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第三十三話「内覧会の収支報告」

2018/2/28 全体的に修正しました。屋敷に残る家政女中の数を変更しました。1人→3人。

「では、お屋敷の状況を整理しましょう」

 赤髪の従者ヴァレットギュンガスが執務室でそう切り出した。

「うん。整理して」

 ウィルは低いテーブルの上に広げられた地図をまえかがみになって見下ろしながら、うなずいた。
 ソファーのすぐ左右にはソフィアとマイヤが脚を並べている。
 ウィルから見て左からぐるりと、ソフィア、ギュンガス、トリス、レベッカ、マイヤが地図の置かれたテーブルの周りを囲んで座っていた。
 ギュンガスが両手を広げ、笑みを口に貼りつけたまま口を開く。

「まずは内覧会オープンハウスが成功裡に終わりました。またぜひやりたいものですな?」
「冗談じゃないよ……」

 ウィルは眉をしかめ、辟易とした感情を露わにする。
 次から次へと客の相手をして目が回りそうだった。

「わたしは協力した立場に過ぎないけど気持ちの上では同意するわ。でも金勘定を考えると結論は正反対。びっくりするくらい繁盛してたもの。うちでもやれば良かったわ」

 子爵家女当主レベッカが溜息混じりにそう口にする。

「とにかく、これで屋敷の財政は以前の水準を取り戻しました」

 ウィルはギュンガスの言葉に素直に頷く。
 参加者一人当たり一万ドラクマの参加費だけではなく、女中を譲り渡した中流階級から斡旋料まで受け取ることができた。
 内覧会で得た総収入は実に二百万ドラクマを超えている。リッタに豪勢な料理を作らせるなど、それなりに経費もかかったが、圧倒的な黒字を確保できたと言ってよいだろう。
 昨日までの三日間、顔に張りつきそうなほど愛想笑いを浮かべ続けた甲斐があったというものだ。

「いえ、以前よりもずっと良い状態と言えるでしょう。徹底して支出を抑えましたので領地のカントリー屋敷ハウスの運営は以前よりも合理化できております」
「おおっ!」

 トリスの言葉に、ウィルは嬉しそうな声をあげる。

屋敷に関してはそうですね」

 赤毛の従者の仄めかすところに、ウィルは難しい表情を浮かべる。

「これで王都のタウン屋敷ハウスのオママゴトにも歯止めがかかるといいですね。しょせんは政治ごっこなんですよ」
(ついに言いやがった……)

 ウィルが天を仰いでいると、

「そのとおりかもしれませんね」

 なんとトリスまでそれに同調したのだ。
 この女中長ハウスキーパーは、いままで一度たりとも王都の屋敷について批判らしいことを述べたことがなかったというのに――

「使用人の給料を二割カットしたのも、こちらのお屋敷だけですもの。そのことは領地の屋敷の女中を代表してご主人さまに申し上げておくべき筋合いかと思いました」

 ウィルは苦笑いを浮かべる。
 たしかに王都の屋敷は負担を背負っていない。農地の管理の責任まで手放した。
 丸投げされた全てを領地の屋敷で解決した結果、ウィルの力は強くなったが、同時に下からの突き上げにも耳を傾けなければならない立場になったのだ。

「マイヤ、屋敷の女の子たちは王都の屋敷に対して不満を漏らしているのかな?」
「表に出すとこまでいってねえけど、みななにかしら心の底では不満を抱いていると思うぜ。だってこちらの給料だけ減らされちまったらよう」

 ずっと行儀よく座って話を聞いていたマイヤがそう答えてくれた。
 その隣のソフィアは、屋敷の中の話にはあまり興味がないらしく、ソファーの肘掛けに頬杖をついたまま口を聞こうとはしない。
 赤毛の従者がくっくっと笑う。

「王都の上級使用人たちは一体なんの仕事をしているのでしょうね。彼らに与える給与は無駄な出費と言えますね――」
「ギュンガス」

 けしかけてくることに苛立ち、ウィルは制止する。

「その話題は後回しにしよう。まだ屋敷内でやることがたくさん残っているんだ」
「分かりました。たしかにまだ・・少し早いですな。では次の課題について話をしましょう」

 赤髪の従者はしれっと仕切り直す。
 するとウィルの正面に座ったトリスが、その大きな胸に手のひらを置いた。

「では、きっきんの問題ですが、中流階級の資産家たちに家政女中を斡旋したので、現状屋敷の清掃の人手がまったく足りていません。今後いかがいたしましょうか?」
「たしか、お屋敷に十二人いた家政女中のうち九人が引き取られたようですな」

 ウィルは溜息をつく。
 これまでウィルが眠っている間、小人のように屋敷を清掃してくれていた家政女中がほぼいなくなってしまったのだ。
 今後、目が覚めたときに屋敷のなかが万事れいに片づいているといったことは期待できまい。

(それって働く側も相当大変だったと思うんだよね……)

 家政女中たちは、伯爵の『主人の目に一切触れないように屋敷を完璧に掃除しろ』という指示もあり、ずっと夜勤を強いられており、ろくに陽の光も浴びられない生活を続けてきた。
 中流階級の富裕層への斡旋は、家政女中たちに対する救済措置でもあったのだが――

「うーん、またとない機会だと思ったのだけど、さすがに気前よくあげすぎたかなあ」
「いいえ、われわれでは伯爵のご指示に反することを命令できない以上、やはり直接指示を受けた女中に自主的に居なくなってもらうことが最善の解であったように思います」

 女中長の返答に令息はやるせない気持ちになる。

「それに領地の屋敷と王都の屋敷を定期的に行き来する家政女中は、蝙蝠のような気の毒な立場に置かれておりました」
「え? 蝙蝠っていうと家政女中たちが王都に行ったときには、こちらのことについて報告させられているの?」
「そのような噂を何度も耳にしておりましたし、事実、当の家政女中から就職先を斡旋したお礼に裏を取ることができました」
「うわあ、いままでそんな風に監視されていたのか」

 ウィルが頭を抱えていると、赤毛の男が口を開く。

「わたしが同じ立場でもそうしますね。それで売れ残った三人についてはいかがいたしましょうか?」
「当面どうもしないし、どうもできないよ」
「そうですか、せめてあの薄気味悪い、着ぶくれた女中だけでも処分してほしかったのですが――」

 着ぶくれたした女中というと、あの白子アルビノの少女ヘンリエッタのことであろう。血の色をした瞳の女中が深夜に屋敷内を徘徊しているのだから、ギュンガスがそう言いたくなる気持ちも分からなくはない。

「薄気味悪いなんて言ったらヘンリエッタがわいそうだよ」

 一応そう庇ってやったがウィルとてもし夜中、枕元であの布の塊があかい目を光らせていることに気がつこうものなら悲鳴を上げかねない。

「でも伯爵の息のかかった女中を追い出したいってことですよね? 他の二人は自主的に退職するように促すとして、ヘンリエッタとかいう着ぶくれたあの娘についてはどうされます? もういっそ闇に葬ってしまいますか?」

 ウィルはびくっとソファーから背筋を起こし、

「駄目! ヘンリエッタはどこか別の部署に異動させるよ!」

 即座にそう返答したのだ。
 すると正面に座るトリスから、

流石さすがはご主人さま。ご指示どおりに致します」

 やわらかい笑顔が返ってきた。

「へっ?」
(あれ? これはもしかして、ぼくがヘンリエッタの異動先を手配する流れ?)

 ウィルはいつのまにやらと首をひねる。

「ちなみにヘンリエッタの肌は日の光に弱いので屋外の仕事はとても任せられません。あまり陽に焼けてしまうと肌が焼けて瘡蓋になってしまいます。そして料理が得意だったり、手先が器用だったりするわけでもないようです。残念ながら、家政女中以外に何か突出した才能はわたしには見出せませんでした」

 つまり、室内にずっと籠もれる厨房の仕事は向いていないし、リサ・サリのように蒸留室女中としての適性もないということらしい。
 ウィルは参ったなあと頰杖をついた。
 女中の配属は女中長の職分なのだが、いまや仕事量に余裕のないトリスは主人に仕事を投げることにちゅうちょがないようであった。

「話を戻しますが、三人しか家政女中がいない状況ですので、いままでと同じように屋敷を回すことはできません」

 トリスの言葉にどうしたものかとウィルは首をひねる。

「金ならありますから、十人でも二十人でも新しい女中を雇えばいいんですよ」

 ギュンガスが、なんでもないようにそう言った。
 たしかに内覧会を終えたいま、屋敷に金はある。

「屋敷の表側で働いてもらうのですから信頼できる人間を選びたいです。そうすると急には多くの女中は増やせません」

 そうトリスが言った。
 たしかに屋敷の下働きといえど、家政女中には高級な調度品の並ぶ階上の世界で働いてもらうことになるのだ。

(うーん。どうしたものか……)

 右奥に座るレベッカを見やったが、金髪の子爵家当主は心ここにあらずといった感じに思えた。
 難しい判断になるにつれ、女中長と従者の意見が割れる機会も増えてきた。かたや質にこだわって厳選したいと言い、かたや質にこだわらずに雇えと言うのだ。
 ウィルは使用人名簿に目を通す。


        ◇マルク領の屋敷の女性一覧◇

   女中長   1人 (トリス)
   蒸留室女中 2人 (リサ・サリ)
   洗濯女中  6人 (ジュディス・シャーミア・アーニー・レミア・ブリタニー・イグチナ)
   料理人   1人 (リッタ)
   調理女中  3人 (ジューチカ)
   皿洗い女中 2人 (ルノア・ニーナ)
   酪農女中  3人 (ケーネ)
   客間女中  1人 (フローラ)
   家政女中  3人 (ヘンリエッタ)
   雑役女中  8人
   側付き女中 2人 (ソフィア・マイヤ)
   客人    1人 (レベッカ)
       計33人


        ◇マルク領の屋敷の男性使用人一覧◇

   従者    1人 (ギュンガス)
   馭者長   1人
   園丁長   1人
       計 3人


 男性使用人に至ってはたったの三人しかいない。
 客人のレベッカも加え、合計三六人が現時点でウィルの動かせる人員の数である。
 一方、王都には以下の通り計三五人からの使用人がいる。
 男性の、しかも上級使用人が多いこともあり、王都の屋敷の維持にかかる人件費がマルク領の屋敷よりも遙かに大きいことは確かであった。


        ◇王都の別邸の使用人一覧◇

   執事    1人
   従者    5人
   従僕    8人
   従僕見習い 4人
   馭者    4人
   料理長   1人
   料理人   1人
   調理女中  5人
   家政女中  3人
   雑役女中  3人
       計35人


 王都のお屋敷は、一等地に屋敷を構えているため領地の屋敷ほど広くはなく、果樹園も牛舎もない。
 貴族の邸宅が多数立ち並ぶ王都では、洗濯なども含めて外部に委託できる業者がいるため、領地の屋敷とは人員構成が大きく違う。

「それでご主人さま、家政女中の補充についてはどのような方針になさいますか?」

 トリスがじっと見つめてきた。
 うーんとウィルは天井を見上げる。
 一番簡単なのは、ギュンガスの言うとおり女中を大量にどこかから雇ってくることである。
 いまならヨハネ領から来た移民を雇い入れるという手もある。
 だが、いまではあの悪友であるヨハネ男爵は、対立する陣営に与することになってしまったのだ。

「トリスの言うとおり、信頼できる女中を時間をかけて増やしていくほうがいいかもしれないね。現状維持は諦めよう。使っていない部屋はしばらく閉鎖して」
「承知いたしました。当面は洗濯女中たちに屋敷の掃除を手伝ってもらうつもりですが、それでよろしいですか?」
「それは手だね」

 ウィルは頷いた。
 屋敷の女中の数が約四分の三となり、屋敷の客室も閉鎖するとなると、洗濯物の量も減るだろう。
 慣れない仕事で大変だろうが、雨降り地の固まった洗濯女中たちならば、少々の理不尽くらい受け入れさせる下地ができていた。

「その分、洗濯女中たちの給料は加算してあげて」
「はい。もちろんです」

「元の部署との掛け持ちですから、あと何名か、手伝いに行かせる女中が必要となります」
「だったら雑役女中かな」

 雑役女中は、農地や果樹園の手伝い、きゅうしゃの掃除からなんでもやる。女中の何でも屋と言える。マルク家の領地の屋敷においては、外で働く機会が多いだろうか。

「雑役女中たちは各々仕事を抱えている上に、屋敷の中の仕事には不慣れですので、他の部署からの増員が必要となります」
「うーん、他の部署。調理場もただでさえ人手が足りないから難しいだろうなあ」

 それを聞いて心苦しくなったのか、隣のマイヤがさっと顔を逸らしていた。

「ご主人さま。屋敷の表側に慣れた人間が必要です。信用できて、最低限どこに手を触れたらいけないか指示を出せる人間の数が不足しています」
「あっ、そうだよね」

 マルク領の屋敷に飾られている調度品には、家政女中が手を触れてはよい物といけない物の明確な区別がある。
 ちまたで語られる、絵画を水拭きするといった新入りの家政女中の失敗談は、貴族家の人間にとって正直笑えないものがある。
 とりわけ高価な美術品の並ぶマルク家においては、その被害が何万ドラクマ、何十万ドラクマにも上る可能性だってあるのだから。

「家政女中にやらせるにしても、ヘンリエッタは人に指示するのは向いてない気がするんだよね。他の二人はどうかな?」
「内覧会で自分を上手に売り込めなかった女中となると似たり寄ったりかもしれません。それにあの二人は王都の側の女中という立場が明確でして、伯爵の指示に背くような仕事は言い渡せません。屋敷の女中長としては大変歯がゆいところではありますが」
「ならヘンリエッタに頼むしかないか。だれかサポート役をつけたいところだよね」
「ウィル。オレが手伝いに行ってやろうか?」

 顎に手を当てて考え込むウィルに、右隣に座った赤毛のマイヤが申し出た。

「それもアリだけど、マイヤはぼくのそばに残しておきたいんだ」
「へへ、そうか」

 ウィルの返事に幼なじみは嬉しそうに頬を緩ませる。

「決めた。しばらくフローラに家政女中として入ってもらおう。当面の間、屋敷に客人を迎え入れる予定はないから身体も空いているし、下級貴族出身のフローラなら屋敷の調度品についてもよく分かっているだろうしね」
「たしかにフローラが手伝ってくれるなら大助かりですが、説得が必要になりますね。ただでさえ内覧会で忙しく働かせた直後ですから」
「説得ならぼくがするよ。なんとかお願いできそうだと思うんだ。同部屋のヘンリエッタとは気心も知れているだろうしね」

 そう言い切れるのは、フローラと肌を合わせ、あの形の良い胸をわしづかみにした手ごたえが少年の手のひらに残っているからであろう。

「まあ頼もしい。ご主人さまに女中を管理するご助力をいただけるのは大変に助かりますわ」

 女中長が嬉しそうにほほみかけてきたので、令息は苦笑を浮かべる。
 ねんごろになった女中に、男女の関係をもって言うことを聞かせているだけなのだ。

「トリス、これでしばらく何とかなる? それでも足りなければカヤックが連れてきた移民の子を雇い入れてあげて」
「おそらく大丈夫でしょう。女中たちはこのところ忙しくしています。士気向上のため、このまえの内覧会の分も合わせて、多めに特別手当を出したいのですがよろしいですか?」

 ウィルは、ざっと屋敷の収入と支出の概算をあたまのなかに思い浮かべてから、

「うん。許す」

 そう返答した。

(ん? あれ? いまぼく自分の責任で口にしたよね?)

 以前ならろくに考えもせずにトリスに任せていた事柄に、熟慮の上で判断を与えていることに気がついたのだ。
 トリスはというと片頰に手を当て、妙に粘性を帯びた瞳でウィルのほうを見つめてくる。

「……じーんときました」
「え? なに?」
「いいえ。なんでもございません。今日は議題がたくさんありますから……」

 トリスは椅子に座ったまま、きゅっと太ももを内側に擦り合わせ、主人への敬意を示すように、軽くスカートをまみ上げてみせたのだ。



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