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第二十話「支配者の覚悟」

「なんで殺さなかったんですかッ!?」

 トリスが背をかがめ、じいっと触れあいそうな距離まで顔を近づけてきたので、ウィルは思わずうっと仰け反った。

(う、うう……)

 口止めしておこうかなとリサ・サリを探していたら、怒りに震えるトリスに捕まって、女中長室ハウスキーパーズルームきつもんされているのだ。
 つい先ほど、出入りの業者を装って屋敷に侵入したリッタの元恋人を、殺さずにそのまま屋敷からたたき出しただけで済ませてしまった件である。

「いや、だってね。そうしたら、きっとリッタは使い物にならなくなってたよね?」

 もし元恋人を殺されたらリッタは泣いて暮らすかもしれない。それとも屋敷から出ていくか。そうウィルは予想をしたのだ。

「屋敷の女にたかる悪い虫フォロワーの侵入を許しただけでもくやしいのに、それをみすみすお逃がしになるなんて!? 一匹逃がすとわらわら沸いてくるものなんですよ!」

 トリスにとって、屋敷の女使用人に近づく男は油虫コックローチも同然であった。

「せめて、わたしにご連絡いただければ、何の証拠も残さずにひっそりと闇に葬ったというのに……」

 ウィルはそれを見たくなかったのだ。自身の闇と矛盾をだれかに肩代わりさせたくなんかない。

(女の子って結構残酷なときがあるんだよね)

 マルク領の屋敷は、ウィルと一部の男性使用人を除けばほぼおんなじょたいである。
 トリスに限らず、女所帯というのは腕力がないせいか外敵に対し一致団結し、過剰に残酷に振る舞う傾向があるように思う。男から見て、生理で血を見ているからこれほど陰湿になれるのだろうかとは考えたくない。
 むかし、メアリーという女中をはらませた従者ヴァレットなどは、十年以上った今でさえ、女中たちに報復されるのが怖くて、マルク領の屋敷の門をくぐれないという。

「リッタには給料半分で働いてもらえるよう説得したよ」

 説得というか、ごうかん同然に犯して言うことを聞かせたのであるが――

「うまくリッタを懐柔なさった手腕は大いに認めさせていただきます。ですが、ご主人さまなら、くせものを殺してから寝取ることもできたはずです」
(それは無理っーー!)

 トリスは自分のことを一体何だと思っているのだろうか。
 リッタなら自分の恋人を殺した男にさえ服従するかもしれないが、残念ながら肝心のウィルのほうが、恋人を殺された女を抱き従えるだけの神経の太さを持ち合わせていなかった。
 むしろ、ウィル自身、リッタを手籠めにすると決めて実行に移しただけでも、この上なく良くやったと思っているくらいである。

「だいたい、代わりの料理人コックはすぐに見つからないよね?」
「たしかにリッタに匹敵する女料理人を見つけてくるのは難しいですね」

 トリスは腕組みする姿勢で顎に手をあてた。

「なんで女……いや、なんでもないよ?」

 この女中長ハウスキーパーは、女であるという条件は絶対に外すつもりがないようであった。

「またさきほどの賊が屋敷に侵入してきたら、どうなさるおつもりですか?」
「そういうときは、またソフィアに任せるよ」

 ウィルが気楽にそう言った瞬間――

「……悪い虫がいつまでもこの屋敷に……」

 トリスはぞわぞわと両肘の上あたりを擦ったかと思うと、

「がおうッ!」

 そう突然、ウィルをかくをしたのだ。

(がおう?)

 大きく口を開けたので、白い犬歯が見えた。

「失礼――シャルロッテ女学院時代のわたしの口癖です。十年ぶりくらいに出ました。お恥ずかしい」

 そう言って、額にかかった黒髪を横に払い、首を振った。
 顔色はそう変わらないのだが、なんだか自分の感情を持てあましているというか、混乱しているように思えた。

「そ、そうなんだ」
「はい。我慢の限界を遙かに超える事象にそうぐうしたときに使用するようです……」

 トリスはそう他人事のように言って、ひとつ深呼吸をした。
 そして頭を切り換えるためか、首を軽く左右に振った。
 すると、さきほどの奇行が嘘のように、再び、肌に陶器のような冷たい質感が戻る。

「――して、ジュディスのほうはいかがしましょう?」

 女中長は、冷たい目線で切り込んできた。
 昼に、ウィルを公然と批判した洗濯ランドリー女中メイドの処分について聞いてきたのだ。

「ジュディス? えーと、古くから屋敷にいた女中メイドだし、ちょっと、追い出したらわいそうかなと……」

 ウィルの言葉に、今度はトリスはしっくいの壁を爪で引っ掻くようにして、

「がおう……」

 そう遠吠えのように唸ったのだ。

(ま、また言った……!)

 勇ましさはなく、いっそかなしげですらあった。
 そしてそのまま、トリスはふらふらと倒れるように机の端に両手をついた。そこには膨大な書類の山が積み上がっている。
 女中長の仕事には膨大なデスクワークがともなうものだ。
 たとえば女中の人事には、何通もの候補者の推薦状に目を通す必要がある。女中を解雇するということは、これから、トリスはたくさんの推薦状を書くことになるのかもしれない。
 料理人と相談しながら、屋敷の食料品の仕入れを行なうのも女中長の仕事である。
 女中の給料を払うにも経理は必要だ。
 ウィルは、この書類の山の十分の一でも片づけられる気がしなかった。
 おまけに、いまは農地の帳簿まで積み上がっている状況だった。

 ――ウィルが見ても一目で分かる。
 これはトリスの手にすら余るだろう。
 農地の経営を任せられる人間が早急に必要になる。
 トリスはすっと背筋を起こすと、ウィルとベッドの間に立った。

「ご主人さま。物事には優先順位というものがあります。主人の命、そして屋敷の支配――この二つは他のいかなる物事よりも優先します。わたしがこれだけ心を砕いているというのに――ご主人さまは、ご主人さまは……!」

 そう言うや否や、トリスは突然、ばさっと自身の黒いスカートを落とした。
 長い脚を包む黒い靴下と、それを吊り上げるガーターベルト、そして黒いショーツがあらわになる。

「え? トリス? なんだって急に脱ぎだしてるの?」
「わたしの部屋でいつ服を脱ごうとわたしの自由です!」

 黒いブラウスのボタンを外しはじめる。大きな白い胸の谷間が露わになる。
 そして、ぷいと軽く頰まで膨らませた。
 トリスの女学院時代をかい見るような、初めて見る表情だった。

「賊を逃がしたことはもう致し方ありません。覆水盆に返らずキャンノット・ビー・アンダンです」

 トリスは、シェークスピアの四大悲劇マクベスの台詞を淡々と引用しながら、流れ作業のように、今度は黒く長い靴下を脱ぎはじめた。
 ちなみに、その台詞とは、夫を叱咤して悪行を重ねさせるマクベス夫人のものである。
 さらに黒いブラウスから、白い腕を引き抜く。

「せめて――」

 トリスの黒い下着とそれに包まれた豊満な胸と形の良い尻、白くなまめかしい手足が露わになる。
 女は頭の後ろの髪留めを取ると、軽く頭を振った。
 長い黒髪がばさっと垂れ下り、香料の匂いがただよう。

「せめて?」

 一瞬、ウィルは身構えてしまったが、いまのトリスからは、いつぞや感じた、あのねっとりと湿った感じがない。
 長身の女は、ウィルを放っておいて白いネグリジェを、もぞもぞと頭から羽織りはじめた。

(――??)

 それは、意外に少女趣味な感のある、まるで王子様の口づけを待つときに着るような、可愛かわいらしい寝間着である。
 トリスは髪を下ろすと全然違った印象になる。ぬばたまの長い黒髪が額の左右に絹のように長く垂れ下がる。
 女は、すっとベッドに長い身体を横たえる。
 盛っているときは怖いくらいだったが、いまは眠れる森の美女のような、清楚ささえも感じられた。
 そして、なぜかくたびれた白いナイトキャップまでも被る。
 よく見るとナイトキャップは、ウサギの刺繍入りで、シャルロッテ女学院・一年トリスと書かれていた。

(も、物持ちいいんだね……)

 普段のイメージとのギャップが、なんとなくトリスの生活感を思わせた。
 この屋敷の使用人は、ほぼ全員が住み込みのため、ときに意外な一面を見ることもあるものだ――

「ジュディスにしっかり落とし前をつけてください。さもないと、わたしはここから一歩も動く気にはなれません」

 トリスはそう言って、掛け布を頭の上まで引き上げたのだ。
 徹底抗戦の構えである。
 以前に、お暇をいただくと脅されたことはあったが、これは新しいパターンである。
 いや、遠い記憶のなかに一度だけあった――
 幼少のころ、ウィルが己の命の危険も顧みず、草原のステッペンウルフに遭遇して心を奪われたときも、こんなふうにねられたことがある。
 とにかくウィルは、トリスが屋敷から出て行く気がないことに胸をなで下ろしていた。
 忠実な使用人の思わぬ反抗にどうしたものかと考えあぐねているうちに、掛け布から、ぬっと白いナイトキャップに包まれた黒髪が顔を出し、

「今後はソフィアを身辺から片時も手放しになりませんよう――食事のときも、寝るときも、女を抱くときもです。そうでないとわたしはオチオチ不貞寝することすらできやしません」

 言うだけ言って、くるっとウィルに背中を向けたのだ。
 寝ている女に背を向けられるのはとても寂しい気持ちになるんだなと、ウィルはそんな年季の入った感想をいだいた。
 なんとはなしにトリスの机の上の、作業途中の膨大な書類の束に視線を落とす。

(屋敷の管理に、当面の金策、そしていまや農地の経営まで……)

 多少ギュンガスに仕事を割り振っているとはいえ、この女性がほとんど全て担っているのだ。
 あらためて仕事量を想像して、ちょっとぼうぜんとした。
 いくらトリスが優秀であろうと、人間一人がこなせる仕事量には限度というものがあるだろう。
 急にトリスの顔色が心配になった。
 もしかすると、体力的に限界であったのかもしれない。

「ええっと。トリス……?」

 ウィルは女の背中に声をかけた。
 しかし、

「ここは眠りにつくレディの寝室です。言葉はすい。犯すか出て行くか――どちらかになさいませ!」

 掛け布を震わせるようにぴしゃりと言われ、ウィルはほうほうていでトリスの部屋から逃げ帰ったのである。
 帰路につく途中、廊下の丁字路の左右から、にょきっとリサ・サリが顔を突き出した。

「ごめんなさいです……」「申し訳ありません」

 それは、トリスに報告したことに対してであろう。
 前髪をますます垂らして俯いていた。
 予想していたことではあるが、さっそくこの双子は、ウィルとトリスの板挟みになってしまったようである。

「べつに君らが悪いわけじゃないよ」

 ウィルは左右の頭をでてやった。


   ‡


 日が落ちて窓の外は暗くなっていた。
 ウィルが屋敷の一階に続く階段を下りていく。
 すると廊下の先に、ぬぐいと布袋を下げた二人の女中メイドの姿が見えた。
 女中たちは談笑しているようで、ウィルのほうに全く気がついていない。
 ウィルは柱の陰に隠れ、きょろきょろと周囲を見回して、ぎいっとわずかに扉を開き、なかに身体を滑り込ませた。
 何も主人筋であるウィルが隠れる必要はないのだが、この二人はジュディスの部下の洗濯女中だったので、なにを口にしているか気になった。
 要するに盗み聞きである――
 ウィルは部屋のなかを見回し、なんとなく、くんくんと室内のいかにも古そうな空気を嗅いだ。
 そこには、マルク家の紋章の入った軍旗、予備のボイラーの鉛管、はては牛一頭を丸焼きにできるような、巨大なあぶり焼き用器具ロティスリーなど、いろんな道具がまとまりなく、ところ狭しと積み上げられていた。
 奥には百年も昔に使われたと思わしき板金鎧プレート・アーマーが赤黒く錆びてちんしている。

(あーあ……。 こんなところに置くから)

 湿気もあるだろう。そんな場所だと、家政ハウス女中メイドがいくら磨いても、次第に錆びていってしまう。
 いまウィルが姿を忍ばせている部屋は用具置き場であり、隣の脱衣場に接していた。
 ウィルは、息を潜めて部屋の内側から少し開いた扉のすきごしに廊下をのぞく。
 二人とも手拭いをもっていたから、風呂に行く途中だろうと見当をつけたのだ。
 案の定、女たちはちょうど目の前の廊下を脱衣場のほうへと向かっていく。

「昼間はびっくりしたよねェ」

 頭の右側で髪を結った栗毛の洗濯女中のアーニーが、目の前に通りかかる。
 童顔で、くりっとしたいかにも素直そうな大きな瞳が印象的である。
 背はだいたいウィルと同じくらいで、身体は細く胸も薄い。顔の印象もあってか、あまり年上という感じがしなかった。

「たしかにびっくりしたよ」

 続いて、小麦色の肌と白銀の長髪を肩に垂らした、同じく洗濯女中のシャーミアが通りかかる。
 彫りの深いすっと通った鼻筋をしており、こうやって思案顔でもとを伏せていると化粧をしていなくても、アイシャドーをしているかのようにまぶたに色気が漂う。
 歳と背格好はだいたいフローラと同じくらいである。
 かもし出す異国情緒溢れるエキゾチックな雰囲気もあり、こちらはフローラ以上に年上のお姉さんという感じがする。
 浅黒い肌にみやびな顔立ち、しかも白銀の髪なので、洗濯女中をやっているのが不思議なくらい目立つ女性である。
 オアシスで踊り子でもしているような印象が強い。もっとも本人は運動音痴でさっぱり踊れないらしい。

 二人とも容姿が整っている。特にシャーミアの方はだれが見ても美人だと思うであろう。
 マルク領のあるこの周辺地域は、東西の文明の橋渡し点にあたり、様々な人種の血が複雑に入り交じるせいか、美人を多く産出すると言われている。
 それをさらにトリスが選りすぐっているので、必然的にこの屋敷で働く女中の容姿の水準は高かった。

「まさかあの軍曹が、女中長まで槍玉に挙げるとは思わなかった!」

 なぜかジュディスのことを軍曹と呼んで慕うアーニーが、いかにもおったまげたというと感じでそう口にする。

(まあ、あれはぼくもびっくりしたよ)

 ジュディスは二十代半ばとまだそこまで歳はいっていないものの、第一ファースト洗濯女中として洗濯女中のまとめ役を担っており、仕事に厳しく、部下の面倒見も良い。人望が厚いといって差し支えないだろう。
 今回は、そんな立場の女性がウィルに公然と楯突いたから、問題が根深いのである。
 そのまま二人はとなりの脱衣場へと入っていく。

(たしか、リサはここから着替えを覗けると言っていたな……)

 ちらっと左上の、壁と天井の境目のあたりを見上げる。
 そこは脱衣場へと続く壁で、その一角がぽっかり、顔の大きさくらい開いて繋がっていた。
 だれかが覗くために開けたとしか思えないような穴であった。
 ウィルは、中に何が入っているか分からない――おそらくは先祖伝来のそれなりに貴重な物が入っているであろう木箱の上に慎重に乗る。
 万が一踏み抜いて大きな音でも立てたら大事だ。
 そして、つま先立ちになって脱衣場のほうを見下ろした。

(うおおおお!)

 そこから見える景色に少年は息を呑む。
 いま、小麦色の肌をしたシャーミアが、黒地のスカートの下から靴下を脱いでいるところであった。
 ここからだと、壁際のオイルランプの火に照らされて、リラックスした女の表情や体つきまでよく見える。
 しかも向こうからだと旗が影になっていて、音さえ立てなければ覗いていることに感づかれる心配はないのだ。
 リサの嗅覚の鋭さに恐れ入る。

「だいたいさ、マイヤはともかくとして料理人だけでなく、トリスさまやウィル坊ちゃんにまで全方位に喧嘩を売ってどうすんの。あれは良くないわよ」

 シャーミアは反対側の靴下を脱ぎながら、そんなことを言った。
 黒い靴下を脱ぐと、小麦色の脚が蝋燭の光を浴びて、てらてらとやわらかそうに、黒いスカートの谷間から見え隠れする。

「レミアは軍曹のイケイケっぷりに喝采を送っていたけど。シャーミアは珍しく動転してたよね?」

 アーニーは黒いお仕着せの襟を緩めながら、そう口にした。
 露わになった首筋から下に覗かせる素肌の色の白さに、ウィルは思わず息を呑む。

「そりゃ動転もするわよ。洗濯女中の中ではわたしが一番の新参者だけど、階上の世界アッパーステアーズに意味なく楯突いてどうするのだってことくらい分かるわよ。勝算なんて何もない。ただの自殺行為にしか思えないもの」

 小麦色の肌をしたシャーミアは、白銀の長い髪を掻き上げながら、そう呟いた。

「あたしも、どれほど立ち上がって止めようと思ったことか!?」

 アーニーがそう言って、綿の胸当てを外した。
 小ぶりだが形の良い淡い乳房が露わになる。
 アーニーは上半身裸のままアワアワと両腕を空中で彷徨わせ、

「軍曹殿! 包囲されています! 軍曹殿ォーー!」

 わざとらしい演技でそう叫ぶ。
 そして小柄な女中は唐突によろめくと、まだ長靴下の残るふとももを押さえはじめた。

「ぐう!? アーニー三等兵銃撃されました。衛生兵! 衛生兵を呼べ!」

 今度はシャーミアのほうにふらふらと歩み寄り、黒地のお仕着せのうえからその豊満な乳房を鷲づかみにした。
 即座に、すぱーんとシャーミアに上から引っぱたかれて、

「あいたァ!」

 アーニーは栗毛の頭を押さえて涙目になったのだ。

「疲れてんだから、夜中にじゃれついてこないで」

 シャーミアは冷たくそう言って、今度は黒いスカートの下から白いショーツを脱ぎ下ろした。
 香料の匂いの漂ってくるような小麦色の足に、白い木綿のショーツが絡みつくように、するすると下ろされる。

「ウィル坊ちゃんも、最近はマイヤばっかりいきしちゃってるからさ」

 黒いブラウスのボタンを外しながら、シャーミアが思わぬことを言ったのだ。
 流れ弾を食らってウィルは動揺した。

(え……? 贔屓?)

 周囲の女中からそんなふうに思われているとは気がつかなかった。
 ウィルはどの女中とも気安く接していて、まさか水面下で女どうしの張り合いがあるなど意識もしていなかった。

「マイヤのやつ、レースの下着つけてたんだよ。レースの下着! うらやましいよォおお!」

 アーニーもスカートを脱ぎ落としながら、そんなふうに同調した。
 少女の白い綿の下穿きは、色気を強調するものではなかったが、栗色の髪の少女の脚はきれいだった。健康的で、年相応の色気に包まれている。

「最近、ウィルお坊ちゃん、洗濯場に来てくれないものね」

 シャーミアが背中に腕を回して、胸当てを外しながらそんなことを言った。
 ウィルは、食い入るようにシャーミアの豊かな柔肌を見つめる。
 褐色の肌はもともとそういう肌質なのか、ブラウスを脱いでも日焼けの跡のようなものが見られなかった。

(一応、先日行ったんだけどね……)

 こっそり洗濯場に忍び込んで、ジュディスやレミアの下着姿をしっかりと拝んできたのだが、屋敷の令息の立場でそれを口に出して言うことはできない。
 あれから特に理由もなく、なんとなく足が遠のいてしまった。
 これまで気安く接してくれていた主人筋の足が急に途絶えたら、不安にも感じるだろう。親しくしていた分だけ余計に腹立たしく感じてしまうかもしれない。
 ちょうどそんな折に、女中を解雇するかもしれないという情報がれてしまった――
 シャーミアの胸当てが外されると、ぷるっと豊かな小麦色の乳房が震える。フローラよりも大きい。
 褐色の豊かな乳房の上には肌よりも色素の薄い乳首が乗っており、他の女中たちとは違うその色合いのコントラストがとても新鮮に感じられて、ウィルはついまじまじと観察してしまった。

「軍曹も素直に『もっと洗濯場に顔を出して、わたしたちのことも構って』ってウィル坊ちゃんに言えば良かったのに」

 アーニーのふたもない言葉に、ぷっとシャーミアが豊かな胸を上にさらして吹き出した。

「あんたは気楽でいいね。ジュディスのやつ、解雇されてしまうかもしれないってのに……」

 シャーミアは小麦色の肩にかかる白銀髪を後ろに払って、そうぼやいてみせたのだ。
 シャーミアがウィルの方に優美な曲線を描く尻を向ける。そしてそのまま下着と一緒にスカートを脱ぎ、それで素っ裸となった。

「ねえ。シャーミア。ウィル坊ちゃんと、うちの軍曹が仲直りできなかったら、どうする?」

 アーニーが不安そうに両の拳を握りしめた。
 その問いかけに、シャーミアはくるりとこちらに腰を向ける。
 褐色の肌の下腹部には、苔のように髪の色と同じ白銀の茂みが張りついていた。

「そうね。あたしは――」

 シャーミアは形のよい唇に指を当てて、少し考えたあと、胸の上にかかる白銀の髪を後ろに払った。
 ウィルはその返答に耳をすませる。

「ジュディスに付いていくかねえ……」

 シャーミアの回答は、ウィルに衝撃をもたらした。
 ジュディスの行動を非難する口ぶりを示しつつも、結局はジュディスについていくのだ。

「軍曹がいなくなったら、次は、シャーミアが第一洗濯女中候補なのに? もったいなくない?」

 アーニーの言葉にシャーミアは首を振った。

「わたしは、こんなナリだから、ジュディスを置いておけるような主人に仕えたいんだ。ジュディスみたいに裏表のない人間は貴重だよ」

 肌や髪の色が目立つのか、南方より来たシャーミアの一族は、何度となく迫害に晒されている。
 そのため、シャーミアは、フローラに匹敵するほどの美貌を持ちながら、客間パーラー女中メイドではなく洗濯女中として、自分から裏方に回っているのだ。

「ウィル坊ちゃんもそんなに裏表ないほうだよ?」
「人ってのは変わるものさ。周囲の取り巻きによって、どうにでもなる」

 迫害を受けて北へ流れてきた一族の言葉は妙な重みがある。陰から覗き見していたウィルは思わずうっと胸を突かれた。

「軍曹とシャーミアが行くなら決まりだよ。仲間外れはイヤ。わたしも付いていく」

 アーニーが当然とばかりにそう言った。
 それを聞いて、ウィルは、ぽかんと口を開けるしかなかった。
 洗濯女中の結束力の強さを甘く見ていたかもしれない。
 ほんの些細ないさかいだったはずなのに、屋敷のなかの一グループがウィルを見捨てていこうとしている。
 経費削減のおり、もしこのまま一部の使用人を解雇することになったとしても、物事には順序や全体のバランスというものがある。
 人員削減の常道は、減らしても支障の出にくい部署から人員をカットしていくことだ。
 たとえば家政女中などは、使用頻度の低い部屋をしばらく閉鎖するなどすれば比較的減らしやすい。この広い屋敷に主人筋はウィルしかいないのだから、一番解雇の危機に晒されていると言ってもいい。
 その点、洗濯女中は急な人員整理がしにくい。人が集団生活を営んでいたら、毎日大量の洗い物が出るからだ。
 特に、ローマ式の風呂を設置するなど、極端に綺麗好きなところのあるマルク家にとって、専門性の高い洗濯女中のグループがごっそり抜けるのは、大層困る事態なのであった。

「いいの? お屋敷をやめたら、ここのお風呂にはもう入れなくなるよ?」

 シャーミアの言葉に、アーニーはとても悲しそうな顔をしてうなずいた。
 主人の残り湯とはいえ、浴場を使用人に開放している貴族家というのは、マルク家くらいなものだ。
 二人の立つ、お風呂の入り口の扉の上には、古代の帝国に倣った、双頭の馬の家紋が掲げられていた。

「今日のお湯はぬるくないといいなあ」

 アーニーは、楽しみとばかりに尻をふりふりと揺らした。

「こんな時間だから仕方がないよ。今日はいろいろあったし」

 日によって、女中がお風呂に入れる時間は深夜にずれこんでしまうのだ。

(そろそろ行こう……)

 ウィルは音を立てないように、ゆっくりと木箱から下りはじめる。
 だがそこで、膝を曲げて木箱から下りようとした矢先、洗濯女中たちの言葉にショックを受けたのか、それとも女の裸がのうに焼き付いていたためか、うっかりとウィルの靴先が木箱の角の釘に引っかかってしまう。

(あッ――!)

 ぐらっと身体が前に傾く。
 そこから先は赤錆だらけの板金鎧だ。
 ぶつかったら派手な音がするだろう。
 けがをするだろう。
 身体が投げ出される浮遊感にさらされる。

(ま、まずッ――!?)

 不安定な足場だったため、うまく受け身も取れそうにない。
 そのままつんのめって頭から転びかける――
 なんとなく奴隷市場で、額からいしだたみに激突した少年のことが頭を過ぎる。
 あの少年は額が割れた。ばーと血が出た。
 覗きをしていて大をしたら、いくらなんでもマヌケすぎるだろう。
 はっと歯を食いしばる直前で、とんっ――と、ウィルの胸が下から支えられたのだ。

「気をつけろ――」

 そう言って、ウィルを助けたのはソフィアであった。
 どっと冷や汗を掻く。
 思わず木箱のうえに、ばんと手の平をついてしまった。
 その無粋な音にソフィアが銀色の眉をひそめる。
 そのとき、浴室の方向から、

「やっぱりぬるい!」

 というアーニーの悲しそうな声が聞こえてきた。
 ほっと胸を撫で下ろす。
 ウィルは木箱から降りて、ソフィアに小声でたずねる。

「た、助かったけど、一体いつの間にここに?」

 ここにいたということは、自分のやっている行動をすべて知られていたということだ。

「気配を殺すのは得意なんだぞ」

 銀髪の少女は、少しだけ自慢げに答えた。

「女中長からウィルの護衛をしろと念押しされていてな」
「ね、ねえ。ソフィア。このことは――」

 ウィルは情けないと思いつつも、一応の念押しはしなければならなかった。

「みなまで言うな。情報収集は戦の基本だ。勝つためなら夜討ち朝駆けなんでもやるぞ。たとえ――」

 銀髪の少女はそこで言葉を切る。

「女の着替えを覗くような軟弱な行為であったとしてもな――」

 ソフィアの半目に、ウィルはがっくりと肩を落としたのであった。

「そんなことよりも――」

 ソフィアはひとつためいきをついてから続けた。

「さっさと屋敷のごたごたを片付けて、わたしの妹捜しに本腰を入れてもらいたい」

 ソフィアの声はかなり切実だった。


   ‡


 ウィルは、自室の椅子にどっかりと腰を下ろして、左右からのリサ・サリの報告に耳をくすぐったそうにしていた。
 窓や扉を閉めきったウィルの自室でも、なぜかこの姉妹はわざわざ耳元でささやくのだ。

「みな、解雇のうわさおびえていました。トリスさまがとても忙しくされているのが、女中たちの恐怖心を掻き立てているようです」とサリ。
「昼以降は、ご主人さまとジュディスさんの話題で持ちきりでした。あれを笑い話で済ませたご主人さまの鷹揚さを褒める意見がある一方――人が良いというか、その……」

 リサは口を濁したが、続きは聞かなくても分かっている。
 支配者側の人間にとって、人が良いと言われるのは馬鹿と言われているのと同義である。

「トリスさまの指示により、いまはジュディスさんは離れにいますが、洗濯女中のグループなどはリーダーのジュディスさんの勇気を褒め称え、自分たちもどうやって協力しようか話し合っています」

 ウィルは、双子の姉妹の報告に天井をあおいだ。
 彼女たちの仕事場は、屋敷の本館と少し離れたところにあり、屋敷のなかでも特に結束力が強い。
 ジュディスが反抗的になれば、ほかの洗濯女中も反抗的になるのも当然と言えた。

「どうしようもねえな。あいつら。下手したら半分くらい解雇になるんだぜ。状況が分かってねえよ」

 マイヤがやれやれと首を振り、ウィルのまえのじゅうたんにゆっくりと黒いスカートの膝をつけた。
 昼の使用人ホールでのジュディスに言われた言葉を思い出す。

『マイヤの具合はそんなに良かったのかい? 坊や。色気づいちゃって』
『はん。ウィル坊ちゃんは、トリスがいなくて何かできるのかい?』

 たしかに、そこまで言われて黙認してしまったなら、女中たちがつけ上がるのも無理もない。
 あの場での一番穏便な解決方法は、ジュディスに平手打ちの一つでも食らわせることであっただろう。
 ウィルはようやく覚悟を固めることができた。

「ジュディスは歳の離れた姉のような存在だった。けど、いいね?」

 そう言って、ウィルは視線を部屋の鏡に移す。
 そこには膝を折った中腰の姿勢で、椅子に座るウィルの股間に、黒いお仕着せに身を包んだ小柄な女中が跪いて、顔を埋めていた。
 黒いスカートのすそからは、黒いブーツと白いペチコートが顔を覗かせている。

 ぬめっとした感覚に身を浸す。
 返事の代わりとばかりに、一際深く男根が飲み込まれた。
 視線を落とした先にみえる、マイヤの赤い後れ毛のほつれる――うなじの下には、黒い女中服の首まわりを純白の襟元がおおっている。
 それが前後する。ぬるぬるとした刺激をウィルに与えながら――

 調理キッチン女中メイドをしていたときと違って、腕まくりはさせていない。躾が行き届いていないと主人のけんに関わるとトリスが主張するからだ。
 マルク家の女中のお仕着せは、忠誠を表わす黒色と貞淑さを表わす白色をイメージ色としてデザインされている。
 その黒と白が、いまウィルの男根のまわりに絡みついていた。
 マルク領の屋敷において、この白色――女中の襟や袖は特に念を入れて純白に保たれている。
 白が映えるからこそ黒も映えるのだ。
 それもこれも腕ききの洗濯女中がいるからである。

 かつてマルク領の屋敷で働き始めたジュディスは、すぐに仕事を覚え、数年で腕の良い洗濯女中といえるまでに熟練した。
 たまたま休日にロムナの町を訪れた兵隊から求婚を受け、その後しばらく屋敷を離れていた。
 だがある日、不幸にして夫は戦で命を落とし、ジュディスは未亡人となってしまったのだ。
 それからジュディスは、再びこの屋敷に洗濯女中として出戻ってきたのだ。
 マイヤは、ちゅぽんとウィルの股間から唇を離した。

「まあ、あんだけやらかしたんだから、その場でクビにされないだけマシだ」

 そう言って、男根の下からウィルを見上げる。

「でも、もしジュディスがこの屋敷を追い出されて、街角に立っているのを見かけたら、きっとオレ泣いてしまうよ」

 マイヤはそう哀しそうに顔を上げた。
 待遇が良いことで知られる領地の屋敷で一騒動を起こして辞めるのだから、いくら腕の良い洗濯女中といえど、次の勤め口はすぐには決まらないだろう。
 トリスも当然のことながら、推薦状を書かないはずだ。
 洗濯女中のその後の身の振り方として、専門能力を生かして洗濯屋を開業することもできなくもないが、それならばなおさら後ろ盾になってくれそうな勤め先とは、できるだけ良い関係を保ち続けなければならなかったのだ。
 あの赤毛の髪の長い女には頼れる伴侶もいない。
 この屋敷を追い出されたら、生きていくために身体を売ることは容易に想像がついた。

 再び、マイヤがウィルの男根に吸いつく。
 ちゅぽちゅぽととうに幼なじみの舌が吸いつく。
 これからの行動に踏み切るには、こうやって自分の幼なじみを性の道具として扱う必要があった。
 少年はいま、支配者の心に身をゆだねようとしている――
 やがて、

「ジュディスさん、就寝しました」

 そうサリが報告をしたのだ。
 マイヤはウィルの股間から唇を離すと、

「ウィル頑張ってくれよ」

 そう言って、亀頭の先端の割れ目にちゅっと口づける。そして丁寧にズボンの中へとしまった。

「うん。行ってくる」

 ウィルはそう言って、自室を後にした。



第二十話「支配者の覚悟」へのコメント:
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