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第三十三話「内覧会の収支報告」

「では、お屋敷の状況を整理しましょう」

 赤髪の従者ヴァレットギュンガスが執務室でそう切り出した。

「うん。整理して」

 ウィルは低いテーブルの上に広げられた地図をまえかがみになって見下ろしながら、うなずいた。
 ソファーのすぐ左右にはソフィアとマイヤが脚を並べている。
 ウィルから見て左からぐるりと、ソフィア、ギュンガス、トリス、レベッカ、マイヤが地図の置かれたテーブルの周りを囲んで座っていた。
 ギュンガスが両手を広げ、笑みを口に貼りつけまま口を開いた。

「まずは内覧会オープンハウスが無事に終わりました。パーティーは本当に良いものです。またやりたいですな」
(冗談じゃない……)

 ウィルは、ギュンガスの言葉に心底辟易とした。
 次から次へと目が回るほど客の相手をし、神経をすり減らして、何が楽しいのかさっぱりである。

「とにかく、これで経済的には以前の水準を取り戻しました」

 ギュンガスの言うとおり、内覧会で得た収益は大きかった。
 内覧会で得た収入は、一人当たり一万ドラクマの参加費だけではない。
 マルク家の御用商人から目利き料と称してマージンを取り、おまけに中流階層からは女中の口利き料まで受け取っていた。
 いかにリッタが腕を振るって中流階層の胃の腑に豪勢な料理を詰め込もうと、圧倒的な黒字を確保できた。
 まだ商人から手に入る手数料が確定していないものの、総収入は二百万ドラクマを越えている。

「いえ、以前よりも良い状態と言えるでしょう。しかも徹底して支出を抑えたのでマルク領のお屋敷カントリー・ハウスの運営は以前よりもずっと合理化できています」
「おおっ!」

 トリスの言葉に、ウィルも頬を緩ませるしかない。

マルク領の・・・・・お屋敷に関してはそうですね」

 ギュンガスの言葉にしんとする。
 なんとなく嫌な予感がする。

「これで王都のお屋敷タウン・ハウスのおママゴトにも歯止めがかかるでしょう。しょせんは政治ごっこなんですよ」
(ついに言いやがった……)

 ウィルはギュンガスの言葉を聞いて天井を仰ぐ。
 これまで王都のお屋敷に対する不満が表面化したことはなかったが、力関係が変われば自ずと人の態度も変わってくるものらしい。

「そのとおりかもしれませんね」

 なんとトリスまでそれに同調した。
 この女中長ハウスキーパーは、一度たりとも王都のお屋敷について批判らしいことを述べたことがなかったというのに。
 女中長は冷たい笑みを浮かべたまま、さらに口を開く。

「使用人の給料を二割カットしたのも、このお屋敷だけですね」

 女中長はなんらかの方向に完全に舵を切っていた。
 たしかに、王都のお屋敷はほとんど負担を背負っていない。
 農地の管理の責任まで手放した。丸投げされた全てをこちらで解決したのだ。

「……トリス。屋敷の女中たちも王都の屋敷と比べて不平を言っているの?」
「まだ表に出すことはありませんが、みな心の底では不満を抱いていることでしょう。公正である必要はありませんが、公平に感じられないのは良くありません」
「そうか……」

 ウィルはうーんと目を瞑る。

「特に、内覧会のまえ、要請に応じて五人の家政ハウス女中メイドを王都の屋敷に派遣したのが響いたようです……」

 トリスはやれやれという感じで首を振った。
 ギュンガスがくっくっと笑う。

「そりゃ無能な輩が高給をむさぼっているのを見たら自分もと思うでしょうな」
「人の口に戸は立てられません。おかげで労働条件の悪い家政ハウス女中メイドはより好条件を求めて、中流階層の屋敷への移籍がすんなりと進みました」

 そう溜息をついた。
 洗濯なら王都の洗濯屋を使えばよいが、屋敷の清掃を行なうにはどうしても家政女中の手が必要になる。
 領地と王都との人的交流は、必要に応じてマルク領のお屋敷にプールしておいた家政女中を呼び出す、そういう構図になっていた。

「王都の上級使用人、彼らに与える給与は、伯爵家で二番目に無駄な出費と言えますね」

 ギュンガスはウィルのほうに向けて二本の指を立てる。その指がさらにもう一本折れた。

「失礼ながら一番無駄な出費は――」
「ギュンガス!」

 耐えかねてウィルが鋭く叫んだ。

「その話題は後回しにしよう。まだ屋敷内でやることがたくさん残っているんだ」

 そう言って、従者の言葉の続きを止めさせた。
 このギュンガスは、ウィルに拳を振り上げさせようとしているのだ。

(ぼくを使って勝手なことをしようとするなよ……!)

 思わずウィルは歯を剥くように苛立って、呼吸を荒くした。

「分かりました。たしかにまだ・・少しだけ早いですな。では次の課題について話をしましょう」

 赤髪の従者はソファーに深く腰をかけ直した。
 ウィルの正面に座ったトリスが、すっと手のひらを挙げた。

「では、喫緊の問題ですが、家政女中が抜けた後の穴埋めについて考えねばなりません」

 話題を変えてくれたので正直ウィルはほっとした。

「中流階層に女中を提供したので、現状屋敷の清掃に全く手が回りません」
「たしか、お屋敷に十二人いた家政女中のうち、なんとかっていう薄気味悪いのを除いた十一人がめでたく引き取られたようですね」

 ギュンガスはそう言って、トリスの言葉を補足した。

「薄気味悪いなんて言ったらヘンリエッタが可哀想だよ」

 そう言って、いつも着ぶくれている家政女中を一応庇ってやった。
 あの白子アルビノの少女は、肌が蝋のように不健康に白く、瞳は血の色をしている。
 もし夜中、不意にあの布の塊が枕元に立って紅い目を光らせていたら、ウィルは悲鳴を上げるかもしれない。

「うーん、気前よくホイホイあげすぎたかな」

 ウィルは溜息をついた。

「いいえ。いずれも中流階層の大富豪ばかり。あの状況で女を売りとばさないというのはありえません。石ころが金剛石の値で売れたのですから」

 そうギュンガスがきっぱりと言い切った。

「とにかく、ヘンリエッタ一人しか家政女中がいない状況ですので、いままでと同じように屋敷を回すことはできません」

 トリスが長く黒いまつをそっと伏せて、そう言った。
 たしかに、いままで小人のように屋敷を清掃してくれていた家政女中がほぼいなくなっているのだ。
 もう目が覚めたら屋敷のなかが綺麗に片づいているということは期待できない。

「お金ならありますから、十人でも二十人でも新しい女中を雇えばいいんですよ」

 ギュンガスが、なんでもないようにそう言った。
 たしかに、内覧会を終えたいま、この屋敷に金はある。

(帳簿まで二重だしね……)

 王都の屋敷に知らせると面倒なので、こうやって自由に使える予算をプールしているのだ。
 執事バトラーが乗り込んでこないことには差し押さえようがない。
 執事は、農場の管理責任をこちらに譲ってきたのだ。すくなくとも当面の間、執事がマルク家の次期当主を敵に回すとは思えない。

「屋敷の表側で働いてもらうのですから信頼できる人間を選びたいです。そうすると急には多くの女中は増やせません」

 そうトリスが言った。
 たしかに屋敷の下働きといえど、家政女中には高級な調度品の並ぶ屋敷の表側で働いてもらうことになるのだ。

「逆らえないように見せしめをやればいいんですよ。わたしもよくその手を使いました。恐怖の記憶が残っている限り悪いことはできません。それにむちの感触を覚えたほうが物覚えも早くなるってものですよ」

 それを聞いて、ウィルはギュンガスが元々は悪辣な奴隷商人の手先であったことを思い出した。

「そこにいる怪力女をのぞいて……」
「ふん」

 隣に座る銀髪の少女が赤毛の男から顔をそむけた。

(うーん。どうしたものか……)

 右奥に座るレベッカを見やったが、金髪の子爵家当主は心ここにあらずといった感じに思えた。
 難しい判断になるにつれ、女中長と従者の意見が割れる機会も増えてきた。かたや質にこだわって厳選したいと言い、かたや質にこだわらずに雇えと言うのだ。
 ウィルは使用人名簿に目を通す。


        ◇マルク領の屋敷の女性一覧◇

   女中長   1人 (トリス)
   蒸留室女中 2人 (リサ・サリ)
   洗濯女中  6人 (ジュディス・シャーミア・アーニー・レミア・ブリタニー・イグチナ)
   料理人   1人 (リッタ)
   調理女中  3人 (ジューチカ)
   皿洗い女中 2人 (ニーナ・ルノア)
   酪農女中  3人 (ケーネ)
   客間女中  1人 (フローラ)
   家政女中  1人 (ヘンリエッタ)
   雑役女中  8人
   側付き女中 2人 (ソフィア・マイヤ)
   客人    1人 (レベッカ)
       計31人


        ◇マルク領の屋敷の男性使用人一覧◇

   従者    1人 (ギュンガス)
   馭者長   1人
   園丁長   1人
       計 3人


 男性使用人に至ってはたったの三人しかいない。
 客人のレベッカも加え、合計三四人が現時点でウィルの動かせる人員の数である。
 一方、王都には以下の通り計三五人からの使用人がいる。
 男性のしかも上級使用人が多いこともあり、王都の屋敷の維持にかかる人件費がマルク領の屋敷よりも遙かに大きいことだけは確かであった。


        ◇王都の屋敷の男性使用人一覧◇

   執事    1人
   従者    5人
   従僕    8人
   従僕見習い 4人
   馭者    4人
   料理長   1人
   料理人   1人
   調理女中  5人
   家政女中  3人
   雑役女中  3人
       計35人


 王都のお屋敷は、一等地に屋敷を構えているためマルク領のお屋敷ほど広くはなく、果樹園も牛舎もない。
 洗濯もほとんど業者任せにしているため、マルク領のお屋敷とは人員構成が大きく違う。
 女の数が少ないため女中長がおらずとも、やりくりができていたのであった。

「一応聞いておくけど、王都のお屋敷から使用人を受け入れたくはないんだね?」

 ウィルがそうたずねると、上級使用人二人が鼻で嗤った。

「あの無能共を? ウィリアム様。ナイス・ジョークです。くくく」
「ご主人様。王都から使用人を受け入れるとお父上から介入される余地が増えてしまいますよ」

 それはトリスの言葉通りであった。

「王都とマルク領を行き来する家政女中は、言葉は悪いですが、この屋敷を王都の影響下に縛りつける鎖のような存在でした」
「たしかに言われてみればそうだよね」

 家政女中が屋敷を去ると、屋敷にただよう伯爵の影も消えた。

「わたしもご主人様も家政女中の仕事には一切手を加えることができませんでした。理不尽を強いることも力の証明ですから」

 いまマルク領の屋敷で伯爵の言いつけを守り続けているのは、伯爵が毛嫌いしている白子の少女ただ一人だけだ。
 ギュンガスがそれに面白そうに頷いた。

「ということは残る、えーと、ヘンリエッタでしたっけ。彼女はどうされます? もう一緒に闇に葬ってしまいますか?」

 ウィルはびくっとソファーから背筋を起こし、

「駄目! ヘンリエッタはどこか別の部署に異動させるよ!」

 即座にそう返答したのだ。
 すると正面に座るトリスが、「流石はご主人様。ご指示どうりに致します」と柔らかい笑顔で言ってきた。

「へっ?」
(あれ? これは、ぼくがヘンリエッタの異動先を考える流れ?)

 ウィルはいつのまにと首を捻った。

「ちなみにヘンリエッタの肌は日の光に弱いので屋外の仕事はとても任せられません。あまり陽に焼けてしまうと肌が焼けて瘡蓋になってしまいます。そして料理が得意だったり、手先が器用だったりするわけでもないようです。残念ながら、家政女中以外に何か突出した才能はわたしには見出せませんでした」

 つまり、室内にずっと籠もれる厨房の仕事は向いていないし、リサ・サリのように蒸留室女中としての適性もないということらしい。
 ウィルは参ったなあと頬杖をついた。
 女中の配属は女中長の職分なのだが、いまや仕事量に余裕のないトリスは主人に仕事を投げることにちゅうちょがないようであった。

「それでご主人様、家政女中の補充についてはどのような方針でいきましょうか」

 トリスがじっと見つめてきた。
 以前の、農場の引き継ぎのときのようにトリスの頑張りを期待するのは、あまりにも無理が過ぎるだろう。
 うーんとウィルは天井を見上げる。
 一番簡単なのは、ギュンガスの言うとおり女中を大量にどこかから雇ってくることである。
 いまならカヤックの連れてきたヨハネ領からの来た移民を雇い入れるという手もある。
 だが、ヨハネ男爵とは敵陣営同士となってしまったのである。トリスの言うとおり、信頼できる女中を少しずつ選りすぐったほうがいいかもしれない。

「うん。現状維持は諦めよう。使っていない部屋はしばらく閉鎖して」

 ウィルがあっさりとそう言うと、

「助かります」

 トリスが珍しくほっとした笑みを浮かべた。

「わかりました。当面は、洗濯女中に屋敷の掃除を手伝わせようと思います」

 ウィルは頷いた。
 屋敷の女中の数が四分の三に減ったので、そのぶんの洗濯物も減るだろう。
 慣れない仕事で大変だろうが、洗濯女中ならば少々の理不尽くらい受け入れさせる下地ができていた。
 洗濯女中たちの首にぶら下がっている見えない鎖の重さを、ウィルの手の平は感じ取ることができるのだ。

「その分、洗濯女中たちの給料は加算してあげて」
「はい。もちろんです。あと雑役女中オールワークスに手伝わせます」

 雑役女中は、農地や果樹園の手伝い、きゅうしゃの掃除からなんでもやる。女中の何でも屋と言えた。
 いままで屋敷の外にいることが多かったので、ウィルとの接点は家政女中に次いで小さかった。

「元の部署との掛け持ちですから、あと何名か、手伝いに行かせる女中が必要となります」
「あと、酪農女中はえーと難しいか……」

 酪農部屋デイリー・ルームは屋敷で一番衛生管理の大変な部署である。
 マルク領のお屋敷では、売りに出せば高値のつく超高級品の乳製品を生産しているのである。床をぞうきん掛けするような清掃業務と両立させるのは無理があるだろう。

「厨房は……内覧会で無理をさせたから休ませてやりたいよね……」
「ご主人様。屋敷の表側に慣れた人間が必要です。信用できて、最低限どこに手を触れたらいけないか指示を出せる人間の数が不足しています」
「あっ、そうか」

 トリスの言葉に、ウィルはぽんと手をたたいた。
 屋敷の表側に慣れていて適切な指示を出せる人間がいないと仕事がとても回らない。
 マルク領の屋敷に飾られている調度品には、家政女中が手を触れてはよい物といけない物の明確な区別がある。
 巷で語られる、絵画を水拭きするといった新入りの家政女中の失敗談は、貴族家の人間にとって正直笑えないものがある。
 高価な調度品の並ぶマルク家においては、その被害が何万ドラクマ、何十万ドラクマにも上る可能性だってあるのだから。

「ヘンリエッタに任せるのは……難しいかもね」

 あの白子の女中はまとめ役に全く向いていない気がする。
 ウィルは少し考えてから決めた。

「分かった。フローラもしばらく家政女中として入ってもらう」

 ウィルの言葉に、トリスは驚いて眉をあげた。女中長がこんな表情を見せるのは珍しい。
 どうやらトリスはしばらく忙殺されていて、ウィルの行動まで監視する余裕がなかったようである。
 大量の来場客を迎え入れたので、しばらくは客を迎え入れる気が全くない。その間フローラの体は空くことになる。


「説得はぼくがするよ。文句は言わせない。フローラなら屋敷の調度品について、よく分かっているし」
「フローラが手伝ってくれるのは大きいですね。あの子あれでも一応、下級貴族の出ですから、どうやって説得しようかと考えていました」

 トリスが浮かべたふわりとしたほほみに、ウィルはどきりとした。
 そんなウィルの表情の変化を敏感に察知したのか、

「ウィル。オレも手伝いに行ったほうがいいかな?」

 そう右隣に座ったマイヤが訊ねてきた。

「いや、マイヤはぼくのそばにいてくれないと困るからね」
「へへ、そうか」

 ウィルの言葉に、幼なじみは赤毛の頭を肩にすりつけて破顔した。

「トリス、他にも手が空いている女中がいれば回してくれていいから、これでしばらく何とかなる? それでも足りなければカヤックが連れてきた移民の子を雇い入れてあげて」
「おそらく大丈夫でしょう。女中たちはこのところ忙しくしています。士気向上のため、このまえの内覧会の分も合わせて、多めに特別手当を出したいのですがよろしいですか?」

 ウィルは、ざっと屋敷の収入と支出の概算をあたまのなかに思い浮かべたてから、「うん。許す」と口にした。
 そして言ってみてから、以前ならろくに考えもせずにトリスに任せていたことに気がついたのであった。
 トリスはというと、片頬に手を当てて妙に粘性を帯びた瞳でウィルのほうを見つめていた。

「……じーんときました」
「え? なに?」
「いいえ。なんでもございません。今日は議題がたくさんありますから……」

 トリスは椅子に座ったまま、きゅっと太ももを内側に擦り合わせ、主人への敬意を示すように、軽くスカートを摘まみ上げてみせたのだ。



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