスは、前任者を追い出して家庭教師を務めるようになり、王立学院に入学するまでの間、ウィルに教育を授けた。

乳幼児までの主人の子供の育児と教育を担当する上級使用人職。高い専門教育を受けた中流階層の女性が就くことが多い。部下に子守ナース女中メイドをもつ。育児室ナーサリールームで主人の子供と寝食を共にし、主従関係を超えて近しい立場になれる使用人職といった面もある。そのせいもあってか乳児期には料理人コックと幼児期には家庭教師ガヴァネスあつれきを起こしやすい。
乳児期に母乳を与える乳母はウエット・ナースという呼び方をされる。トリスは、乳房が大きいだけでなく、母乳の質や量ともにウィルのウエット・ナースとして申し分なかったようである。
主人の子供が幼児期を過ぎると、乳母は役目を終えて解雇されてしまうのが一般的である。



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